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夫が浮気しましたので、庭ごと出てまいります  作者: 桜井花恋


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第33話:北から、石が届きました

 二月十日、北から荷が届きました。荷馬車が灰坂の門の前で止まりました。マイエル様が受けてくださいました。


 荷は、石が六つでございます。一つが両手で抱えるほど。平たく、片面が黒うございます。北の丘の、囲いの石でございました。塚の北側に積んであった石の、余りだと思います。


 石のあいだに、紙が一枚挟んでございました。


 ――五月に堆肥を入れる。石は余った。灰坂の風よけに使われたし。


 それだけでございます。アシュフォード様の字でございました。太うございます。筆圧が強いので、紙の裏が窪んでおります。


「奥様」


「はい」


「石、六個ですね」


「六つでございます」


「置くとこ、どこにしますか」


「南西の角でございます。冬の風が、あそこから入ります」


 午後、二人で運びました。荷車で三往復いたしました。角に並べて、あいだに土を入れて固めます。膝の高さまでになりました。これで、地に下ろした株の一列目に当たる風が、半分になります。


 石を置き終えて、手を洗っているときに、ノラが仰いました。


「奥様」


「はい」


「返事、書かないんですか」


「書きます」


「今まで書いてましたっけ」


 書いておりませんでした。北からは、十二月に一度、一月に一度、手紙が来ております。用件だけの短いものでございます。わたくしは、そのつど承知いたしましたと使いの方に申し上げて、それで終わりにしておりました。


「今回は、書きます」


「なんて書くんですか」


「石が届きました、と」


「それだけですか」


「それだけでございます」


 その夜、紙を出しました。書き出しを三度、書き直しました。四度目に、こう書きました。


 ――石を六つ、南西の角に据えました。膝の高さでございます。一列目の風が半分になりました。堆肥は五月十六日に、こちらから参ります。


 それから、少し考えて、一行足しました。


 ――こちらは、株を八十九、王城へ返すことになりました。三月一日でございます。


 なぜ足したのか、自分でも分かりませんでした。用件ではございません。北の仕事に関わりもございません。ただ、書きました。


 ノラに清書はお願いできませんでしたので、わたくしが書きました。ノラは、横で〈根〉を練習しておられました。八枚目でございます。


「奥様」


「はい」


「〈根〉、できました」


 わたくしは、見ました。木偏の払いが短うございますが、読めます。


「読めます」


「じゃあ、四つ目、教えてください」


「明日でございます」


 二月十二日に、王都の東へ用事がございまして、乗合に乗りました。伯爵家の丘の下を通ります。


 丘は、上の三分の一が茶色になっておりました。木がございません。表の土を剥いで、下の粘土を出しております。馬場は、水はけを取るために土を入れ替えるのだそうでございます。剥いだ土は、荷車で運び出しておりました。荷車が四台、坂を下りてまいります。


 ノラが窓から見ておられました。


「奥様、あれ、庭の土ですよね」


「庭の土でございます」


「十五年のやつですよね」


「十五年のものでございます」


「どこ持ってくんですか」


「存じません。売るのだと思います。あの土は、良い土でございますから」


 ノラは、しばらく窓の外を見ておられました。


「奥様、買えないんですか」


 わたくしは、荷車を数えておりました。四台。一台に三十俵ほど。


「買えます」


「じゃあ」


「灰坂には、置くところがございません」


「南の空き地、借りればいいじゃないですか」


「借りられます」


「じゃあ、なんで」


 わたくしは、窓から目を戻しました。


「土は、運べません」


 ノラが、こちらをご覧になりました。


「それ、七月に言ってましたね」


「申しました」


「同じ意味ですか」


「同じ意味でございます。あの土は、あの丘で十五年かけて層になっております。剥いで、積んで、運んで、また広げたものは、同じ土ではございません。三年で、ただの黒い土になります」


「じゃあ、あれ、もう」


「もう、ございません」


 乗合が坂を曲がりました。丘が見えなくなりました。


 その日から三月一日まで、十八日でございます。


 十三日に竹屋から六十本を受け取りました。長さは五尺。節を残して切ってございます。節のところで水が止まりますので、地に挿す側は節の下で切ります。切り口を斜めにいたします。斜めのほうが入ります。


 十四日から十九日まで、六日かけて立てました。地に下ろした列は五列ございます。抜く株の両隣に一本ずつでございますので、百二本になります。六十本では足りません。


 前の年の竹を四十二本、抜いて使い回しました。使い回した竹は先が割れております。割れた先を切って短くいたします。短くなった分だけ浅くなりますので、その分は土を固めて押さえます。


 二十日は雨でございました。休みました。二十一日から、抜く株の根回しを始めました。根回しは、抜く十日前に株の周りに鋤を入れておく作業でございます。細い根を先に切っておきますと、抜く日までに切り口が塞がります。塞がった根は動かしても腐りません。そのまま抜けば、腐ります。


 五十一株ぶんで、四日かかりました。二十四日に終わりまして、掘り始めるのは二十七日でございます。十日前ではございません。三日から六日でございます。支柱に六日かかりましたので、そこまでしか取れませんでした。塞がりの浅い切り口は、そのぶん腐りやすうございます。五十一株のどれがそれに当たるかは、株ごとに書き出しておきました。

【今日の花暦】


風よけの石は、株の高さの半分までで足ります。それ以上高くすると、風が石の上を越えて、越えた先で渦になります。渦は一箇所に当たり続けますので、まとめて一列が傷みます。半分の高さで、風を弱めて通すのがよろしいのです。


 奥様は初めて北へ返事を書きました。用件のあとに、王城へ株を返すことを一行だけ足しました。北の仕事には関係のないことです。書いた理由は、ご本人にも分かっていません。


 次回、王城へ延期をお願いに参ります。行っても通らないことは、奥様も分かっております。それでも行くのには、別の用がございます。

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