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夫が浮気しましたので、庭ごと出てまいります  作者: 桜井花恋


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第26話:系統帳は、お見せできません

 十二月十四日でございます。灰坂を六時に出ました。王城の西門まで、歩いて一時間と少しかかります。ノラは鉢の見回りに残られました。冬のあいだ、水は七日に一度でございます。五十九鉢ございますので、半日仕事になります。


 王城花壇の門で、札を求められました。身分を書いた木の札でございます。わたくしは持っておりません。かわりに、先月いただいた書付をお見せいたしました。三年のあいだ、年に三度、王城の階段へ薔薇を納める。そう書いてございます。門番の方は、それを二度お読みになりました。


「奉納の者か」


「はい」


「花壇までだ。温室には入るな」


 入れていただけました。


 花壇は二百歩四方ほどでございます。十二月でございますので、株は短く切ってございました。切り口を見ました。剪定は上手でございます。角度も高さもそろっております。庭師が十四人おられると伺っておりましたが、その朝は六人でした。


 六人のうち四人は、南の列で土を運んでおられました。荷車から袋を下ろして、花壇の上に空けます。空けたら、鋤の背で均します。混ぜてはおられません。上に置くだけでございます。


 二人は温室の前で鉢を洗っておられました。洗った鉢を、伏せて重ねます。重ね方が高うございました。八段ございます。六段を越えると下の鉢が欠けますが、それは冬のうちには分かりません。春に持ち上げたときに分かります。


 わたくしは、南の列の端でしゃがみました。土を、指で少し押しました。柔らかいのは表だけでございます。


 塀の内側に温室が三棟並んでおります。硝子越しに中が見えました。一棟目と二棟目は葉が厚く、色が濃うございます。三棟目だけ、葉が薄うございました。縁に黄が入っております。日は三棟とも同じように当たっております。硝子の曇りも同じでございました。


 わたくしは三棟目の前で、少し立ち止まりました。


「そこは、見なくてよい」


 後ろから声がいたしました。セリアン・ヴェルニエ様でございます。外套の襟が高うございました。手は白うございます。十一月にお会いしたときと同じでございました。


「監督官様」


「何をしに来た」


「系統帳を、拝見しにまいりました」


 セリアン様は、少し顎を引かれました。


「先月も同じことを申したな」


「はい」


「答えも同じである。ならぬ」


 わたくしは、書付を出しました。


「三年、階段をお預かりしております。納める株の親の名を、存じておきたいのでございます」


「親の名」


「第百七号でございます。二十四年前に三株、レーンフェルト伯爵家へ下賜されております。その第百七号が、どこから来た株なのか。母株の名を、拝見したいのでございます」


 風がございました。花壇の土が、少し飛びました。わたくしは足元を見ました。砂が多うございます。運んだ土でございました。この丘の土ではございません。


「系統帳は、王家の帳面である」


 セリアン様は、そう仰いました。


「庭師に見せるものではない」


「わたくしの株の、親の名でございます」


「そなたの株ではない」


 わたくしは、顔を上げました。


「持参財目録に、記載がございます。母より受け継いだ株、種苗、園丁道具一式。婚姻のときの目録でございます」


「それは、伯爵家との間の話であろう」


 セリアン様は、温室のほうへ半歩お動きになりました。三棟目を、背でお隠しになる位置でございました。


「王家は、その目録に名を連ねておらぬ」


「はい」


「第百七号は、王家より下賜された株である。下賜された株から接いだ株も、そのまた接ぎも、系統は王家のものだ」


 わたくしは、しばらく黙っておりました。


「監督官様」


「なんだ」


「その二百二十株を、どなたがお育てになりますか」


 セリアン様は、答えられませんでした。かわりに、こう仰いました。


「三日のうちに、書状を出す」


 わたくしは頭を下げて、門を出ました。


 灰坂に戻りましたのは、二時過ぎでございます。ノラが鉢の列の端にしゃがんでおられました。三十四番の鉢でございます。土に指を入れて、抜いて、また入れておられました。


「奥様」


「はい」


「三十四番、水が要ります。ほかは要りません」


「三十四だけですか」


「三十四だけです。日の当たる端なので、乾きが早いんです」


 わたくしは、桶を取りました。


「見せてもらえましたか」


「いいえ」


「今日も駄目でしたか」


「今日も駄目でございました」


 ノラは、鋤の柄に顎を乗せられました。


「あの人、何が嫌なんですか」


「わかりません」


「奥様の株が階段に並んだの、嫌だったんですかね」


 わたくしは、三十四番に水をやりました。四杯でございます。土の上でいちど溜まって、それから引きました。引き方が遅うございます。冬でございますので、それでよろしいのです。


「ノラ」


「はい」


「三日のうちに、書状が来ます」


「なんの書状ですか」


「まだ、存じません」


 ノラは、桶の縁を指で叩いておられました。


「奥様」


「はい」


「王城の花壇、土、どうでした」


「上から三寸が土で、その下が砂でございました」


「じゃあ駄目じゃないですか」


「駄目でございます」


「言いました?」


「聞かれておりません」


 ノラは、桶を持ち上げて納屋へ運ばれました。戻ってきて、また同じところにしゃがまれました。


「奥様、あたし思うんですけど」


「はい」


「あの人、奥様の株が階段に並んだの、見たんですよね。十一月十日に」


「並べたのは、わたくしどもでございます。監督官様は、上の廊下におられました」


「見てましたよね」


「見ておられました」


 その夜、花暦の写しを一枚進めました。八十六枚のうち、十二枚が終わっております。ノラが数を読み上げて、わたくしが書きます。一枚目の二行は、写しませんでした。写しても、わたくしの字になってしまうからでございます。

【今日の花暦】


冬の水やりは、鉢ごとに違います。同じ日に同じだけやると、日の当たる端の鉢だけが乾き、真ん中の鉢は根が腐ります。土に指を第二関節まで入れて、乾いていれば水、湿っていれば触らない。冬に鉢を枯らす原因は、乾きより、やりすぎのほうが多うございます。


 奥様は、初めて自分から王城へ行きました。頼まれていない場所へ行ったのは、この五か月で初めてです。理由は簡単で、階段に並べる株の親の名を知らないまま三年やるのが、気持ちが悪かったからです。


 次回、書状が届きます。差出は王城花壇監督官。中身は、返還の求めでございます。

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