第25話 闇に紛れて
星々はおろか、月すら姿を隠す闇夜。
貴族街の端も通り過ぎ、人通りのない石畳の路地に、紋章も装飾もなく闇に紛れる重厚な黒塗りの馬車が一台停まった。
途端、どこに隠れていたのか外套のフードを目深に被った一人の男が現れ、音も立てずに扉を開けてその中へ滑り込む。
「──ほう……これはこれは。珍しいお客人だ」
挨拶もなく馬車に乗り込み正面に座った男へ向けてわざとらしくそう言ったのは、反獣派の筆頭貴族であるジャルジュ侯爵だ。
柔和な笑みに、細められた金の瞳が光っている。
「珍しいも何も、約束通りでしょうに」
男の冷たい返事を気にすることなく、天気の話でもするかのようにジャルジュは尋ねた。
「それで? 順調ですかな?」
普段よりも数段静かなその声には、これまで貴族社会の最前線に立ち続けてきた貫禄と老獪さが滲んでいる。
だが問われた男は臆することもなく、淡々と答えた。
「そうですね、今の所は。念願が叶うまでは──もう一歩と言ったところでしょうか」
「はっはっは。それは頼もしい。件の日には……祝いの品でも贈りましょうかな?」
大きな腹を揺らしてジャルジュが笑えば、男も僅かに口端を上げた。
「それは良いかもしれませんね。あなたの名があると、こちらも動きやすいですから」
「私の名くらいならば、いくらでも貸して差し上げますぞ。何せ、報酬はエドガー・シャルトレ侯爵殿が座る、誉高き国防省副長官の椅子ですからな」
じっと男を見据え「約束を違えるなよ」と言うように、侯爵が笑みを深めた。
「それでは明日は、予定通りルルーシャ・シャルトレとの接触を──くれぐれも、宜しくお願いしますよ。ジャルジュ侯爵閣下」
男はそれだけ言うと、また音もなく馬車を降りて夜の闇へと消えて行った。




