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宵星の巫女―鬼封神楽―  作者: いろはにぽてと
4章 前編:桜唄編
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85話 二度目の手

水蓮は声を上げて泣き出した。


「わたくし、知っておりました……っ」


「水蓮」


「あの毒が、玖音様に使われることは、知っていたのです」


私は息を呑んだ。


彼女は俯いたまま続ける。


「けれど、死ぬようなものではございませんでした。痺れて、少し眠るだけの……」


言葉に嗚咽が混じる。


「あの鬼を懲らしめたいという方へ、ほんのささやかなものを……」


「水蓮」


時弦が言った。


「それが、炙って濃くされたんだよ」


肩が跳ねた。


「……っ。だから、あれは……わたくしの渡したものとは、まるで違っていたのですね……」


「あの夜の膳に盛られるなど、思ってもみませんでした」


口元を手で覆う。


「あの膳は……一つ間違えば、姫様が口にされたやも……っ」


声が裏返った。


潤んだ瞳が、こちらを向く。


私は、何も言えなかった。


水蓮はそのまま床へ額をつけた。


「わたくしの浅ましさが……」


声が潰れる。


「わたくしの愚かさが、お二人を……」


しばらく、誰も何も言わなかった。


やがて、震える声が落ちた。


「そして、わたくしは……」


水蓮は顔を上げ、玖音へ視線を向ける。


「今も、あなたが怖い」


「……」


「こうして間違いだったと分かっても、震えが止まりません」


その指先は、確かにまだ小刻みに揺れていた。


時弦が何か言おうとして、口を閉じる。


そのまま膝の上で、小さな手を握った。


玖音はしばらく黙っていた。


やがて、短く言う。


「操られていたのではないか」


「……え」


「その毒を求めた相手にだ」


玖音は目を逸らさない。


「昼間、時弦が言っていた。心を捉える鬼がいるとな」


「そんな……わたくしは……」


「分からん」


あっさりと切り捨てる。


「私にも、お前にも分からんことだ」


水蓮は何も言えずにいる。


「だから、勝手に決めるな」


玖音は立ち上がると、その前へ歩み寄った。


「罪を償えるか、水蓮」


「……え」


「私と共に戦え」


差し出された手を、水蓮はじっと見つめていた。


やがて。


震える指先が、そっと触れる。


「……はい」


かすれた声だった。


涙が、また頬を伝った。


けれど今度は、平伏しなかった。


しばらくして、玖音が手を引こうとする。


手が動かない。


「……水蓮」


両手で、しっかりと握りしめられていた。


涙に濡れた瞳が、まっすぐ玖音を捉える。


「悪鬼に操られようとも……っ」


握った指に、力がこもる。


「死んだって……生まれ変わろうと、この手を二度と離しませんわ」


玖音は何も言わなかった。


ただ、その言葉を受け止めていた。


私は、重なった二人の手を見つめる。


一度、離された手だった。


あの日。


誰も玖音の手を取らなかった。


私も、取れなかった。


火に焼かれていたから。


「……水蓮」


玖音が静かに名を呼ぶ。


「ああ」


それだけだった。


堪えていたものが切れたように、水蓮はまた声を上げた。


ふと横を見る。


時弦が袖で目元を押さえている。


「時弦?」


声をかけると、すぐに顔を背けた。


「……埃が入ったのさ」


「家の中ですけど」


「家の中にも埃くらいある」


それきり、こちらを見なかった。


私は、そんな時弦と泣き続ける水蓮を交互に見た。


師弟というより。


どこか、離れ離れになっていた母子のように思えた。


背丈だけを見れば、親は水蓮のほうなのだけれど。


二人がどこで出会ったのか。


私は、まだ知らない。

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