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第35話 記憶の欠片

「──は……ぁ」


 心臓を鷲掴みにされたような苦しさに吐息を飲み込み、フィオグラウスは目を覚ました。


 どくどくと大きく鳴る鼓動を感じながら、荒い息を鎮めるためゴクリと喉を鳴らす。


 放心にも近い状態で現実に引き戻された彼は、横向きに寝そべる自身の胸に、あたたかな熱を感じて視線だけをそちらへ向けた。


(ルルーシャ……)


 いつの間に身を寄せていたのか。

 彼の腕の中にすっぽりと収まる形で、ぴたりと寄り添うルルーシャが穏やかな寝息をたてている。


(よかった……ルルーシャがいる。生きてる……)


 夢で感じた絶望を消し去るため、存在を確かめるように、そっと彼女を抱きしめた。


 髪を撫で、その柔らかな感触に安堵する。


 どうしても顔が見たくなり僅かに身を離すと、フィオグラウスは眉を顰めて固まった。


(涙が……)


 うなされてはいない。

 だが閉じたままのルルーシャの瞼の端からは、涙が流れていた。


 どうすべきか悩みながらも、親指の腹で優しくそれを拭う。


 心配で暫く様子を眺めていると、ゆっくりとまつ毛が上がり、薄く開いた紅茶色の瞳がぼんやりと彼を見た。


「……()()()……?」


「──っ!!」


 懐かしい響きで名を呼ばれ、フィオグラウスは呼吸が止まった。


 まだ心は夢の中にあるらしいルルーシャは、彼のその反応に何を思ったのか、さらに身を寄せ首に手を回すと、垂れた三角の耳を撫で、幼子をあやすように囁いた。


「泣かないで、()()()……怖くないよ、大丈夫だよ」


 あたたかな手が何度も優しく耳から髪へ、頭の後ろを甘く滑っていく。


 フィオグラウスはグシャリと顔を歪め、ルルーシャを微睡(まどろ)みから起こさぬよう、溢れそうになる嗚咽を飲み込んだ。


(ルルーシャ……私を思い出して)


 ルルーシャを閉じ込めるように抱きしめ、髪に鼻を埋め耐えていると、徐々に撫でる手がゆっくりになり、再び彼女が夢に沈もうとしていることが伝わった。


(嫌だ……)


 叫びたくなるような痛みが、胸を占める。


(嫌だ。また……また、君に忘れられてしまう)


 ルルーシャの眠りを守りたいのに、夢との狭間で()()()()自分を見てくれている彼女と別れたくなくて、フィオグラウスの心は引き裂かれた。


「──ルルーシャ」


 思わず情けなく掠れた声が漏れ、名を紡ぐ。


「しまった」と思い身体を強張らせたが、ルルーシャは再び一度彼の耳を撫で、むにゃむにゃと寝言に近い言葉を呟くだけ。


 だが息を顰めてギリギリ聞き取れたその内容に、フィオグラウスは耳を疑った。






「フィオ……大丈夫だよ。あの怖い人は──()()()はいないよ」






 驚愕に目を見開き、言葉に詰まっている彼の腕の中で、ルルーシャの寝息が聞こえ始める。


 穏やかなそれとは反対に、フィオグラウスの心臓はどくどくと大きく嫌な音をたてていた。


(……確かに聞こえた。ルルーシャは……今確かに、()と言った)


 腕の中の彼女を熱いと感じる程に、急速に体の内側が冷えていく。


(ルルーシャ……それが……それが答えなのか……?)


 抱きしめる彼女の頭越しに見える、天蓋石が映す幻想的な星空が、出会ったあの夜の窓に叩きつけられた雨粒と重なり、思わず目を閉じる。


 ようやく拾った記憶の欠片は、フィオグラウスが想像すらしていない形をしていた。




ここまでお読み頂き本当にありがとうございます!

ルルーシャは記憶を取り戻せるのか、犯人を捕まえられるのか、二人を見守って頂けると嬉しいです。

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