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宵星の巫女―鬼封神楽―  作者: いろはにぽてと
4章 前編:桜唄編
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83話 白銀に刻まれた証

「玖音は、人です」


私は、まず言った。


「少なくとも、私が見る限りは」


「見る限り、などと」


「山科の館に現れてから、ずっと私の傍に仕えていたのですから」


水蓮の眉が寄る。それから、勢いよく玖音を指した。


「では、前に被っていたあの奇妙なお面は!」


「あれは」


私は答える。


「里の人が怖がらないようにと、私がお願いして作っていただいたものです」


「……その頭巾の、耳はなんですの!?」


玖音が、頭巾に手をかけた。そのまま、するりと外す。


耳は、なかった。


垂れた布が二つ、そう見えていただけだった。現れた頭は、私と同じような形に髪が結われている。


「……」


水蓮の指が、行き場を失って下りていく。


「では」


それでも、まだ食い下がった。


「一度も、この方はなぜ話さなかったのですか! 人であれば喋るはずでしょう!」


「それは、父上が山科の里で話すのを禁じたからです」


「なぜ!?」


私は、少しだけ迷った。けれど、隠しても仕方がない。


「……実は玖音は、突然現れた子供で。誰の子か、分からないのです」


水蓮の目が、僅かに開く。


「父上も、懸念はしておりました」


「やはり!」


水蓮が身を乗り出した。


「やはりそうではありませんか! どこの誰とも知れぬ子が、突然現れるなど――」


「あの者に、置いていかれたのです」


玖音が、静かに言った。水蓮の言葉が、途切れる。


「置いて……?」


「晴明に」


私は、思わず玖音を見た。


「それは、私も初めて聞いたのですが……」


「口止めされておりました」


玖音は、いつもの声で言う。


「ですが、師匠が姫の御前に姿を現した以上、話してもよいかと」


「師匠とは晴明……」


「はい。私は物心ついた頃には、あの者から陰と陽を操る術を教わっておりました」


灯りが、また揺れた。時弦が、湯呑みを持つ手を止めている。


「……今なら、分かるやもしれません」


玖音は、私の手の甲を見た。


「姫の甲に宿る竜珠。その疾駆により、連れていかれたのではないかと」


「この力で、かつての晴明が……?」


「はい」


自分の手を見下ろす。五色の光が、囲炉裏の灯りを受けて鈍く輝いていた。


私には覚えがない。当然だろう。かつての持ち主がしたことだ。


水蓮が、黙り込んでいた。先ほどまでの勢いが、消えている。


それでも。


「それにっ」


もう一度、声を張った。


「わたくし、見ましたわ! 木々を使って、宙を跳ね回るのを!」


「あれは……」


私は思わず玖音を見た。


「本当におかしいですよね」


「……姫様!?」


「どうして、あんなことができるのですか」


「それは、私も知りたいね」


時弦まで身を乗り出した。三人分の視線が、玖音へ集まる。


玖音は、少しだけ考えた。


「腹をすかせれば、その分軽くなります」


炭が、ぱちりと鳴った。誰も、何も言わなかった。冗談を言っているようには見えなかった。それが、いっそう気まずい。


「……それに」


玖音が続ける。


「私は鍛えていますので」


そう言って、裾をまくった。脚が現れる。


水蓮が、恐る恐る手を伸ばした。指で押す。


「……固いですわ」


私も触ってみた。


固い。


時弦も触った。


「固いね」


それだけだった。


水蓮が、はっと顔を上げる。


「鬼の肌も固いのよ!」


勝ち誇ったように、こちらを見る。


「ほら、ごらんなさい! やっぱり証明できないではありませんか!」


「証ならあります」


私は静かに言い、玖音を見る。


水蓮が振り返る。


玖音は、腰の刀へ手をかけていた。


「この刀は、伏見の名工宗近様より賜った白金の刃だ」


鍔を、僅かに押し上げる。かちり、と小さな音がした。


それだけで。部屋の空気が、変わった。肌が粟立つ。灯りの炎が、風もないのに大きく傾いだ。


水蓮の顔から、色が引いていく。


「……なんですの、これ」


「この刀は、意思を持つ」


玖音は、刀を鞘ごと畳へ置いた。


「お前には持てないはずだ。水蓮」


水蓮は、動かなかった。しばらく、刀を見つめている。それから、震える手を伸ばした。


指が、刃に近づく。その瞬間、弾かれた。


「きゃっ」


水蓮の身体が、後ろへ倒れる。袖を押さえ、荒く息をついていた。


「……そんな」


「私が持ちます」


私は手を伸ばした。柄を握る。何ということはなかった。いつも通り、ただの刀の重みがある。


私は水蓮を見た。水蓮は、何も言わない。


そこへ。


「私も、試させてもらおうかね」


時弦が、膝で進み出た。


「時弦?」


「気になることがあってね」


私は刀を置く。時弦が手を伸ばした。指が触れる前に、弾かれた。


小さな身体が、後ろへ傾ぐ。


「時弦様!」


水蓮が声を上げた。けれど時弦は、もう一度手を伸ばしていた。


「……時弦」


伸ばすほどに、青い霊子が弾ける。ばちばちと音を立て、霊気の波紋が畳の上を走った。


時弦の手の甲で、血管が浮き上がる。皮膚が、めくれ上がっていく。血が滲んだ。


「おやめなさい!」


私が叫んだ、その瞬間。時弦の指先が、高く音を立てて弾けた。


パキ、と。肉が溶ける音がした。親指の隣の指。その先端が、煙を立てて焼き切れていた。


刃から時弦の手が離れると、絡みついていた髪が指の形に戻る。焼け焦げた髪がちぎれ、灰になって落ちた。


「時弦様っ!」


水蓮が飛びついた。時弦の手を掴み、袖で押さえる。


「なんてことを、なんてことを……!」


「うるさいね。私たちは鬼だろう」


時弦は、痛がる素振りも見せなかった。焼けた指先を、じっと見ている。


刃から離れた途端、髪が指先へ動き、欠けた指の形へ繋がった。


治った。


だとしても、痛みは感じないのだろうか。


やがて、こちらへ向き直った。


「ふむ。なるほど」


そして、言った。


「これで証されたな」

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