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第5話 二人の仲を見守り隊

「私のことは、お好きなようにお呼び下さい」


 部屋を出ようと先に立ち上がったフィオグラウスが、エスコートするための手を差し出しながら、ソファに掛けたままのルルーシャに言った。


 婚約と一年後の結婚についての話があらかた終わり「じゃあ庭に行くか」とエドガーが切り出したのだ。

 散策かと思ったが、そうではなく庭に何やら用があるらしい。


 そっと手を取り、立ち上がって隣に並んで改めて見ると、フィオグラウスはエドガーよりはやや低いが長身で、ルルーシャの背は彼の肩までも僅かに足りていない。


 見上げれば、優しく微笑む瞳と目が合い、ルルーシャはドキリとした。


「では……フィオグラウス様、とお名前でお呼びしたいです。私のことも……ルルーシャ、と」


「わかりました。名をお呼びできること、光栄です──ルルーシャ」


 政略結婚であるはずなのに、フィオグラウスは喜びを噛み締めるような甘い声で名を口にし、はにかむように目を細めた。


 艶のある表情に、思わずたじろいでしまう。


 そわそわと落ち着かない心地になったルルーシャが言葉を探していると、庭へ移動する途中、エドガーが言った。


「ルルーシャ、これからお前に侯爵家の騎士ではなく、()()()()()をつける」


「新しい護衛?」


「ああ。()()()な。フィオが職務で側にいない間も、レオドニル国と強固な繋がりがあると周囲に示すには、獣人を常に側に置くのが視覚的にわかりやすいからな。それにお前は彼らに対する知識も浅い。勉強のためにもいいだろう。侍女は今まで通りクロエを連れて行け」


 クロエはルルーシャの専属侍女だ。

 今日の化粧や支度も全て彼女の手によるもので、姉妹のように暮らしてきたクロエには、全幅の信頼を寄せている。


 ルルーシャが可憐なすみれの花だとしたら、クロエを例えるならひまわりだろう。

 三人のさらに後ろに控えついて来ていた、はちみつ色の髪を一つに纏める彼女を振り返ると、クロエは「これからも宜しくお願いします」と活発そうな笑みを返してくれた。








「護衛につけるのは、レオドニル国から連れて来た私の従者なのです。──メルト!! ユーリス!!」


 庭に到着すると、エドガーの言葉を引き継いだフィオグラウスが、姿の見えない従者に向かって大きな声で呼び掛けた。


 すると、今までどこにいたのか、気配もなくルルーシャの背後から落ち着いた中性的な声がした。


「おめでとうございます、若様(わかさま)


「きゃっ!」


 驚いたルルーシャが振り向くと、そこに立っていたのは、フィオグラウスとはまた違った美しさを持つ人物だった。


 気怠げな橙色の瞳に、そこにかかる同じ色の前髪と下ろした長髪をフワと風になびかせ、感情が読めない表情でこちらを見ている。


 一瞬女性かと思わせる面差しだが、背はルルーシャより頭一つ分高く、着ているのはレオドニル国の男性用の黒の騎士服で、声も中性的ではあったが僅かに低かったことから、男性なのだろう。


 そしてその頭には、枝分かれして天へ向かって伸びる、立派な()()()()が生えていた。


「ルルーシャ、彼はメルト。鹿()の獣人です。それから──」


 フィオグラウスがそこまで言うと、ヒューと何かが風を切る音と共に、空から大きな黒い影が降ってきた。


「若!! やったな!! ()()()()()みたいで俺は嬉しいぜ!!」


 ハキハキとした大きな声と共に、上空から現れたニカっと大口を開けて笑う大柄の男性が、豪快にフィオグラウスとメルトへ両腕を伸ばし、ガシリと肩を組んだ。


 黒の短髪に一部だけ白い髪が混じるその男性は、少し目尻が吊った金の瞳の精悍な顔つきをしており、着ているのはメルトと同じ黒の騎士服だが、襟元を緩めかなり着崩している。


 浮かべた喜びのままフィオグラウスの頭をわしゃわしゃと撫で回す彼の背には、バサリと大きく広げられた、勇壮な漆黒の翼があった。


「やめろ、ユーリス! 家じゃないんだ、離せ!」


「えー、無理むり。嬉しすぎて(わか)とメルト連れてこのまま空飛びたい」


「やめて下さい。角で吹っ飛ばしますよ」


 じゃれ合う三人は、気心が知れた仲なのだろう。

 先程までの紳士的な雰囲気とは違い、砕けた言葉遣いで顔を顰めているフィオグラウスは、年相応の青年に見える。


 暫く賑やかな問答を続け、ようやくユーリスと呼ばれた男の腕を剥ぎ取ったフィオグラウスは、呆気に取られていたルルーシャと視線が合うや、ほんのり顔を赤くして咳払いをし、取り繕うようにさっと表情をすました。


「……失礼しました。彼はユーリス。()()の鳥人です。二人は私の最も信頼する従者で、腕も確かです。レオドニル国では、従者と主は、主従関係というより家族に近いのです。お見苦しい所をお見せして、すみません」


「若は俺の大事な弟みたいなもんなんですよ、()()


「ユーリス、ちょっと黙って下さい。まだ()()の前です。我々の品位が疑われます」


 大柄でどちらかと言えば威圧的な見た目と違い、懐っこい笑顔を向けてくるユーリスを、メルトがすかさず無表情のまま嗜める。


 ルルーシャはなんだか三人の様子が微笑ましく、思わず笑ってしまった。


「フィオグラウス様にとって家族のような存在なら、私にとってもそうなって欲しいです。気を使わず、同じように接して頂きたいです。ダメ、でしょうか?」


 こて、と首を傾げてお願いしてみると、フィオグラウスが「ぐ」と一瞬喉を鳴らす。


「……あなたがいいなら……ダメではない、です」


 顔を赤くしたまま言い淀む主をよそに、ユーリスとメルトがルルーシャの前にひざまずいた。


「え?」


 パチパチと瞬きをして目を丸くしたルルーシャに、メルトが言った。


「お嬢様、私の角に触れて下さい。獣人が己の血筋を象徴する部分に触れさせるのは、信頼の証です。フィオグラウス様の伴侶になられる御方として、誠心誠意お仕えさせて頂く()()になります」


「角……いいんですか?」


「俺は翼を触ってくれて構わないですよー」


 驚いて尋ね返したルルーシャへ、ユーリスがヘラリと笑い、ひざまずいたまま翼を一度羽ばたかせた。


「そ……それなら」


 ルルーシャは()()()()()()、そっと角と翼に触れた。


 実を言うと、ルルーシャは()()()の動物は大好きだ。

 少ししっとりとして温もりのある角と、大きな羽が連なる滑らかな手触りの翼に、思わず顔が綻んでしまう。


(まあ……すてき)


 不思議な魔力に吸い寄せられるように、そっと触れただけの手が無意識にもう一度彼らを撫でようとした時、隣に立つフィオグラウスがやんわりとその手を制止した。


「触れるのは一度だけで大丈夫ですよ」


 にこりと微笑まれ、はっとしたルルーシャは手を引っ込めた。


「あ……すみません、何度も触れるのは失礼ですよね」


 しゅんと眉を下げると、立ち上がったメルトとユーリスが先程までよりも砕けた雰囲気になり否定した。


「いえ、そんなことはないですよ。若様のそれは、ただの嫉妬ですから」


「そーそー。若も撫でて欲しくなったんですよねー」


「狼の獣人は撫でられるのが特に好きですから」


「甘えん坊なんですよー」


 二人に畳み掛けるように言われ、横に立つフィオグラウスの顔を覗き見れば、彼は顔を朱に染めて片手を口元にあて、視線を彷徨わせている。


 それを見て、エドガーがニヤリと口端を上げた。


「ちょうどいい。フィオ、ちょっと人化を解いてみろ。慣れるには早いに越したことはない」


「お兄様!?」


「え、エドガー様、それは──」


 慌てるルルーシャとフィオグラウスを気にも留めず、兄は楽しそうに言葉を続けた。


「これからお前達の様子は、クロエとメルト、ユーリスに逐一報告させる予定だが、主人のために『仲は順調だ』と誤魔化す可能性もなくはない。俺の目の前で、努力する所を一度見せておいて貰おう」


「ほ……報告!?」


 ルルーシャが焦った表情でクロエを見れば、ビシッと背筋を伸ばした彼女が元気よく宣言した。


「一年後、仲良し新婚生活をお迎え頂くため、お二人の仲を精一杯応援させて頂きます!」


 すると、メルトも表情を動かすことなく、すました顔で言う。


「こんなに面白……いえ、両国の命運をかけた重要な任務です。協力は惜しみません」


 最後に、ユーリスが満面の笑みを浮かべ、その場でひらりと宙返りをした。


「俺たち、先に顔合わせして、『二人の仲を見守り隊』を結成しましたんで! 若、お嬢、一緒に頑張りましょうね!」


 驚くルルーシャとフィオグラウスに、にっこりと微笑んだエドガーが、ずい、と一歩詰め寄った。


「さあ、ルルーシャ。手始めにフィオの耳でも撫でて貰おうか。国の未来のため、結婚する約束をしたんだ。──頑張れるよな?」


 顔を赤くしたフィオグラウスと、顔を青くしたルルーシャは、エドガーを見つめたまま、全くの同時にゴクリと喉を上下させたのだった。


 

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