第43話 悪夢の始まり
街の中心にそびえる古い時計塔が低く十二時の鐘を鳴らし、遠くにその音を聞きながら、招かれた人々は馬車に乗り込み侯爵邸を後にする。
最後の者が門を出たのを見届け家族達が屋敷の中に戻っても、送賓のために出ていた玄関前の広々とした車寄せに残ったエドガーは、浮かべていた笑みを消し去り眉を顰めた。
「どう思う?」
背後の屋敷を見上げ、隣に立っていたメルトとユーリスに尋ねる。
この場にいるのは、三人だけ。
両親とイレーネは家族が住まう屋敷の東側の区画へ。
ルルーシャはフィオグラウスと共に、来客用の部屋が並ぶ西側の区画へレナートとイアンを案内しに行っていた。
黒幕に何か動きがあった場合に備え、レナートとイアンは城に戻らず宿泊することを事前に決めてあり、王子の護衛も兼ねているフィオグラウスと、彼と共に眠るルルーシャも、同じ西側の客室を使う。
メルトとユーリスは、朝まで屋敷の外の見張り役だ。
黒い翼を一度バサリと鳴らし、ユーリスはエドガーの問いに返事をした。
「今日は本当に何もない気がしますねー。実際ここまで何も起こってないし、俺らの考えすぎだったのかもしれません」
軽い口調でそう言えば、難しい顔をしたメルトが低い声で否定した。
「私はそうは思いません。物凄く嫌な感じがします。胸騒ぎというか……上手くは言えませんが、本当に、嫌な感じなんです」
眉を寄せ、不安のせいかすでに手は腰に下げた剣の柄を握り込んでいる。
普段にないピリと殺気立つ彼の様子に、ユーリスは眉を下げた。
「メルトもそうだけど、若達もみんな気ー張りすぎじゃね? めちゃめちゃイライラしてるし。パーティーでは何も起きなかったんだしさ、ちょっと肩の力抜けよ。ずっとそんなんじゃしんどいだろ」
いつも通り、ポンと軽く肩に手を置こうとした。
ただそれだけだったのだが、触れる直前、その手は痺れと共に強い力で弾かれた。
「触るな!!」
「──っ」
ぱん、と乾いた音が大きくその場に響き、鋭い眼光でメルトから振り払われたユーリスの手が宙に浮く。
突然のことに目を丸くし固まったが、それはメルトも同じで、静寂の中で見つめ合う彼の顔には、自分の行動が信じられないという強い困惑がありありと浮かんでいた。
「す……すみません。確かに……ちょっと気を張りすぎていますね」
ため息を吐き、気まずそうに視線を逸らすメルトをユーリスが覗き込む。
「おい、本当に顔色悪いぞ。大丈夫か?」
「大丈夫です。頭を冷やしたいので、見回りがてらちょっと走って来ます」
「あ──おい! メルト!!」
制止も聞かず、だっと駆け出したメルトの後ろ姿が、一瞬で木々の間の闇へ消えていく。
残された二人は、呆然とそれを見つめるしかなかった。
「ほんと……どうしたんだろう、あいつ。いくら相手の出方がわからないって言っても、あんな風になる奴じゃないんだけどな」
「ああ。それは俺も同感だ。……本当に体調が悪そうなら休ませろ。先に戻る。何かあれば執務室に報告に来い」
「わかりました」
静かに視線を交わし、頷いたユーリスは屋敷の中へ戻るエドガーの後ろで大きく翼を広げると、闇に紛れて消えた友を探しながら、音もなく上空へと高く飛んだ。




