第38話 成人祝い 1
いよいよ迎えた、ルルーシャの成人を祝うパーティーの当日。
爽やかな風がカーテンを揺らす昼下がりに、王都の侯爵邸──エドガーの家の、いくつもある煌びやかな客間の一つに、興奮の乗った高い声が響いた。
「まあーーーー!! ルルーシャ、可愛い!! 本っっっっ当に可愛いわ!!」
声を上げたのは、垂れた深緑の瞳に長いまつ毛が特徴的な、すらりとした長身におっとりとした面差しの黒髪の貴婦人──エドガーの妻、イレーネだった。
「お母ちゃま、本当にすばらちいわね!! ルルねえちゃま、かわいい!!」
イレーネの隣で同じように頬を上気させパチパチと小さな手を叩いているのは、まだ三歳前の彼女の娘、アメリア。
ふりふりのレースのドレスを着た彼女は、薔薇色の丸い頬にイレーネ似の垂れた大きな目をしているが、その瞳と肩まで伸びた髪は、エドガーと同じ濃い茶色だ。
大興奮の二人が見つめているのは、夕方に迫ったお披露目のため、クロエによって時間をかけてこれでもかとめかし込まれた、ルルーシャだった。
「ほ……本当?」
猫脚の化粧台の横、大きな姿見の前に立つルルーシャは、嬉しさと緊張の混ざる瞳をイレーネとアメリアへ向けた。
丁寧に施された化粧で、まつ毛は普段より長い気がするし、肌も透明感が増している気がする。
ドキドキしながら尋ねると、駆け寄ったアメリアがドレスの裾の近くでぴょんぴょんと跳ねた。
「本当よ!! おひめちゃまみたい!! ね、回って!! くるってちて!!」
言われた通りにその場で一度ゆっくり回ってみせれば、アメリアは両手をあげて「きゃー!」と大喜びした。
ルルーシャが着ているのは、この日のために準備された光沢のある白色のドレス。
胸元から腰までのラインは艶やかな生地が体に沿いすっきりとしており、デコルテから肩にかけては、ヴェールのように薄く透けた異なる生地が包み、楚々とした品がある。
普段ふわふわと風に靡くチョコレート色の髪は、緩く編み上げ後ろで纏めてシニヨンにしているため、可憐な首の線が一層引き立つ仕立てだ。
頭を下げ眠っている花のようにゆったりと広がる裾は優美で、ルルーシャがくるりと一回りすると、折り重なっていたドレープが花開くようにふわりと広がる。
さらに、全体の印象は白のドレスだが、胸元から腰の下あたりまでは、豪華な藤の花が蔓を延ばし垂れ伸びるように刺繍され、濃い紫から裾の白へ繋がる濃淡は、春の明け方の空に似た幻想的な色合いを見せていた。
デビュタントパーティー用のドレスは、子ども時代の最後の贈り物であり、大人になっての最初の贈り物として、家族が時間を掛けて仕立てるものだ。
細かい調整を待つだけだったドレスを初めて見た時、その色に驚いたルルーシャに笑顔のクロエが言った。
「どう見てもルノワ様のお色ですよね!! ご両親様とエドガー様の力作ですよ!!」
ルルーシャはその言葉で、家族がずっと前からフィオグラウスを認め、彼女と引き合わせようとしていたことがわかり、素敵な縁をもたらしてくれたことに心が温かくなった。
「どう? どこもおかしくはない?」
照れて眉を下げ微笑むルルーシャがそう尋ねた途端に、イレーネとアメリアからはもの凄い勢いで反論と称賛が返ってきた。
「何言ってるの!? 完璧よ!! これ以上の可愛さがある!?」
「お母ちゃまのおっちゃる通りよ!! ルルねえちゃま、とってもすてき!!」
うっとりと目を輝かせている二人は、ルルーシャの周りをくるくると動き回りながら、様々な角度から彼女を眺め「可愛い!!」「最高!!」と言い続けている。
化粧台の側に立っていたクロエが、大きな声で激しく同意した。
「本当にそうですよ!! 私のっ、さ、最高傑作です!!」
そう言う彼女は、鼻を真っ赤にして号泣している。
「お……お嬢様……本当に、よくご立派にご成長されて……!!」
最後まで言い切れずに、持っていたハンカチにワッと顔を伏せたクロエの背に、ルルーシャがそっと手を添えた。
「クロエ……泣かないで。こんなに素敵に仕上げてくれて、本当にありがとう」
「うう……お嬢様は私の宝物です……」
慰められて余計に涙腺が崩壊してしまったクロエの服の裾を、アメリアがちょんちょんと引っ張った。
「ねえ、お父ちゃま達、呼んできていい?」
「はい、お願いじばず……」
未だ泣いているクロエが嗚咽まじりに言うと、「お父ちゃまー!!」と言いながらアメリアが部屋を飛び出していく。
いくらもしないうちに扉がノックされ、「ちょっと待ってね」と返事をしたイレーネがそれを開けた。
「──まあ、ルルーシャ……!!」
眩しそうに瞳を潤ませ、すぐに両手を延ばし部屋に入ってきたルルーシャの母が、彼女を優しく抱きしめた。
そっと抱きしめ返した母は、勝気で華やかな目元がエドガーとそっくりだ。
その後ろから、緩く波打つ短い紅茶色の髪と丸い瞳が印象的な、優しい面差しの父も続く。
「素敵だよ、ルルーシャ。本当に……大きくなったね」
背の高い父に両手で母ごと抱きしめられ、二人の熱がくすぐったい。
最後に、アメリアを片手で抱きかかえたエドガーが入ってきた。
「俺達が一番に仕上がりを見ると思っていたのに、ずいぶんずるいじゃないか、イレーネ」
くすくすと笑いながら、柔らかい表情のエドガーが妻の頬に軽く唇を寄せる。
「あら! 支度を手伝ったんですから、ずるじゃないわ。役得というものよ」
にっこりと微笑む彼女を見て、腕の中のアメリアも大きく手を挙げた。
「お父ちゃま、アメリアも!! アメリアも、おくつをはくお手伝いしたわ!!」
「そうか。偉いぞ、アメリア」
ふっと目を細めたエドガーが、薔薇色の丸い頬にも同じようにキスを贈る。
その光景を見て、両親の腕から離れたルルーシャが笑った。
「お兄様、普段からその優しいお顔をなさっていればいいのに」
「何言ってるんだ。俺はずっと優しいだろう」
肩をすくめたエドガーは、アメリアをイレーネに託し、ルルーシャにゆっくり歩み寄る。
「おめでとう、ルルーシャ。よく似合ってる」
そう言った彼は、大切な妹と向かい合い、珍しく朗らかに破顔した。




