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夫が浮気しましたので、庭ごと出てまいります  作者: 桜井花恋


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第27話:返還を求める、という書状

 書状は十二月十八日の朝に届きました。王城花壇監督官の名でございます。封蝋が濃い緑でした。


 ノラが受け取って、わたくしに渡されました。ノラは封を切りません。字が並んでいるものは、わたくしが読むことになっております。その朝は霜が薄く降りておりまして、門の柱の北側だけが白うございました。ノラは手を袖に入れて、書状の端をつまんで持ってこられました。


 わたくしは、声に出して読みました。三度読みました。一度目は自分のため、二度目はノラのため、三度目は間違いがないかを確かめるためでございます。


 ――王城花壇第百七号、および第百七号を親とする株の一切を、王家へ返還されたし。期限は三月一日とする。


 それだけでございました。ほかには何も書いてございません。


「奥様」


「はい」


「これ、なんですか」


「返せ、という書付でございます」


「何をですか」


「アメリーを」


 ノラは、しばらく黙っておられました。それから、わたくしの手から書状を取って、上下を確かめて、また返されました。


「読めないんですけど、短いですね」


「短うございます」


「短いのに、そんなことが書けるんですか」


「書けます」


 わたくしは、封蝋の跡をもう一度見ました。緑でございます。奉納の書付は赤でございました。同じ役所から出て、色が違います。色の意味は存じません。ただ、書き手は同じ方でございました。字が同じでございます。横棒の終わりが上へ跳ねます。系統帳の背にあった番号の字も、同じ跳ね方でございました。


 朝の水やりを先に済ませました。三十四番と、四十一番と、五十二番。三鉢でございます。桶で十二杯。それから着替えました。土のついた前掛けは外します。乗合に乗るときは外すことにしております。


 午後、ソレル先生のところへ参りました。王都の東でございます。乗合で四十分ほどかかります。乗合の窓から、伯爵家の丘が見えます。木が減っておりました。冬でございますので葉が落ちているのではございません。幹ごとございません。切ったのだと思います。馬場にするというお話でございました。


 先生は七十を過ぎておられますが、目はよろしいのです。書状を蝋燭に近づけて、二度お読みになりました。


「エルシャさん」


「はい」


「これは、伯爵家のときとは違います」


「はい」


「持参財目録は、ご主人と奥様の間の取り決めです。私が三十年前に書きました。あれは効きます。ただ、王家は目録に名を連ねていない」


「はい」


「下賜品の系統を王家のものとする決まりは、成文ではありません。ですが、前例が二つあります」


 先生は指を二本立てられました。


「六十年前に、獣の毛皮で一件。四十年前に、葡萄の苗木で一件。どちらも王家が勝っております」


「では、三つ目でございますか」


「争えば、そうなります」


 先生は、書状を卓に置かれました。


「争えます。勝つ目もございます。ただ、三年かかります」


「三年」


「花壇の判定は、王城の庭師が出します。庭師は監督官の下におります。ですから三年です」


 わたくしは、三年という数を考えました。ベルタ様の株は、あと十か月で咲きます。北の下の十二株は、四年後でございます。王城の階段は、三年お預かりしております。


「先生」


「はい」


「お返しいたします」


 ソレル先生は、眼鏡を上げられました。


「よろしいので」


「株は、お返しできます」


「株は、と仰いましたね」


「はい」


 先生は、それ以上お聞きになりませんでした。かわりに、紙を一枚くださいました。


「返すのなら、受け取りの書付をお取りなさい。何株を、いつ、どの状態で渡したか。あとで数が変わります」


「変わりますか」


「変わります。必ず変わります」


 灰坂へ戻りましたのは、日が落ちてからでございました。ノラが火を熾しておられました。わたくしは、鍋の前でその話をいたしました。


 ノラは、火箸を置かれました。


「返すんですか」


「返します」


「争えるって、先生は言ったんですよね」


「三年かかると仰いました」


「三年待てばいいじゃないですか」


「三年、株は動かせません。土に下ろせません。鉢のまま置きます。鉢のままの三年で、株は細くなります」


「じゃあ、勝っても細いんですか」


「細うございます」


「三年鉢で置いたら、何年で戻るんですか」


「五年でございます」


「勝って、五年ですか」


「五年でございます」


「じゃあ八年じゃないですか」


「八年でございます」


 ノラは、両手で膝を掴んでおられました。


「奥様は、あの人が嫌じゃないんですか」


「嫌でございます」


 ノラが、こちらをご覧になりました。


「初めて言いましたね、それ」


「はい」


 わたくしは、鍋の蓋を取りました。湯気が上がりました。


「ノラ」


「はい」


「明日から、数えます」


「何をですか」


「第百七号から来た株が、灰坂に何株あるか」


 ノラは、火箸を拾われました。


「あたし、数は覚えてます」


「存じております」


「全部ですよ。鉢も、地に下ろしたのも、この秋に挿したのも」


「はい」


「奥様」


「はい」


「数えたら、たぶん、けっこうな数です」

【今日の花暦】


鉢のままで長く置いた株は、根が鉢の形になります。丸く回った根は、あとで地に下ろしても外へ出ていきません。三年鉢で置いた株を地に植えると、五年目にようやく元の勢いに戻ります。裁判が三年かかる、というのは、株にとっては七年のことでございます。


 奥様は「嫌でございます」と言いました。この五か月で初めてです。ご主人にも、愛人にも、組合の親方にも言いませんでした。監督官が初めてです。理由は、たぶん、相手が株に触っていないからだと思います。


 次回、数える回でございます。二百十四株のうち、いくつが第百七号から来ているか。ノラが全部覚えております。

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