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宵星の巫女―鬼封神楽―  作者: いろはにぽてと
3章・神威・白金の刃
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61話 月衝

全身から力が抜けていく。


五色の光を失った身体が、高度を下げ始めた。


浮揚の力を使い果たしたのだ。


足元には、雷に抉られた大地が広がっている。


命を落とす高さではない。だが、無事では済まない。


受け身を取ろうとした時、金色の髪が嵐を裂いて伸びてきた。


幾重にも身体へ巻きつき、落下を止める。


「時弦……!」


「無理をされますね」


時弦は私を髪で支えたまま、玖音との間にも金色の髪を渡していた。


空が白く弾ける。


時弦の頭上へ、雷が落ちた。


だが、天へ伸びた髪がそれを受け止め、大地へ流す。


白光が地面へ突き刺さり、土を黒く焼いた。


時弦は私を下ろしながら、馬の鬼を見据えた。


「姫様。先ほど玖音殿にも伝えましたが、あの鬼は片方だけを倒してはなりません」


「それは以前も聞きました。ですが、なぜなのですか」


「騎手は馬を操ると同時に、その力を抑える枷でもあります。片方だけを失えば、残された方はさらに凶暴になる」


額の宝珠が淡く輝く。


「討つのであれば、馬と騎手を同時に斬らなければなりません」


なぜ時弦がそれを知っているのか。


問いかけるより早く、遠くで白銀の光が走った。


玖音が満月を抜いている。


雷を纏った馬の巨体が、視界から消えた。


次の瞬間には、玖音の目前に迫っていた。


あまりにも速い。


あれを馬上の騎手ごと斬るなど、不可能に思えた。


「まずは騎手を引き剥がします」


時弦の宝珠が強く輝く。


馬の周囲が歪み、振り下ろされるはずだった蹄が泥へ沈んだ。


ほんの一瞬。


それで十分だった。


ルカが雷の中へ飛び込む。


激突する寸前、玖音がその背を蹴った。


跳躍した身体が馬を越え、満月の白銀が弧を描く。


甲冑ごと、騎手の腕が地へ落ちた。


馬が咆哮し、雷が四方へ弾ける。


だが、玖音はその全てを刀の一振りで斬り払った。


まるで、そこへ来ることが見えていたかのように。


玖音は馬の背へ飛び乗ると、たてがみを掴む騎手の腕を斬り落とした。


それでもしがみつこうとする黒い鎧の胴へ、足を叩き込む。


両腕を失った騎手が、地上へ落ちた。


切断面から黒い腕が生え始める。


しかし、満月の方が速い。


白銀の軌跡が走り、再生した腕が再び落ちた。


立とうとすれば脚を薙ぎ、生えた腕を斬り飛ばす。


玖音は騎手を一歩も動かさない。


「ウガァァッ!」


顔などないはずの鎧から、絶叫が響いた。


玖音は無言のまま、再生する四肢を斬り続ける。


その背後で、馬が地を蹴った。


再び走り出せば、もう捕らえられない。


「時弦、合わせてください!」


「承知しました」


私は神威神楽を舞った。


馬の荒れ狂う魂へ、意識を重ねる。


苦しい。


憎い。


痛い。


馬が慕っているのは、あの騎手の鎧ではない。


本当の主を失い、偽物に縛られた怒りが流れ込んでくる。


「もう、走らなくていい」


馬の身体を巡っていた雷が弱まる。


その脚へ、時弦の髪が絡みついた。


幾重もの髪が大地へ根を張り、巨体を縫い止める。


雷に焼かれるたび、それ以上の速さで新たな髪が伸びていく。


私が舞うほど、雷は弱まった。


蹄の動きが鈍り、やがて馬は片膝をつく。


「今です!」


時弦の髪が騎手にも伸びた。


再生を繰り返す黒い身体を持ち上げ、馬の首元へ引き寄せる。


馬と騎手。


二体の鬼が、同じ場所へ縛りつけられた。


金色の髪が軋み、一本ずつ引き千切られていく。


長くは持たない。


だが今、二体は一つの刃の軌道上にいる。


「さぁ、玖音殿」


時弦が叫ぶ。


「頼みます」


玖音が満月を鞘へ納め、柄に手を添えた。


「陽世の術」


白銀の刃から光が漏れ出す。


馬が咆哮し、騎手が腕を伸ばす。


玖音の視線は揺れない。


桜霞(おうか)――」


空気が張り詰めた。


次の一撃で、すべてが終わる。


そう思った。


だがその時、人が四つ足で走るような音が聞こえた。


振り返るが、何もいない。


足音だけが、時弦の髪に沿って駆け抜けていく。


音の消えた先。


金色の髪の下に落ちる影だけが、細長くうねった。


馬の足元で、影が音もなく膨らむ。


「一閃」


玖音が消えた。


桜色の閃光が、二体の鬼へ走る。


その軌道へ、黒い影が立ち上がった。


「始式――月詠(つくよみ)


笠を目深に被った黒衣の男が、二本の刃を振るう。


十字の斬撃が、桜色の閃光と衝突した。


轟音。


大地が裂け、桜色と黒の光が嵐を押し退ける。


満月の刃が、二本の刀に止められていた。


玖音の目が大きく見開かれる。


その眼前で、狼の鬼の口が人ならざる形に裂けた。


「……馬鹿な」


すぐ傍で、時弦の悔しげな声が漏れた。

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