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夫が浮気しましたので、庭ごと出てまいります  作者: 桜井花恋


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第21話:六日後の、十時に

 選ぶのは、いま咲いている株ではございません。十一月十日の午前十時に、いちばん良い顔をしている株でございます。咲いてから四日経った花は、外側の弁が反り返ります。反り返ると、白が薄く見えます。式典で並べるなら、開いて二日目から三日目が良うございます。十一月十日の二日前に開く株。


 つまり、十一月八日でございます。六十三鉢ございます。九月三日に寄せきれなかった株が、ここまで少しずつ開いてまいりました。わたくしは、六十三鉢を三つに分けました。一つ目は、十月末から開いている三十一鉢。これは反ります。使いません。二つ目は、十一月の一日から四日に開いた二十五鉢。


 当日は五日から八日目でございます。半分は使えます。三つ目は、ノラが日に当てた七鉢。十一月八日に開きます。当日は二日目でございます。これがいちばん良うございます。七と、二十五の半分。二十でございます。十足りません。


「奥様」


「はい」


「足りない十は、どうするんですか」


 わたくしは、鉢の列の奥を見ました。仮伏せの畝が、まだ十四本ございます。二百十四株のうち、鉢に上げたのは八十でございます。残る百三十四株は、来年の春に咲くものと、あと二年かかるものでございます。その中に、十六株ございました。九月三日に寄せきれず、鉢に上げなかったものです。蕾を持ったまま、畝で止まっております。


「これを、六日で開かせます」


「六日」


「六日でございます」


 やることは、四つでございました。一つ、掘って鉢に上げます。根を切らずに。二つ、納屋に入れます。夜のあいだ、炭を置いた場所の三尺離れたところに。近づけすぎると蕾が焼けます。三つ、朝、日の出とともに外へ出します。灰坂の土は白いので、日を返します。鉢を白い土の上に並べると、下からも光が来ます。


 四つ、水を切ります。蕾を持った株に水を絞ると、株は「来年は難しい」と考えて、いま咲かせようといたします。


「奥様」


「はい」


「困らせるんですね」


「困らせます」


 一日目。掘りました。十六株。日が落ちるまでかかりました。二日目。朝五時に納屋から出しました。夕方四時に入れました。炭を三つ。三日目。北風でございました。帆布を借りに、荷馬車屋へ参りました。マイエルさんは、帆布を三枚出してくださいました。


「まだあるぞ」


「三枚で足ります」


「王城に出すのか」


「出します」


 マイエルさんは、帆布を荷台に積まれました。


「送ってやる」


「荷馬車代は」


「藤の礼だ」


「三度目でございます」


「婆さんが三人いたことにする」


 四日目、蕾が割れ始めました。十六のうち、十一。残る五つは、まだ固うございます。この五つは、間に合いません。十一でございました。二十と十一で、三十一。一鉢、余ります。


 五日目の夕方、リリベット様の馬車が坂の下を通りました。止まりませんでした。荷を積んでおられました。旅の荷でございます。行き先は伺っておりません。


 マルタの手紙が、翌日届きました。


 ――奥様。リリベット様が、伯爵家をお出になりました。

 ――南のフォンティ侯爵家へ移られるそうでございます。詩をお書きになるので、そちらのご当主が後援なさると。

 ――旦那様は、お引き止めになりませんでした。


 わたくしは、その手紙を折りました。夫が引き止めなかったのは、たぶん、引き止める言葉を思いつかれなかったのだと思います。


 六日目でございます。十一月九日。朝、三十一鉢を並べました。白でございます。縁に、薄紅が入っております。開いて一日目のものが十一。


 四日目から八日目のものが二十。わたくしは、一鉢ずつ見て回りました。弁の反りを見て、葉の色を見て、鉢の縁の欠けを見ます。王城の階段に並べますので、鉢も見られます。二十のうち、一つ外しました。葉に黒い点がございました。黒星病でございます。うつります。三十でございました。


 ちょうどでございます。


「ノラ」


「はい」


「三十鉢でございます」


 ノラは、鉢の列の前を歩かれました。一つずつ、指で数えておられます。数えなくても、わかっておられます。


「三十です」


「はい」


「奥様」


「はい」


「あたし、あの七鉢が入ってて、嬉しいです」


 わたくしは、七鉢のほうを見ました。いちばん端でございます。開いて一日目。当日は二日目になります。三十鉢の中で、いちばん良い顔をいたします。


「あの七鉢を日に当てたのは、わたくしではございません」


「はい」


「教えてもおりません」


「はい」


「ノラ」


「はい」


「花暦を、写していただけますか」


 ノラの手が、止まりました。


「あたし、字は」


「読めると仰いました」


「少しです」


「書くのは、わたくしがいたします。あなたが数を読み上げてください」


 わたくしは、花暦を開きました。八十枚を超えております。綴じ糸を三度替えました。


「二冊にいたします」


 その夜、最後の一行を書きました。


 ――十一月九日。三十鉢確定。十一月八日開花の七鉢を主に据える。二十五鉢群より十九、畝より十一。黒星一鉢除外。


 書いてから、下に足しました。


 ――七鉢はノラが仕上げた。教えていない。

【今日の花暦】


式典に並べる花は、開いて二日目から三日目を狙います。四日を過ぎると外側の弁が反り、白が薄く見えます。だから「当日に咲かせる」のではなく「二日前に咲かせる」のが正しい狙いかたです。


 三十鉢のうち、いちばん良い顔をするのは、奥様が仕込んだ鉢ではありません。弟子が勝手に日に当てた七鉢です。奥様はそれを花暦に書き足しました。教えていないことを、書き残すためです。


 次回、北へ参ります。塚は六つ盛れました。囲いの中に、一株だけ植える約束がございます。


 ブックマークと評価は、苗の土代に充てさせていただきます。

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