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夫が浮気しましたので、庭ごと出てまいります  作者: 桜井花恋


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第19話:入札には、出しません

 十月の二十二日に、王都に触れが出ました。王妃殿下の即位二十五年でございます。式典は十一月十日。王城の大階段に、白い花を三十鉢。建国祭と同じ場所でございます。ただ、建国祭は家の格で決まりますがこちらは入札だそうでした。九月三日の献花が思わしくなかったのだと聞きました。


 十七家から集めた三十鉢のうち、七鉢が式の途中で首を落としたそうです。切り花ではございません。鉢でございます。鉢の花が式の途中で落ちるのは直前に肥料を打ったときでございます。


「奥様」


「はい」


「出しましょうよ」


 ノラは鉢の列の前に立っておられました。八十鉢のうち、いま咲いているのは五十七でございます。九月三日に寄せきれなかった株がばらばらと開いてまいりました。残る二十三鉢は、まだ蕾が固うございます。


「出しません」


「なんでですか」


「頼まれておりません」


 ノラは鉢を一つ持ち上げられました。重さを見る手つきになっておられます。


「入札って、頼まれるものじゃなくて、自分で出すものですよね」


「そうです」


「じゃあ出しましょうよ」


「わたくしは頼まれていない庭には参りません」


「これは庭じゃなくて、鉢です」


 わたくしは手を止めました。ノラの言うとおりでございます。ただ、王城の階段は庭でございます。


「ノラ」


「はい」


「入札には家の格を書く欄がございます」


「なんて書くんですか」


「灰坂、と書きます」


「それで駄目なんですか」


「駄目でございましょう」


 ノラは鉢を戻されました。


「奥様、それ、出してみてから言うことですよね」


 その日の午後、北への荷を作りました。塚を作る手順を、紙に清書いたしました。三通でございます。一通はアシュフォード様へ、一通は現地の石工へ、一通はわたくしの控えでございます。石は丘の五寸下から出ます。掘る深さと、積む向きと、塚の高さ。杭は八月に打ってまいりました。


 十一月の初めに、雪が来ます。その前に、塚を六つ盛らなければなりません。


「奥様」


「はい」


「北のあれ、いつ咲くんですか」


「五年後の六月でございます」


「五年後の六月に、あたし二十一で、奥様が三十三ですね」


「そうです」


「じゃあ、覚えてます」


 ノラは清書の紙を数えられました。三枚でございます。


「奥様。あれ、咲かなかったらどうするんですか」


 わたくしは、少し考えました。


「六年目に、もう一度やります」


 北へは十月の二十六日に出ました。三日かかります。塚を作るのに四日、戻るのに三日でございます。留守のあいだ、鉢の水はノラに頼みました。五十七鉢は、もう水を絞ってございます。咲いた株は水を減らします。減らすと花が長く保ちます。残る二十三鉢は蕾が固うございます。こちらは打ちます。


「表を触って」


「乾いてたら打ちます」


「重さも」


「持ち上げて、軽かったら打ちます」


「二十三鉢と、五十七鉢を、混ぜないでください」


「混ぜません。数は忘れませんから」


 北から戻ったのは十一月の二日でございました。灰坂へ坂を上がると、鉢の列が、少し違っておりました。二十三鉢のうち、七鉢が前に出してございました。その七鉢が色をつけておりました。蕾の先が白く割れております。あと六日で開きます。十一月八日でございます。式典は十一月十日でございました。


「ノラ」


「はい」


「これは」


 ノラは鋤の柄に顎を乗せておられました。


「日に当てました」


「どのように」


「朝、納屋から出して、夕方に入れました。奥様が九月にやってたのと同じです」


「九月とは温度が違います」


「はい。だから、夜は納屋の炭の近くに置きました」


 わたくしは、七鉢の土を触りました。乾いております。二日ほど打っておりません。


「水は」


「表が乾いて、二日置いて打ちました」


 わたくしは、鉢を持ち上げました。軽うございます。正しく軽うございます。


「ノラ」


「はい」


「もう一つ、伺います」


「はい」


「王城の門に、何を持って行かれましたか」


 ノラの手が、止まりました。


「……見てましたか」


「見ておりません。鉢の列が、一つ足りません」


 わたくしは、列の端を指しました。五十七のうち、五十六でございました。ノラは、しばらく黙っておられました。


「一鉢、持って行きました」


「王城の門でございますか」


「花壇の裏の、通用門です。門番に渡しました」


「何と申し上げましたか」


「灰坂の庭師の株です、って」


「それだけでございますか」


「あと、系統帳の第百七号です、って言いました」


 わたくしは、ノラを見ました。


「番号を、覚えておられましたか」


「数は、忘れませんから」


 わたくしは、その日、ノラを叱りませんでした。叱るべきかどうか、わかりませんでした。勝手に持ち出されたのは、わたくしの株でございます。持ち出す前に伺うべきでございました。ただ、鉢を七つ日に当てて、夜に炭の近くへ置いて、水を二日置いて打つのは、わたくしが教えていないことでございます。


 教えていないことを、正しくやっておられました。


「ノラ」


「はい」


「怒っておりません」


「そうは見えません」


「そうですね」


 十一月の四日でございました。街道を、王城の使いが上がってまいりました。馬に乗った方が二人。灰坂に馬が上がってきたのは、初めてでございます。


「灰坂の庭師、エルシャ」


「エルシャでございます」


「王城花壇監督官より、召し出しである」


 わたくしは、手を拭きました。


「明日でよろしいですか」


「本日である」

【今日の花暦】


鉢の花が式の途中で首を落とすのは、直前に肥料を打ったときです。肥料は花を大きくしますが、首を支える太さは前の月に決まっています。大きい花に細い首をつけると、落ちます。


 今日は弟子が勝手なことをしました。株を一つ持ち出して、王城の通用門に置いてきました。叱るべきかどうか、奥様は決められませんでした。教えていないことを正しくやっていたからです。


 次回、王城花壇でございます。系統帳の第百七号を、監督官がお読みになります。


 ブックマークと評価は、苗の土代に充てさせていただきます。

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