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夫が浮気しましたので、庭ごと出てまいります  作者: 桜井花恋


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第22話:王城の階段に、白が並ぶ

 十一月十日でございます。鉢は朝の五時に荷馬車へ積みました。マイエルさんの荷馬車が二台。ノラと、荷馬車屋の若い者が二人。王城の通用門を、六時に通りました。大階段は七段ございます。わたくしは三十鉢を七段に分けて置きました。上から三、四、五、五、五、四、四。


 下の段を多くするのが定石でございますがこの階段は下が広く、上が狭うございます。同じ数を置くと、上が混んで見えます。鉢の向きはすべて花を階段の外へ向けました。上ってくる方に、正面から見えるように。七鉢はいちばん下の段の中央に置きました。開いて二日目でございます。


 九時に、セリアン様がお見えになりました。三十鉢を、上から下まで一つずつご覧になりました。時間をかけられました。それから、こう仰いました。


「下の中央の七鉢は何日に開いた」


「十一月八日でございます」


「二日目か」


「はい」


「――なぜ、下に置いた」


「いちばん多くの方がそこを通られます」


 セリアン様は階段の下から上を見上げられました。


「上の三鉢は四日目だな」


「六日目でございます」


「六日目を上に」


「上は遠くから見られます。遠くから見るなら、反りは見えません」


 セリアン様はしばらく黙っておられました。


「――誰に教わった」


「わたくしの義母は王城の階段に一度、薔薇を献じております」


「二十四年前だな」


「はい」


「そのとき、そなたはまだ生まれていない」


「はい」


 わたくしは下から二段目の鉢を、指一本ぶん動かしました。


「花暦に、書いてございました」


 式典は十時からでございました。わたくしは階段の脇の柱の後ろに立っておりました。庭師の場所でございます。鉢が倒れたときに直すために、式のあいだ、そこに立っております。人が上がってまいります。貴族の方々でございます。名を存じ上げない方が多うございました。


 三十人ほど通られたところで、見た顔がございました。夫でございました。夫は階段を上ってこられました。招かれた側でございます。伯爵でございますから、当然でございます。三段目のところで、足を止められました。鉢を、ご覧になりました。しばらく、動かれませんでした。


 わたくしは柱の後ろに立っておりました。夫がこちらをご覧になったかどうかはわかりません。ただ、鉢を長くご覧になっておりました。白の縁に、薄紅が入っております。夫は、その色を知っておられます。七月の三日目の朝に、麻布の山の中の一株を「どれだ」と伺われました。


 わたくしは「四つ目の列の、右から二番目」と申し上げました。夫はそちらへ二歩、歩きかけて、止まられました。


 ――いや、いい。


 あのとき、そう仰いました。夫は四段目へ上がられました。振り返られませんでした。


 わたくしは鉢を一つ、指一本ぶん直しました。倒れてはおりませんでした。直す必要はございませんでした。


 式典のあと、花壇の裏へ呼ばれました。王妃殿下でございました。侍女が二人。セリアン様が後ろに立っておられます。


「灰坂のエルシャ」


「はい」


「よく揃えました」


「ありがとうございます」


「六日でしたね」


「六日でございました」


 王妃殿下は鉢の一つに手を伸ばされました。花ではなく、葉の裏をご覧になりました。


「虫がいません」


「はい」


「薬を打ちましたか」


「打っておりません。葉の裏を、六日のあいだ毎日見ました」


「三十鉢を」


「六十三鉢を見て、三十を選びました」


 王妃殿下は手を戻されました。


「セリアン」


「はい」


「この者を、なぜ入札に出さなかったのですか」


「殿下。灰坂の庭師は入札の名簿に載っておりません」


「なぜ」


「家の格の欄が、埋まらぬためでございます」


 王妃殿下は、少しうなずかれました。


「では、そこを直しなさい」


「殿下」


「二十四年前、わたくしはアメリー・レーンフェルトから薔薇を受け取りました」


 王妃殿下は、階段のほうをご覧になりました。


「あのとき、あの子はまだ伯爵夫人ではありませんでした。薬師の娘でした」


「エルシャ」


「はい」


「一つ、聞きます」


「はい」


「そなた、レーンフェルト伯爵家と、揉めましたか」


 わたくしは、少し考えました。


「揉めておりません」


「株を全部持ち出したと聞きました」


「持参財でございます。弁護士の立ち会いのもとで、目録を確かめました」


「訴えは」


「起こしておりません」


「先の伯爵夫人であったことを、どこかで申しましたか」


「申しておりません」


「組合と、揉めましたか」


「揉めておりません」


 王妃殿下は、しばらくわたくしをご覧になりました。


「セリアン。この者の名を、なぜロンバル侯爵が知っていたのですか」


 セリアン様が、答えられました。


「侯爵家の執事が、庭の名を書き留めたそうでございます。八月に」


「八月に、この者はロンバル侯爵家に呼ばれ、そして断られたと聞きました」


「――はい」


「断られたあと、侯爵家について何か申しましたか」


 わたくしは、頭を下げました。


「申しておりません。三日ぶんの代金を、頂きました」


 王妃殿下は、うなずかれました。


「そこです」


「はい」


「王城の階段に置くものは、揉めごとのない場所から来なければなりません。ここは国の玄関です。玄関に、恨みを持った品を置くわけにはいかない」


 王妃殿下は、侍女に手を出されました。紙を受け取られました。


「三年、ここの階段を頼みます」


「殿下」


「春の叙勲、建国祭、即位の日。年に三度です」


 わたくしは、その紙を受け取りました。


「――三年でございますか」


「短いですか」


「長うございます」


 わたくしは、頭を下げました。


「五年の仕事を一つ、抱えております。北の辺境でございます」


「両方できませんか」


 わたくしは、日数を数えました。北は、年に二度で足ります。塚は盛りました。二年目は雪解けのあとに堆肥、三年目に植え付け。


「できます」

【今日の花暦】


階段に鉢を並べるときは、下の段に開いて二日目、上の段に六日目を置きます。上は遠くから見られるので、弁の反りが見えません。近くで見られる下に、いちばん若い花を置きます。


 王妃殿下が選んだ理由は、腕でも系統でもありませんでした。「揉めていない」ことでした。訴えず、名乗らず、断られた家の悪口も言わなかった。怒らなかったことが、そのまま条件になっていました。奥様はそれを狙っていません。ただ、怒らなかったのです。


 次回、丘の上の庭の話でございます。伯爵家が、薔薇について決めたことがあるそうです。


 ブックマークと評価は、苗の土代に充てさせていただきます。

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