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46話 朱の珠

『魔女に会え』


お師匠様は言った。


『だが、その前に浮揚(ふよう)を発現させろ。

 陰世へ至るには、それが要る』


浮揚……?


魔女の力ではない。


宝珠の力だ。


そこへ辿り着くために、私自身が得なければならない力。


ここから空へ渡る道があるというのだろうか。


「では、その魔女は……陰世に?」


『いる。だが、会えたところで力を貸すとは限らん』


お師匠様は淡々と答えた。


『奪うか。認めさせるか。縋るか。好きにしろ』


「好きにって……」


『正解など無い』


声が低くなる。


『お前の意思を、世界に通せ』


息が止まった。


『姫であること。祈れば届くと思うこと。

 誰かが守ってくれると信じること』


一つ一つ、逃げ道を潰すような声だった。


『それらすべてが、お前を鈍らせている』


反論できなかった。


『行け』


お師匠様は言った。


『ここで折れたままなら、それまでだ』


玖音が、私の肩を抱く手に力を込めた。


ジゲンも黙ったまま、私の袖を掴んでいる。


「……きっと、大丈夫です」


本当は、大丈夫ではなかった。


怖い。


痛い。


逃げたい。


それでも、戻らなければならない。


私は伏見へ帰る。


あの町へ。


まだ生きている人たちのもとへ。


玖音が、深く私を見つめた。


そして、小さく頷いた。


その時だった。


お師匠様が片手を払った。


ふい、と。


ただ、それだけで足元が消えた。


ルカの背も。


崖の縁も。


朝の空も。


すべてが一瞬で傾いた。


「姫様!」


玖音の腕が、私を抱き寄せる。


ジゲンが息を呑んだ。


背後には、ルカと、白い垂布を揺らすお師匠様だけが残っている。


『この力は、間もなく俺から制御を離れる』


お師匠様の声が聞こえた。


『じきに、お前の意思に従う』


腕が掲げられる。


次の瞬間。


私たちは、谷底へ落ちるのではなく――


遥かな空へ、打ち上げられていた。


息が奪われる。


音が消える。


風が全身を叩きつける。


ルカの体が小さくなっていく。


白い垂布も遠ざかる。


そう思った瞬間。


二人の姿は、忽然と消えた。


「セイメイ!」


ジゲンが叫んだ。


けれど、その声は風に裂かれて消えた。


崖も。


谷も。


赤い月の残滓さえ。


すべてが眼下へ沈んでいく。


私は、手の甲の珠を握り締めた。


落ちるわけにはいかない。


泣くわけにはいかない。


祈るだけでは、もう届かない。


だから。


通す。


私の意思を。


五つの珠が、手の甲で熱を帯びた。


次の瞬間。


朱の珠が瞬いた。


浮いたのではない。


空そのものに、引き寄せられた。


私たちは、落ちるでも、飛ぶでもなく。


空の彼方へ吸い込まれるように、引き上げられていった。

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