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夫が浮気しましたので、庭ごと出てまいります  作者: 桜井花恋


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24/25

第24話:北の丘に、一株

 北へは鉢を一つ持ってまいりました。畝の脇の十三鉢のうち、色をつけていた一鉢でございます。蕾が三つ。いちばん大きいものが先を白く割っております。あと十日ほどで開きます。荷馬車に麻布を敷いて、鉢を横にせず立てて運びました。三日でございます。


 二日目の夜、宿の土間で蕾を見ました。膨らみが止まっておりませんでした。冷えると、止まります。止まった蕾は暖めても開かないことがございます。わたくしは鉢を寝床の脇に置きました。丘に着いたのは十二月一日でございました。塚は六つ盛られておりました。杭のとおりでございます。


 北側の石積みが二尺、東西が一尺。南は開いております。手のかたちが揃っておりました。三人で四日なら、急いでおられません。わたくしは塚の一つに手を入れました。土が締まっておりません。当然でございます。盛ったばかりでございますから。これを一年、雪と雨に当てます。


「エルシャ殿」


「アシュフォード様」


「杭のとおりに、できていますか」


「できております」


 アシュフォード様は塚をご覧になりました。


「植えてよいですか」


「植えられません」


「一年、締めるのでしたね」


「はい」


 アシュフォード様はうなずかれました。覚えておられました。囲いの中の塚は、一つでございました。墓標が三つ。古いものが二つと、新しいものが一つ。塚は、新しい墓標の東側に盛ってございました。東でございます。朝の日が入ります。わたくしは、その位置を見ました。わたくしが石灰で引いた線は、南側でございました。


「アシュフォード様」


「はい」


「線を、引き直されましたか」


「動かしました」


「南のほうが、日が長うございます」


「知っています」


 アシュフォード様は、墓標のほうをご覧になりました。


「妹の部屋が、東向きでした」


 わたくしは、それに答えませんでした。答えず、塚に鉄棒を刺しました。一尺六寸で止まりました。石でございます。積んだ石の上でございましょう。深さは、足ります。


「ここで、よろしいと思います」


 鉢を、置きました。植えるのは、鉢から出して土に据えることでございます。根を崩さず、鉢の土ごと入れます。十二月ですから、根はもう動きません。動かない根を土に入れて、上から落ち葉を五寸かけます。春に根が動き始めたときに、そこが土だと気づく形にいたします。


 わたくしは、塚に穴を掘りました。鉢を横にして、根を出しました。白い根が、鉢の底で三周しておりました。よく回っております。


「アシュフォード様」


「はい」


「一つ、申し上げます」


「どうぞ」


「これは、五年後に咲く株ではございません」


「では」


「灰坂で、九月三日に寄せきれなかった株でございます。蕾が三つついております。十日ほどで開きます」


 アシュフォード様の手が、止まりました。


「十日」


「ここは寒うございます。二十日になるかもしれません」


「今年、咲くのですか」


「咲きます」


 アシュフォード様は、しばらく塚をご覧になっておられました。それから、こう仰いました。


「五年と、伺っていました」


「五年でございます。下の十二株は、五年かかります」


「これは」


「これは、五年ではございません」


 わたくしは、根を穴に据えました。


「五年の話をするときに、五年後の話しかしないのは、わたくしの怠慢でございました」


「怠慢」


「灰坂には、蕾を持った株がございました。運べば咲きます。それを、七月に申し上げませんでした」


「なぜ」


「七月には、鉢がございませんでした」


 わたくしは、落ち葉を五寸かけました。


「鉢は、アシュフォード様の五十リルで買いました」


 その夜、領主館の広間で、火にあたりました。石の広間でございます。天井が高く、暖まりません。アシュフォード様が、酒を出されました。わたくしは飲みませんので、湯をいただきました。


「エルシャ殿」


「はい」


「妹の名は、イレーネです」


「墓標に、ございました」


「読みましたか」


「はい」


 アシュフォード様は、杯を置かれました。


「六年前の秋に、熱が流行りました。霜が九月の初めに降りて、麦が駄目になった年です」


「はい」


「隣領から麦を買いました。金は足りました。運ぶ人が足りなかった」


 アシュフォード様は、火を見ておられました。


「妹は、村を回りました。熱の出た家に、麦を運ばせました。自分で荷車を引いて」


「はい」


「十一日で死にました」


 わたくしは、湯の器を持っておりました。


「イレーネは、この丘に花を植えると言っていました。丘の上は土が薄いから無理だと、うちの庭番が言いました。妹は、それでも植えると言いました」


「はい」


「植える前に死にました」


 アシュフォード様は、火から目を離されました。


「わたしは、庭のことを知りません。だから六年、何もしませんでした」


「はい」


「七月に、街道であなたを見ました」


 わたくしは、少し顔を上げました。


「株の積み方を、褒めていただきました」


「あれは、褒めたのではありません」


「では」


「六年ぶりに、丘のことを思い出しました」


 三日、丘に通いました。塚の締まり方を見て、石の並びを直して、来年の手順を紙に書き直しました。


 三日目の朝、囲いの中に入りました。蕾が、膨らんでおりました。先が、白く割れております。あと、五日ほどでございます。わたくしは、乗合の日を数えました。十二月四日でございます。次の乗合は五日。その次は十日でございます。五日に出れば、王都に八日に着きます。


 十日に出れば、十三日でございます。灰坂には、鉢が五十九ございます。ノラが一人で見ております。わたくしは、囲いの外に立っておられるアシュフォード様のほうを見ました。


「アシュフォード様」


「はい」


「五日の乗合を、見送ってよろしいですか」

【今日の花暦】


冬の植え付けは、根が動かない時期にします。鉢の土ごと入れて、上から落ち葉を五寸。春に根が動き出したときに、そこが土だと気づく形にしておきます。根に「引っ越した」と気づかせないのが冬植えの狙いです。


 石灰の線は南に引きました。据えられたのは東でした。妹の部屋が東向きだったそうです。日は南のほうが長いのですが、この方はそれを知っていて、動かしました。


 次回、第1部の最終話でございます。霜が来る前に、丘に一輪。それと、花暦の一番古い頁に、書いた覚えのない字がございました。


 ブックマークと評価は、苗の土代に充てさせていただきます。

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