第30話:一棟だけ、葉が薄い
一月八日に、王城の式部からお呼びがございました。四月十二日の春の叙勲について、置き場と数の打ち合わせでございます。監督官様ではございません。式部の書記の方でございました。
大階段の左右に、鉢を十ずつ。合わせて二十鉢。白でございます。前の日の夕方に運び込んで、当日の朝に並べ直す。そう決まりました。書記の方は、寸法を紙に書いて、わたくしに写させてくださいました。段の幅が四尺二寸。鉢の径が一尺一寸。二つ置くと余りが二尺でございます。
余りの二尺は、人が通る幅でございます。式のあいだは、誰も通りません。ですが、片づけの朝には通ります。運び手は鉢を抱えて、後ろ向きに下ります。そのとき、二尺が要ります。前の年の十一月に、そこで一鉢欠けました。欠けたのは、花ではございません。鉢のほうでございます。
打ち合わせは三十分で終わりました。書記の方は最後に、鉢の色をお尋ねになりました。素焼きでございますとお答えしました。塗った鉢はお使いになりますかと聞かれました。
使いませんとお答えしました。塗った鉢は水を通しません。式は半日でございますので半日なら保ちます。ただ、前の日の夕方から置きますので、一晩ございます。一晩で根が蒸れます。
門へ戻る道が、温室の前を通ります。
三棟目の扉が開いておりました。中から人が出てこられました。若い方でございます。二十を少し過ぎたお年でしょう。前掛けが濡れておりました。手には空の鉢を四つ抱えておられます。
その方は、わたくしを見て、足を止められました。
「奉納の方ですか」
「はい」
「灰坂の」
「はい」
その方は、鉢を地面に置かれました。
「ユアンと申します。三棟目の担当です」
「エルシャでございます」
ユアン様は、扉のほうを一度ご覧になりました。それから、声を落とされました。
「聞いてもいいですか」
「なんでございましょう」
「三棟目だけ、葉が薄いんです。三年、そうです」
わたくしは、開いた扉から中を見ました。台が四列。鉢が並んでおります。数は百二十ほどでございましょう。葉は薄く、色が浅うございました。新芽の先が、ほんの少し縮れております。
「日は」
「一棟目と同じです」
「水は」
「同じです。量も日も、三棟とも合わせています」
「肥料は」
「同じです。去年、三棟目だけ増やしました。増やしたら、もっと悪くなりました」
「土は」
「毎年替えています。三棟とも同じ土です」
わたくしは、扉の内側へ半歩だけ入らせていただきました。棚の札を見ました。番号が振ってございます。同じ番号が並んでおりました。
「ユアン様」
「はい」
「この棟の株は、穂をどこから採っておられますか」
ユアン様は、少し考えられました。
「母株から採ります。奥の、いちばん大きい株です」
「毎年でございますか」
「毎年です」
「何年、そうしておられますか」
「僕が来てからは三年です。その前からです。……十二年、と聞いています」
「母株は、何年目でございますか」
「二十四年目です」
わたくしは、番号の札をもう一度見ました。全部同じ番号でございました。
「原因は、そこでございます」
「土じゃないんですか」
「土ではございません。同じ一株から穂を採り続けますと、その株の疲れも一緒に渡ります。十二年繰り返しますと、株は二十四年ぶん疲れた枝から始まることになります」
ユアン様は、鉢を持ち上げようとして、また置かれました。
「じゃあ、どうすれば」
「若い枝から採ります。三年目までの株から、いちばん勢いのある枝を一本。それを次の母株にいたします。二年で戻ります」
「でも、それだと」
「系統は変わりません。同じ株の子でございます」
「監督官は、母株を替えるなと」
「はい」
わたくしは、それ以上申しませんでした。ユアン様も、それ以上お聞きになりませんでした。
門を出るときに、後ろから声がいたしました。
「あの」
「はい」
「非番が、十五日です」
「はい」
「灰坂は、南の外れですよね」
「旧い瓦焼きの窯跡でございます。歩いて一時間半でございます」
「行っても、いいですか」
「どうぞ」
帰りは坂を下ります。荷がございませんので、一時間で戻りました。途中で竹屋に寄りました。支柱の竹を六十本、二月に取りに来ると伝えておきました。前の年の竹はもう六十本使っております。
地に下ろした株を五十一抜きますと、残った株の列に隙間ができます。隙間からは風が入ります。風は列の中で速くなります。速い風は、いちばん低い枝を折ります。ですから抜く前に支柱を立てておきます。
灰坂に戻って、その話をいたしました。ノラは、鋤を洗いながら聞いておられました。
「王城の庭師が来るんですか」
「十五日に」
「なんで来るんですか」
「わかりません」
「奥様、それ、罠じゃないんですか」
「かもしれません」
「そんな返事あります?」
わたくしは、鉢の列を見ました。五十八でございます。麻紐のついた鉢が三十七、地に下ろした株に紐が五十一。合わせて八十八。あと五十三日でございます。
「ノラ」
「はい」
「王城の温室は、系統を守るために、同じ株から十二年、穂を採っておられました」
「それで、どうなったんですか」
「弱っております」
ノラは、鋤を桶に立てられました。
「じゃあ、あの人たち、自分で弱らせてるんじゃないですか」
「はい」
【今日の花暦】
接ぎ木の穂は、若い枝から採ります。同じ株から採り続けると、その株が背負ってきた年数がそのまま次へ渡ります。品種は変わりません。ただ、勢いだけが少しずつ減ります。庭で「なぜか年々細くなる」ものは、たいてい穂の採り場所が同じでございます。
監督官は系統を守れと言い、そのとおりに十二年守ったので、三棟目が弱りました。誰も嘘をついていません。奥様はそれを言いに行きませんでした。聞かれたから答えただけです。
次回、王城の庭師が灰坂へ来ます。系統帳の第百七号の頁の話でございます。あの頁には、ほかの頁にあるものが一つ、ございません。
ブックマークと評価は、苗の土代に充てさせていただきます。




