第54話 眠る正義を引き継いで
目まぐるしい日々が過ぎ、グルベアの逮捕から早くも三ヶ月が経った。
うだるような夏を抜け、赤や黄に変わり始めた木々が街を彩っている。
今回レナートらが受けた被害も、十年前の事件も、全ては秘匿されることに決まった。
グルベアの自供と追加の調査で、これまでの期間で数えきれない程の獣人達が実験の犠牲になっていたことが明らかになった。
だがその誰もが貧民地区から誘拐されており身寄りがなく、亡くなった事を告げる相手さえいない者ばかりだったため、グルベアが行った所業も、彼が犯人であった事実も、全ての真相は逮捕までに関わったごく僅かな人間しか知る者はいない。
両国は彼の幕引きを「長年患っていた病のため生涯を閉じた」とだけ発表した。
同盟へ向けて波風を立てたくない両国の想いがあったのはもちろん、獣人にとって最大の弱点となる強制的な獣化の方法の存在を、世に明かすことは許されなかったからだ。
グルベアの爵位と領地は王家へ返還され、資産はレオドニル国へ渡された。
犠牲になった者達の墓と、グルベアの一族のためのささやかな慰霊碑を作り、残りは鳥人達の支援へ回されることになった。
国防省の長官の座は空席になり、そこにはすぐに新しい人物が指名された。
「……やはりここでしたか」
早朝の陽が柔らかく差す、王都を見渡せる広い丘の上。
豪奢な黒の礼服に身を包んだエドガーは、他に誰もいないその場所で、同じく礼服を纏いしゃがみ込む一人の老人の背に声を掛けた。
花が溢れ美しく整地されたここは、先の大戦で名誉ある死を迎えた者──戦没者達のための墓が並ぶ墓地だった。
「見つかってしまいましたか。せっかく一人、サボろうと思っていたんですがなぁ」
じっと墓の前に座り込み、振り向きもせずに笑って答えたのは、ジャルジュ侯爵だ。
花輪が掛けられ綺麗に磨かれた墓石に掘られているのは、彼の兄の名前だった。
「……なんの真似かな?」
僅かに顔を向け問いかけたジャルジュの視線の先、彼の後ろではエドガーが深く頭を下げていた。
「ありがとうございました。十年前……侯爵が声を掛けて下さらなければ、私も妹も……未だ霧の中を彷徨っていたはずです」
神妙に礼をし微動だにしない彼に対し、ジャルジュがかぶりを振る。
「おやめなさい。今回の結末は……全て貴殿の執念があってこそ。私はただ言われた通りに動き、ほんの少し力を貸したに過ぎん。それに──報酬は確かに受け取りましたからな」
大きくため息を吐きながら、「よっ」と声を出し立ち上がったジャルジュは、エドガーの肩を軽く叩いた。
ジャルジュが協力する代わりに提示していた対価は、『エドガー・シャルトレが座る国防省副長官の座』だ。
グルベアの逮捕後、副長官の職を退くエドガーが後任としてジャルジュを指名し、その約束は確かに果たされていた──のだが。
「まあ……私を副長官に据えた後、まさか貴殿が上司になるとは……思いもよりませんでしたよ」
わざとらしく口角を下げ肩をすくめるジャルジュに、顔を上げたエドガーは滅多にない幼なげな笑みを見せた。
「それは私も誤算でしたよ。事件さえ解決できれば、私は政治から退き騎士団へ入り直そうと思っていましたから」
十年前、エドガーが父から爵位を継ぎ、死に物狂いで副長官の座まで上り詰めたのは、全てルルーシャのためであり、フィオグラウスのためだった。
元々政治に興味があったわけではない。
騎士団で戦略を練り、鍛錬に励む男達に囲まれている方が、机に向かって気難しい文官や貴族の相手をするより性に合っている。
ジャルジュが協力の対価に望んだものは、幸いなことにエドガーは失っても痛くも痒くもないものだった。
だから一つ返事で承諾したのだが、人生とは奇妙なもので、副長官の辞任を申し出た瞬間、笑顔の国王から渡されたのは国防省長官の任命書だった。
珍しく驚いて目を白黒させたエドガーを、王の隣に並んでいたレナートが笑っていたのは言うまでもない。
「エドガー殿は、騎士団にはもったいないでしょう。こんな豪胆で狡猾でしぶとくて人使いが荒い男は、まれですからなぁ……おっと、口が滑りました。どうか次の会議ではお手柔らかに」
「それはこちらの台詞ですね。レナート殿下から苦情が来ていますよ。『ジャルジュ侯爵が頷く案を提出するのが難しすぎる』と」
「それはそうでしょう。私は獣人が嫌いですし、我が国に頼りっぱなしの甘ったれた彼らをさらに甘やかすような政治はできませんから」
「ははっ。手厳しい」
目を眇め余裕そうな表情で笑うエドガーに、ジャルジュが言った。
「さあ、せっかく長官が自ら直々に呼びに来て下さったのです。サボるのはこれくらいにして……そろそろ参りますか」
「そうですね。今日は……記念すべき平和への一歩──レオドニル国との同盟成立を祝う日ですから」
二人の視線の先。
丘から見下ろす王都は、同盟を記念して至る所にレオドニル国とキフェール国の国旗がはためき、祝賀会に合わせ祭が開かれている街は早くも賑わう声が響いている。
自分達の背負う穏やかな営みを眺め、互いに視線を交わした二人はどちらともなく、宴の始まりを待つ城へと戻って行った。
ここまでお読み頂きありがとうございます!
事件の後処理もあらかた終わり、あとはフィオとルルーシャが幸せになるだけ。
最終話まであと少し、二人のラストまでお付き合い頂けると嬉しいです(^ ^)
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