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夫が浮気しましたので、庭ごと出てまいります  作者: 桜井花恋


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第16話:伯爵は、土を掴みました

 マルタの手紙が、九月二日に届きました。


 ――奥様。五十日目でございます。

 ――昨日、庭の株を全部抜きました。二百二十のうち、生きていたのは十九でございます。


 わたくしは、その数を二度読みました。十九でございます。


 理由は、三つ重なっております。一つ、七月に成株を植えたこと。根が動く前に葉が水を求めます。二つ、東の垣根の下の抜け道を抜いたこと。八月の雨で、東側が水に浸かりました。根が三日水に浸かれば、腐ります。三つ、その二つが起きたあとで、水を打ち続けたこと。葉が萎れたのを見て、水が足りないと思われたのでしょう。


 萎れの半分は、水が多いときにも起きます。根が腐ると水を上げられませんから、地上は乾いた顔をいたします。乾いた顔に水を打てば、腐りが進みます。三つとも、別々に起きたなら助かりました。重なると、助かりません。


 ――旦那様は、抜いた株を一つずつご覧になりました。

 ――それから、庭の中ほどに膝をつかれて、土を掴まれました。

 ――両手で、でございます。手袋をしておられませんでした。

 ――しばらくそのままでおられました。それから、こう仰いました。

 ――「これは、土ではないな」


 わたくしは、手紙を膝に置きました。


 土でございます。ただ、あの庭の土は、あの庭の株のために作ったものです。粘りの強い赤土に、川砂を四割入れました。堆肥を毎年十二車。表から五寸のところに、腐葉土を薄く一層。そして水の抜け道を三本。


 この土は、水を早く抜きます。早く抜く土に、根が浅い成株を植えて、水を毎日打てば、表だけが常に濡れて下が乾きます。根は表に集まります。表に集まった根は、雨で浸かり、日で焼けます。夫が両手で掴んだのは、たぶん表の五寸でございました。あの五寸を作るのに、七年かかりました。


 ――写しは、バルド様がお読みになりました。

 ――三日かけて、こう申されました。「これは庭師の書き方ではない」と。

 ――旦那様は、写しを机に置いたままでおられます。


 九月三日でございました。建国祭です。王都の大通りに人が出て、王城の門が開きます。大階段に、十七家からの献花が並びます。わたくしは、行きませんでした。


 鉢が八十ございます。九月三日を狙って寄せてまいりました。この日に開くように仕込んだのですから、この日に見なければなりません。朝、数えました。開いていたのは、十一鉢でございました。


 十一でございます。三十には、届きません。二十日の遅れは、二十日ぶんそのまま出ました。鉢を動かして、日に当てる時間を延ばして、夜は納屋に取り込んで。それで六日ぶんは詰めました。残りの十四日は、詰まりませんでした。


 わたくしは、花暦に書きました。


 ――九月三日。八十鉢。開花十一。仕込み開始八月三日、二十日遅れ。鉢移動により六日短縮。残十四日は不可。


 それから、下に一行足しました。


 ――灰坂の焼け土は、日を返す。次は使える。


 ノラが、鉢の列を見ておられました。


「奥様」


「はい」


「十一って、少ないんですか」


「三十鉢が必要でございました」


「じゃあ、駄目ですね」


「駄目でございます」


 ノラは、開いた十一鉢を数えられました。数えなくても、わかっておられます。


「でも、十一咲いてますよ」


「はい」


「二十日遅れて、十一咲いたんですよね」


 わたくしは、鉢を一つ持ち上げました。白でございます。縁に薄紅が入っております。アメリーでございました。


「ノラ」


「はい」


「来年は、間に合います」


 ノラは、鉢を並べ直しました。十一鉢を、いちばん日の当たる列へ。


「奥様」


「はい」


「あたし、この十一が、王城に並ぶところ見たかったです」


「来年、見られます」


「五十七年後じゃないんですね」


「五十七年後は、わたくしがおりません」


 ノラは、少し笑われました。その日の午後、王都から乗合が着きました。降りてこられたのは、行商の方でございました。七月に、伯爵家の株が萎れ始めていると教えてくださった方です。


「灰坂の庭師さんか」


「はい」


「王都で、あんたの噂を聞いたぞ」


「どのような噂でございますか」


「レーンフェルトの庭が全滅したのに、灰坂の元奥方は鉢を八十も咲かせてるとな」


 わたくしは、手を止めました。


「八十は、咲いておりません。十一でございます」


「十一でも、伯爵家の十九より多いだろう」


 わたくしは、それに何も申し上げませんでした。十一と十九を比べるものではございません。十九は、生きているだけの株です。花はついておりません。行商の方は、鉢の列を眺めて、少し口笛を吹かれました。


「土は、正直だな」


「土は、何も言いません」


「言わなくても、こういう形で出るなら、それは言ってるのと同じだろう」


 夕方、街道に人が上がってまいりました。マルタでございました。乗合で、王都から来られたのだそうです。休みをもらったと仰いました。


「奥様」


「マルタ。お立ちのままで申し訳ございません。椅子がございません」


「井戸の縁に座ります」


 マルタは、井戸の縁に腰を下ろされました。それから、風呂敷を出されました。


「これを」


 中に、木箱がございました。古い箱です。蓋に、三つの葉の紋が薄く彫ってございます。


「納屋の奥にございました。株を全部抜いたあとに、道具を片づけておりましたら」


 わたくしは、蓋を開けました。中に、鋏が一つ。柄に銀を巻いた、古い剪定鋏でございました。刃が薄うございます。研げば折れると言われたものです。その下に、紙が四つ折りで入っておりました。義母様の字でございました。

【今日の花暦】


葉が萎れる原因は、水が足りないときと、水が多いときの両方です。根が腐ると水を上げられないので、地上は乾いた顔をします。乾いた顔に水を打つと、腐りが進みます。見分けかたは、鉢を持ち上げて重さを見ることです。


 二百二十株のうち十九が生きました。三つの原因が別々に起きていれば助かりました。重なると助かりません。庭が枯れるときは、たいてい重なります。


 次回、義母様の紙でございます。アメリーという名の方が、十二年前に何を書いたか。奥様は一度も褒められたことがありません。


 ブックマークと評価は、苗の土代に充てさせていただきます。

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