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第25話:四天王の結束と、巨大レストラン構想


 領主館の厨房は、もはや一つの国家の心臓部のような熱気を帯びていた。

 母国から亡命してきた宮廷料理人たちの白、四天王たちが纏う使い古された前掛けの茶色、そしてリリアーヌ・ド・グランヴェルが揺らすメイド服の黒。それらが複雑に入り混じり、立ち込める湯気と香辛料の香りが、館の廊下まで溢れ出している。

 だが、この熱狂の裏で、リリアーヌはある「限界」を感じていた。


「――お嬢様! 今日も館の門の外まで、お代わりを求める行列が続いておりますわ! これでは、衛兵たちの交代もままなりませんことよ!」


 メイド仲間の悲鳴のような報告に、リリアーヌは大きな鍋の蓋を閉め、深く溜息を吐いた。

 隣国中に広まった「女神の味」を求める声は、既に一個人の館で捌き切れる規模を超えていた。ザックスの米も、バネッサの肉も、ルークのパンも、トトの魚も、そして亡命組の洗練されたソースも。それらを一堂に会して楽しめる場所が、今のこの領地には決定的に足りていないのだ。


「……ふん。わたくしの認めた味を求めて、民衆がこれほどまでに飢えているというのに、道端で立たせて食べさせるなんて……。淑女として、いえ、この街の胃袋を預かる者として、これ以上の不名誉はありませんわ!」


 リリアーヌは、厨房の真ん中に置かれた巨大な作業台を両手で叩いた。

 その衝撃に、忙しなく動いていた四天王と亡命料理人たちが、一斉に動きを止める。


「皆様、聞きなさい! わたくし、決めましたわ。この館の壁に守られた小さな厨房ではなく……この領地の、いえ、世界中の誰もが満腹で笑える『食の聖域』を建設いたしますわよ!」


「聖域……だと?」


 ザックスが、額の汗を拭いながら尋ねた。リリアーヌは、あらかじめ用意していた一枚の巨大な羊皮紙――公爵令嬢時代の領地経営の知識を総動員して描いた設計図を、勢いよく広げた。


「そうですわ! ザックスの炊きたてのご飯が山のように積まれ、その隣でバネッサの肉が火花を散らし、ルークのパンが焼き立ての香りを振りまき、トトの魚が命を躍らせる……。そして亡命組の皆様が、それらすべてを至高のソースでまとめ上げる。……お代わりは無制限。満足のいかない顔で帰る者は一人もいない。そんな、美食の城を作るのですわ!」


 リリアーヌの壮大な構想に、料理人たちは一瞬、絶句した。

 だが、次の瞬間には、地鳴りのような歓声が厨房を揺らした。


「最高だ……! それこそが、俺たちが夢見た終わりのない宴じゃねえか!」

「お嬢様、やってやろうぜ! あたしの肉で、世界中の腹を膨らませてやる!」

「我ら宮廷の技も、その城の石垣の一つとして捧げましょう!」


 料理人たちが結束し、一つの「夢」に向かって拳を突き合わせる。その熱量の中心で、リリアーヌは誇らしげに微笑んでいた。

 しかし、問題は山積みだった。これほど巨大な施設を建設するには、広大な土地と、それ以上に莫大な資金が必要となる。公爵家から隠し持ってきた金貨だけでは、到底足りるものではなかった。


「……ふむ。不合理なまでの大規模建築だな。……国家予算の数パーセントを食い潰す気か、君は」


 冷ややかな、しかし聞き慣れた声が、厨房の入り口から響いた。

 セドリックが、いつものように無表情で、しかしその手には既に分厚い領地の地図と、建設資材の単価表が握られていた。


「あら、セドリック様。……盗み聞きとは、領主としてあまり感心しませんわね。……でも、ちょうどよかったですわ。この『美食の都』の建設、あなたならどう合理的に進めますの?」


「……不合理だと言っている。……だが。……これほどの人流が館の門前に滞留し続け、警備コストが青天井に膨らむ現状を放置するのも、経営上は許容し難い損失だ」


 セドリックは眼鏡の位置を直し、リリアーヌの描いた設計図を、鋭い観察眼でなぞった。


「……よろしい。館の西側に隣接する、かつての王立庭園跡地を、君たちのプロジェクトに無期限で貸与しよう。……あそこなら、私の執務室からも一望でき、不測の事態にも私の直属軍が即座に介入できる。……君を館の外に一歩も出さずに、この不合理な構想を実現するには、そこが最適解だ」


「……まぁ! あんな一等地を!? セドリック様、あなた、やっぱりわたくしのことが心配でたまらないんですのね!」


 リリアーヌがからかうように笑うと、セドリックは一瞬、視線を泳がせた。

 彼はわざとらしく書類をめくり、早口で付け加えた。


「……勘違いするな。……君が街の遠くへ店を出し、私の『毒見』の時間が移動コストによって奪われるのを防ぎたいだけだ。……管理対象が私の目の届かない場所にいるのは、計算上の不確定要素を増やすだけでしかないからな」


(……相変わらずですわね。わたくしを自分の生活圏のすぐ隣に繋ぎ止めておきたいだけなのに、どうしてこうも、難しい言葉を並べるのかしら)


 リリアーヌは、彼の不器用すぎる「独占欲」を、心地よい重みとして受け止めた。

 セドリックは否定しているが、彼はリリアーヌが「お代わり自由」と笑うこの領地の熱を、誰よりも愛し、そして守ろうとしてくれている。そのことが、リリアーヌには痛いほど伝わっていた。


 数日後。

 更地になった広大な建設予定地で、起工式が行われた。

 儀式的な鍬入れの代わりに、リリアーヌが用意したのは、四天王全員が協力して握った、巨大な「起工おにぎり」だった。


「皆様! 今日からわたくしたちの戦いが始まりますわよ! この場所に、世界で一番幸せな香りを充満させるのですわ! ……いいかしら!」


「「「おう!!!」」」


 リリアーヌがそのおにぎりを大きく頬張ると、青空の下で歓声が上がった。

 その隣で、セドリックもまた、慣れない手つきでおにぎりを持ち、「……不規則な形状だが、団結のエネルギー効率としては悪くないな」と呟きながら、一口齧った。


「セドリック様。……毒見、お願いしますわね。……この城が建ったとき、あなたが一番に、お腹いっぱいになってくれないと困りますもの」


「……ああ。……末長く、検証させてもらおう」


 二人の視線が交差する。

 そこには、母国の王子が望んだ「飾り物の主従」などではない、不条理で、合理的で、そして誰よりも強い絆で結ばれたパートナーシップがあった。


 だが、この幸せな建設の槌音が、海を越えて母国の王宮へと届いたとき。

 食生活の崩壊によって、もはや正気を失いかけていたエリオット王子は、最後にして最悪の「善意」を暴走させようとしていた。

「……リリアーヌ。……君が、僕のいないところで、そんなに大きな『お菓子の家』を建てているなんて。……やっぱり、君は僕に、もう一度だけ助けてほしいんだね……?」


 王子の重篤な勘違いが、物語を再び嵐へと引き戻そうとしていた。

 だが、リリアーヌの心は、かつてないほどに満たされ、強くなっていた。

 女神のレストラン――その起工の音は、新しい時代の始まりを告げていた。



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