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夫が浮気しましたので、庭ごと出てまいります  作者: 桜井花恋


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第34話:延ばしていただけますか

 二月二十六日に、王城へ参りました。三月一日まで、あと三日でございます。


 監督官の部屋は、前と同じでございました。北向きの窓。暗うございます。卓の上に帳面が二冊。一冊は革の表紙で、金の箔がございます。系統帳でございます。もう一冊は、それより古うございました。表紙が布でございます。角がすり切れております。


「何用だ」


「お願いがございます」


「申せ」


「返還の日を、四月十三日まで延ばしていただけませんでしょうか」


 セリアン様は、こちらをご覧になりました。


「理由は」


「四月十二日に、春の叙勲がございます。階段に二十鉢を納めます。仕込みが二月から始まっております。三月一日に八十九株を掘りますと、そちらに手が回りません」


「叙勲の献花は、王城の花壇が納めればよい」


「はい」


「なぜ、そなたが納める」


 わたくしは、懐から書付を出しました。式部の書記の方が、一月八日にくださったものでございます。寸法と、置き場と、日付が書いてございます。いちばん下に、一行ございます。


 ――献花は灰坂の者に納めさせよ。殿下の御沙汰による。


 セリアン様は、それを長くご覧になりました。読むのに要る時間より、長うございました。


「……ならぬ」


「日を延ばすことは、できませんでしょうか」


「三月一日である」


「かしこまりました」


 わたくしは、書付を仕舞いました。それから、もう一つ申し上げました。


「置き場を、拝見してもよろしいでしょうか」


「置き場」


「八十九株を、どちらへ入れられますか。それが分かりますと、掘り方を変えられます」


「掘り方」


「はい。花壇へ下ろされるのでしたら、根を広げて掘ります。温室で鉢のままお使いになるのでしたら、根を締めて掘ります。逆にいたしますと、二年ほど遅れます」


 セリアン様は、しばらく黙っておられました。それから、立たれました。


「来い」


 三棟目でございました。


 中は、一月に扉から見たときより空いておりました。台が四列。奥の二列が、片づけてございます。鉢の跡が、台に丸く残っておりました。八十ほどの丸でございます。


 わたくしは、台の高さを測りました。腰より少し上でございます。窓は南と東。北側に窓はございません。硝子は二重ではございません。


「監督官様」


「なんだ」


「この棟は、冬の夜、どのくらいまで下がりますか」


「知らぬ」


「測っておられませんか」


「庭師が見ておる」


 わたくしは、奥の母株を見ました。いちばん大きい株でございます。二十四年目と伺いました。幹は太うございます。ですが、枝の先が短うございました。今年伸びた枝が、指の長さほどでございます。二十四年目の株の枝としては、短うございます。


「根を締めて掘ります」


「なぜだ」


「鉢のままお使いになるからでございます」


「そうとは言うておらぬ」


「片づけてございましたので」


 セリアン様は、丸い跡のほうをご覧になりませんでした。


 出るときに、台の下を見ました。鉢が伏せて重ねてございます。八段でございました。一月に洗って重ねたものだと思います。いちばん下の鉢の縁が、二つ欠けておりました。持ち上げたときに割れたのでございます。割れた鉢は、水の抜けが変わります。片側だけが早く乾きます。


 部屋へ戻りました。わたくしは、掘り方の覚え書きを出そうといたしました。前に一度、受け取っていただけなかったものでございます。今度は、八十九株ぶんではございません。一枚でございます。


「監督官様」


「もうよい」


「一枚でございます」


「もうよい、と申した」


 そのとき、セリアン様の手が、卓の上の古いほうの帳面に触れました。布の表紙のものでございます。触れて、閉じて、ご自分の側へ引かれました。


 わたくしは、閉じる前の一瞬だけ、表紙を見ました。角の擦れたところに、字がございました。


 ――ヴェルニエ。


 名でございます。今のセリアン・ヴェルニエ様の名かもしれません。ですが、その帳面は古うございました。紙の縁が茶色くなっております。二十年より前のものでございます。


「監督官様」


「なんだ」


「その帳面は」


「そなたに関わりはない」


「はい」


 わたくしは、頭を下げて出ました。


 門のところで、ユアン様とすれ違いました。ユアン様は、荷車に空の鉢を積んでおられました。八十ほどでございます。目は合いましたが、どちらも何も申しませんでした。


 灰坂へ戻りましたのは、四時過ぎでございます。


 ノラが、地に下ろした列の前に立っておられました。根回しは終わっております。支柱も立ててございます。あとは掘るだけでございました。


「奥様」


「はい」


「延ばしてくれました?」


「くれませんでした」


「じゃあ、三日後ですね」


「三日後でございます」


 ノラは、竹の支柱を一本、指で弾かれました。乾いた音がいたしました。


「奥様」


「はい」


「あの人、叙勲のこと知ってるんですよね。奥様が納めるって」


「ご存じでございます」


「取り上げといて、納めさせるんですか」


「そうなります」


「それ、変じゃないですか」


 わたくしは、列を見ておりました。麻紐が、夕方の光で白く見えます。


「変でございます」

【今日の花暦】


掘り方は、次にどこへ置くかで変わります。地に下ろすなら根を広げて掘り、鉢で使うなら根を締めて掘ります。締めるというのは、細い根を鉢の径に合わせて先に切っておくことです。逆にすると、根が鉢の中で回るか、地面で先が詰まるかのどちらかになります。取り返すのに二年かかります。


 奥様は延期を願いに行って、断られました。そのついでに置き場を見て、掘り方を決めました。断られることは行く前から分かっていたので、用は最初から置き場のほうでした。


 次回、三月一日でございます。八十九鉢を、荷車で王城へ運びます。

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