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宵星の巫女―鬼封神楽―  作者: いろはにぽてと
3章・神威・白金の刃
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60話 誰よりも

私は再び馬の鼓動へ意識を重ね、逆の舞を続けた。


雷が生まれるたび、その行き先を騎手へ変える。


白い光に焼かれた騎手は黒い靄へ崩れるが、すぐに馬の背で形を取り戻した。


倒せてはいない。


それでも、再生している間は馬の動きを止められる。


その隙に、玖音とルカが距離を詰めていく。


このまま押さえ続ければ、玖音は馬へ辿り着ける。


そう思った瞬間、馬の奥底で黒い何かが脈打った。


流れ込んでいた憎悪が膨れ上がり、神威神楽を内側から押し返してくる。


重い。


舞う身体が、見えない手に引き戻される。


狐の憎悪が強まっている。


遠くから馬を操る狐が、私の存在に気づいたのだ。


『姫を殺せ』


言葉ではない。


濁った殺意が、馬を通して流れ込んでくる。


気づけば、神楽刀の切っ先が自らの胸へ向いていた。


私は空いた手で自らの手首を掴み、その動きを止める。


玖音を追っていた馬の視線が、ゆっくりとこちらへ向いた。


背の騎手も首を巡らせ、屋根の上で舞う私を見る。


「狙いを……変えた」


黒雲が鳴った。


雲の中に生まれた幾筋もの雷が、次々と同じ場所へ重なっていく。


一本の雷ではない。


何本もの落雷を、無理やり一つに束ねた光の塊だった。


満月ですら、受け切れるか分からない。


雷の塊が、私目掛けて迫る。


私はとっさに屋根を蹴り、浮揚の力で身を投げ出す。


落ちてきたのは、ただの雷ではなかった。


白く灼けた巨大な塊が地へ突き刺さり、家を呑み込みながら周囲の大地を抉り取った。


光が消えた後には、元の地形さえ分からないほど巨大な窪地が残されていた。


だが、砕かれたのは大地だけではなかった。


地形が乱れたことで、巨椋池を覆う風の流れが崩れていく。


伏見との間に立ちはだかっていた砂嵐が形を失い、雨に叩かれながら地へ落ちていった。


崩れた砂の壁の向こうに、玖音の姿が見えた。


ルカの背に乗り、雷を避けながら馬を追っている。


その近くには、先に向かった時弦もいた。


満月が私のもとにあることは、すでに聞き及んでいるはずだ。


ならば、このまま渡す。


私は浮揚で宙へ上がり、抉られた大地の上を越えていく。


馬の鬼が嘶いた。


再び生まれた雷が、真っすぐ私へ伸びてくる。


私は満月から手を離した。


白銀の刃を浮揚させ、身体の前へ掲げる。


雷が満月へ引き寄せられ、刃の上で弾けた。


放電が全身を打ち、視界が白く焼ける。


それでも、宙に浮かぶ刃を盾に前へ進んだ。


二度目の雷が満月を打つ。


衝撃で身体を押し戻されながらも、浮揚の力で刀を支え続ける。


この刃を、玖音へ届ける。


それだけを考えた。


やがて、互いの表情が見える距離まで近づく。


言葉はいらなかった。


私は玖音を、誰よりも信じている。


一言だけ叫んだ。


「玖音!」


玖音が振り向いた。


赤い瞳と目が合う。


彼女は一度だけ頷いた。


それですべて伝わった。


私は満月を手元へ戻し、鞘へ納めた。


そして、今使える浮揚の力をすべて刀へ移す。


朱の光が鞘へ流れ込み、身体を支えていた力が消えた。


落下しながら、満月を玖音へ放る。


白銀の刀が、嵐の残滓を一直線に貫いた。


玖音がルカの背から手を伸ばす。


満月は吸い込まれるように、その手へ収まった。


そして、抜刀。


その瞬間、場の空気が変わった。


白銀の刃から放たれた、これまでにない圧が辺りを制する。


雷鳴さえ、一瞬だけ息を潜めたように思えた。


まるで、長く離れていた刃が、本来あるべき主のもとへ戻ったかのように。


玖音の黒髪が風になびく。


赤い瞳が、馬の鬼を捉えた。


その手の満月は、私が握っていたときとはまるで違って見えた。


静かでありながら、何ものにも折られぬ光を放っている。


ああ。


やはり、この刀を最も正しく振るえるのは、玖音なのだ。

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