第23話:庭を潰して、馬場にするそうです
マルタの手紙は十一月の二十日に届きました。
――奥様。ご報告いたします。
――旦那様が庭を潰されることに決められました。
――穴を埋めて、砂を入れて、馬場になさるそうでございます。厩の若い者が三人、朝から均しております。
わたくしは手紙を膝に置きました。二百十四の穴でございます。埋めるには土が要ります。土は、庭の中から取れます。表の五寸を削って、穴に落とせば、均せます。あの五寸を作るのに、七年かかりました。
馬場にするのは悪い判断ではございません。あの丘は南向きで、水がよく抜けます。馬場にはよい土地でございます。薔薇には向きません。もともと向いておりませんでした。十五年かけて、向くようにしたのです。馬場にすれば、その十五年が消えます。
消えて困るのは、わたくしではございません。あの丘は、これから馬の蹄で踏まれます。踏まれた土は締まります。締まった土は、水を通しません。十年、二十年経って、また誰かが庭に戻したいと思ったとき、そこから先の苦労は、わたくしの十五年より長くなるかもしれません。
わたくしは、そこまで考えて、考えるのをやめました。もう、わたくしの庭ではございません。
――旦那様は王城の式典から戻られたあと、二日ほど書斎から出られませんでした。
――三日目に、庭へお出になりました。写しをお持ちでした。
――写しを開いて、庭の東の垣根のところに立っておられました。
――それから、こう仰いました。
――「北三、というのがどこだかわからない」
わたくしは、その行を二度読みました。北三でございます。北の壁際の、西から三番目。母株の一つでございます。いま、灰坂の畝の、三本目の端におります。
「奥様」
ノラが手紙を覗かれました。
「読んでいいですか」
「はい」
ノラは時間をかけて読まれました。それから、こう仰いました。
「馬場って、馬が走るところですよね」
「はい」
「あの人、馬に乗るの好きなんですか」
「乗られます。年に、二度ほど」
「年に二度」
ノラは、手紙を返されました。
「じゃあ、あの庭、年に二度使うんですね」
わたくしは、鉢を並べておりました。
「そうなります」
「奥様」
「はい」
「あたし、一つだけ言っていいですか」
「はい」
「あの人、十九年ぶんを、二日で決めましたね」
わたくしは、手を止めました。その言い方を、少し考えました。
「そうですね」
「あたし、それだけ言います」
ノラは、桶を持って井戸へ行かれました。それ以上、何も仰いませんでした。同じ週に、ベルタ様のお宅へ参りました。七月から、週に二度の水をお願いしております。四か月でございます。幹は、まだ灰色でございます。わたくしは、根元の土を、指で少し掻きました。
「ベルタ様」
「駄目かい」
「根が、太くなっております」
「太く」
「七月に、細い根が一本でございました。いま、三本ございます」
ベルタ様は、杖を持ち替えられました。
「じゃあ、咲くのかい」
「咲きません」
「……」
「来年の春に、芽が出ます。幹からではなく、根元から出ます。それが枝になって、その枝に花芽がつくのが、翌年の夏でございます」
「翌年の夏」
「はい」
ベルタ様は、幹に手を置かれました。
「あたし、八十三だよ」
「七月にも、そう仰いました」
「まだ八十三だよ」
ベルタ様は、笑われました。
「じゃあ、来年の春の芽は、見られるね」
「見られます」
「それでいい」
その日、花暦に書きました。
――十一月二十四日。ベルタ邸。細根一本より三本。幹は乾燥のまま。来春に根元より芽の見込み。花芽は翌夏。
書いてから、下に足しました。
――ベルタ様は「来年の春の芽は見られる」と仰った。
十一月の二十八日でございます。北から、荷が届きました。石でございました。塚を作った残りの石を、アシュフォード様が送ってこられたのです。荷馬車一台ぶん。北の石は、王都のものより黒く、重うございます。手紙が添えてございました。
――塚は六つ盛りました。杭のとおりです。石工が三人、四日で終えました。
――北側の積みは二尺、東西は一尺。南は積んでいません。
――余った石を送ります。使い道がなければ、捨ててください。
――囲いの中の塚も、一つ盛りました。
――十二月に雪が来ます。その前に、一度お越しになれますか。
わたくしは、その手紙を二度読みました。二度目に、最後の一行を読みました。
――上の一株は、まだ植えていません。
「ノラ」
「はい」
「北へ、参ります」
「いつですか」
「三日後でございます」
「あたしも行きますか」
「留守を、お願いできますか」
ノラは、少し不満そうな顔をされました。
「鉢は、何鉢ですか」
「五十九でございます」
「わかりました」
わたくしは、鉢の列の端へ行きました。三十鉢は王城へ納めました。残る三十三のうち、王妃殿下が三鉢をお求めになりましたので、三十でございます。それから畝から上げた十六。合わせて四十六。五十九には、足りません。わたくしは、数え直しました。
「ノラ。五十九でございますか」
「五十九です」
もう一度、列を歩きました。畝の脇に、鉢が十三ございました。九月三日に寄せきれず、十一月にも間に合わなかった株でございます。蕾が固いままで、いま、そのうちの一つが、色をつけておりました。白でございます。縁に、薄紅が入っております。
【今日の花暦】
死んだような株から芽が出るのは、幹からではなく根元からです。生きている根が太くなり、根元に新しい芽を作ります。だから幹を切ってはいけません。切ると、根が「どこに向かって太くなればよいか」を失います。
旦那様は十九年ぶんを二日で決めました。馬場は年に二度使うそうです。奥様は何も言いませんでした。言ったのは弟子で、一言だけでした。
次回、北へ参ります。囲いの中の塚に、まだ一株植わっていません。十二月に雪が来ます。
ブックマークと評価は、苗の土代に充てさせていただきます。




