第27話 強さと優しさと棘
試合は、ドン!! という大きく鈍い音から幕を開けた。
「ほっほー!! こりゃすごい!!」
「まあ……!!」
ジャルジュが大きな声で言い、座ったままのルルーシャも興奮気味に身を乗り出した。
最初に試合を行うのは、キフェール国から選出された騎士七名と、獣人国側からはメルト、フィオグラウス、それから優しげな黒山羊の獣人の三名。
身体能力に圧倒的な差があるため、人数を同じにすると試合にならないという事で、複数名ずつの班毎に戦うと最初に説明があった。
騎士が地面に背を付くか、降伏宣言もしくは戦闘不能な状態になれば場から退場し、どちらかが全滅した時点で試合終了だ。
「ルールをどうするかも、騎士団とかなり揉めました」とグルベアが苦笑しながら教えてくれた。
開始の合図と同時。
キフェール国の騎士達が、まず獣人三人の中で一番小柄なメルトを封じようと人数を集中させる気配を見せた。
だが彼らが実際に動くよりも速く、姿勢を低くしたメルトが物凄い勢いで突進し、一番近くで構えていた体格の良い騎士を、防御のための盾ごと角で突き上げ吹き飛ばした。
ドン!! という大きな音と共に盾がへこみ、吹き飛ばされた騎士が弧を描いて背中からどさりと落下して呻く。
「おお……!!」と観覧席からどよめきが起こり、場の空気が浮き足だった。
周囲の騎士達は一瞬その光景に目を見張ってたじろいだが、無表情のメルトは勢いのまま片手をトンと地につけ、くるりと体を捻って着地すると、ダッと前方へ跳躍する。
「はあ……舐められたものですね」
跳びながら瞬きの間に二本の模擬刀を引き抜いて、メルトは次に近くにいた騎士へ切り掛かった。
「ぐ……、う……!!」
ギリギリの所で反応できた騎士が構えた剣で双刀を受け止め、会場にキン! と硬質な音が響く。
その様子を眺めながら、グルベアが静かに言った。
「体格差で侮ったのが良くなかったですね。鹿の獣人は普段穏やかな分、戦闘になると荒々しく攻撃的な性格の者が多い。あの中で一番最初に狙うなら彼ではなく、ルルーシャさんの婚約者さんの方が良かったでしょうね」
「え? フィオグラウス様ですか?」
「そうです。あの中では、恐らく彼が一番紳士的に胸を貸してくれるでしょうから──」
言われた言葉の意味がわからず首を傾げると、ジャルジュが言った。
「お嬢さん、あの獣人三人の中で、誰が一番強いと思うかね?」
「え? それ、は……」
話している間も、試合は続いている。
切り結ぶメルトを背後から打とうとした騎士をフィオグラウスが剣でいなし、背を守るような形で二人の騎士と対峙した。
一人が踏み込んできたのに合わせ、フィオグラウスが素早く距離を詰めて剣を弾き、そのまま騎士の肩を台にしてグルンと頭上を美しく回転して跳ぶと、背後に回り込み着地する。
トンと後ろから足払いをし、体制を崩した騎士をふわりと軽く倒して地面に背中をつけさせると、もう一人の騎士へ跳躍し再び切り結んだ。
騎士の攻撃を軽く受け続けるが、フィオグラウスの表情は余裕そうに見える。
残り三人の騎士は黒山羊の獣人を囲んでいるが、ゆるりと剣を片手に下げている彼と距離を詰める事なく、膠着状態のようだ。
「一番強いのは……あの黒山羊の獣人の方、でしょうか?」
悩みながらもルルーシャがそう言うと、ジャルジュが頷いた。
「正解ですぞ! 見る目がありますな! そもそも獣人三人相手に、あんなヒヨッコばかりの班ではいかん。あれらは身分しか取り柄のない若造共でな、鼻っ柱を折るために、騎士団長がわざと負け戦に立たせておられるのよ。それにしても駄目だな」
腹を揺らしながら、わざとらしく大きなため息を吐く。
「鹿は攻撃的で直情的な性格──ケンカっ早くて手加減をしない。それを知らずとも、双剣使いなんて厄介な奴に決まっておる。山羊の男は、恐らくあの中で一番強いのが佇まいでわかる。誰も我先にとは手を出したくない。そうなると、狼に行くしかない。実際に戦い方を見ても、相手に対し一番気遣いがある。……が、あやつらは順番を間違ったせいで、鹿に吹き飛ばされてしまった訳だ」
言われてまた視線を戻せば、メルトは吹き飛ばし倒した騎士の上に馬乗りになり、下で震える騎士の顔の両脇に模擬刀を突き立て、降伏を叫ばせていた。
一瞬の間に何があったのか、山羊の獣人の周りには三人の騎士が呻きながら倒れており、フィオグラウスはまだ最後の一人の攻撃を受け続けている。
「お嬢さん、あの中で一番良い経験を積めたのは、最後に狼と戦っとる騎士だよ。君の婚約者殿は、戦いながら相手の技が良くなるように導いてくれとる。山羊は一番腕が立つ指導者のようだが、弱い相手に合わせる気はない質のようだ。志が高くなければ師事できん。鹿と戦った二人は……騎士を辞めるかもしれんな」
ジャルジュがそう言いながら豪快に笑ったのと同時に、フィオグラウスが弾いた騎士の剣が、キンと小気味良い音を立てて手を離れて地に転がった。
一瞬の沈黙の後、騎士が「ありがとうございました」と深く礼をし、騎士団長が終了の宣言をする。
笑顔で握手をするフィオグラウスと騎士を見て、ルルーシャの胸は大きく高鳴っていた。
(フィオグラウス様、格好良い……)
ドキドキと騒ぐ心臓を抑えるように、ギュッと胸の前で両手を握り締める。
控えているレオドニル国の騎士達の方へ戻っていくフィオグラウスを、無心で目で追っていると、不意に彼の紫の瞳がこちらを向き、ルルーシャの姿を見つけるなり、はにかむようにふわりと優しく細められた。
「──っ!」
どっと大きく心臓が鳴り、一気に顔に熱が集まる。
ひらと小さく手を振られ、顔を真っ赤にしながらルルーシャも同じように小さく手を振り返した。
「はっはっは! これは初々しい!! 何とも可愛らしい恋ですな!!」
「あ、いえ……その……」
ジャルジュに言われ、ルルーシャは恥ずかしさで縮こまり俯いてしまう。
愉快そうな彼の言葉が続く。
「次の試合は鳥人ですか。こりゃ珍しい。まさか地を歩く鳥をこの国で見るとは!」
眼下を見れば、フィオグラウス達と入れ替わりで、別の二人の獣人と共に、翼を羽ばたかせ空を舞うユーリスが中央に進み出る所だった。
(地を歩く……?)
自由に空を飛んでいるユーリスと結びつかないジャルジュの言葉を疑問に思っていると、グルベアの冷ややかな声でピシリとその場の空気が凍りついた。
「──ジャルジュ侯爵、今の発言は宜しくない。撤回を」
怒りを内包した低い声に驚きグルベアを見れば、常に浮かんでいた笑顔は消え失せ、金縁の眼鏡の奥、彼の黒い瞳にはゾッとするほどに色濃く嫌悪が滲んでいた。




