045_奇術師_②
PCの画面に収まるように彼女が座る。
相変わらずだな。うっすらとした笑み。貴族特有のアルカイックスマイルとは違う。相手を不快にさせるかさせないか、ギリギリのところを綱渡りしているような、嘲るような笑みだ。
『フフ。可愛いお嬢さんだ。はじめまして、私はエマニュエル。どうぞ――』
「エマニュエルか。なるほど、今回はそれでいくんだな? 了解したぞ、フラウディア」
同様にフォラゼル語で応えてやったら、ほんの一瞬だけ表情が固まった。
はは。さすがにフォラゼル語で返された上に、一部の者にしか教えていない名前まで出されたら驚きもするか。こっちじゃ知ってる奴なんていやしないからな。
「マニング女史、こいつ、そっちじゃなんて名乗ってました? 言葉は通じなくとも、ジェスチャーも用いれば互いの名前くらい交換はできただろう? 一応、名乗られはしたんだが、正しく名乗ってるのかを確認したい」
『え、えぇ。エマニュエルと……』
フラウディアの後ろに立つマニング女史が答えた。
ほうほう。自衛でやっているのか、いつものクセか。まぁ、名前なんぞさした問題でもないか。俺も、向こうでつけられた名前なんぞ捨てちまったからな。もう覚えてねぇや。ずっと前世の“九郎”で通してたからな。
「端的に云うぞ。そいつ、俺の知り合いだ。ちょっと警戒心を解いてまともにそちらと接するように説得するから、質問等の通訳はちっとばかり待ってくれ」
云うだけ云って、視線をフラウディアに戻す。
「さてと。ようこそ、俺の故郷へ。っつっても、俺が誰だかわからんだろ」
『誰? なぜ私のその名を知っている?』
「はは。素がでてるぞ。まぁ、ここで俺が誰か名乗ってもいいんだが、それじゃお前は納得せんだろ。だから、お前さん自身に俺が誰か思い出してもらうとするよ」
そうして俺は数字を順に口にしていく。
それはトランプカード。俺が彼女に教えたものだ。
いや、暇つぶしに作ったんだよ。向こうじゃそんなもん作れるだけの技術はなかったからな。……いや、できなくはないんだが、カード一枚一枚の個性がでるような出来になっちまうから、イカサマというか、カードを伏せていてもそれが何かわかっちまう出来にしかならなかったんだ。だが【位相】はそんなこともなく規格化したみたいに造ることができるからな。
このカードが元でなんのかんのあって、紙とミスリルで作ったカードをそれぞれ一式をこいつに譲り、ついでに通り名つける羽目になった。それも由来はフォラゼル語ではなく、英語でだ。どういうわけか、英語なんていう未知言語にやたらと喰いついた。
フェイントや幻術を駆使した戦い方から、手品師とか奇術師と呼ばれていたコイツに相応しい名前。
いくつか適当に単語を上げた結果、選んだのが“詐欺”。それを捩ってフラウディア。対外的にはフラウドを名乗り、気心の知れた一部にだけフラウディアと呼ばせていた。
こいつの戦い方からすれば云い得て妙なのかもしれないが、よりにもよって詐欺なんて単語を選ぶとはねぇ。響きがいいとご満悦な顔をしていたっけな。
そして俺が何者か気付いたフラウディアは、大きく目を見開いている。
『本当にクロウなのか? え、その姿……』
「おうよ。色々あって、こんな形になっちまった。さてと、あまり時間も掛けられん。確認するぞ。“転移罠”を踏んでこっちに来たんだよな?」
『あぁ。興味本位で踏んだ。レベル上げもままならなくなって来たからな。【脱出】のスクロールを運よく手に入れられたから、踏んでも大丈夫だろうと踏んだ。その結果がこれ。スクロールは起動しなかった』
「そりゃ世界が違うからな。さすがに世界を渡るのは無理だろ。とりあえず、あっちに戻るのは不可能と思え。同じことをすれば、可能性はなくもないが、多分、まず死ぬ。普通は同ダンジョン。低確率で別ダンジョン。あり得ない確率で異世界ダンジョンだからな。帰還は諦めろ」
『だろうね。転移後後悔したよ。安全に動ける階層にまで戻るのに苦労した。……ボス部屋を迂回する道が存在するなんて成果もあったけど。……クロウは知ってたんだろ』
「そりゃ何度も踏んで深層に放り込まれてたからな。転移魔法陣でもないかと散々探して回ってりゃ見つけもするさ。もっとも、どれも一通だったけどな。
話を戻すぞ。帰還は諦めろ。ま、あっちよりこっちのが格段に生活しやすいし、娯楽もたんまりだ。こっちで骨を埋めろ。向こうに未練何ぞないだろ?」
そういって、こっちの世界の現状を伝える。ダンジョンが生成されて25年。まさに黎明期。しかも最高レベルが200に到達していない世界。
そう言ってやれば、高レベル冒険者がどれだけ重要視されるかわかるってものだ。窮屈な思いは多少はするかもしれないが、武力で抑え込める存在でもないんだから、人間社会におけるごく当たり前の常識と良識をもって生活していればなにも問題は無かろう。
『面倒臭い。囲われろって?』
渋面を浮かべてフラウディアが呻くような声を出した。
「不自由だがなに不自由ない生活はおくれるぞ」
『くそ、矛盾した云い回しをしやがって。なまじ云いたいことがわかるだけに腹立たしい』
「ギルドを相手にするよりマシだろ。なに、はやめに引退して後進指導でもしてりゃいいんだよ。で、たまーにちょっと深い所に潜って、魔獣を1、2匹仕留めて持って帰るだけで、一生安泰に暮らせるぞ。現状の状況なら。その方がいいだろ。娯楽だってあっちと比べ物にならないくらいあるしな。まぁ、国から依頼があるかもしれないが、その時は過剰なほどのバックアップを要求しとけ。その上で命大事に仕事をすりゃいいよ」
『……そうするか。少なくとも食べ物は向こうよりもずっと上等だしね』
「あとはコミュニケーション……言葉だけだな。お前の事だ、ある程度はもう理解できてはいるんだろ?」
『まだ無理だ。作りはフォラゼル語とほぼ一緒だと認識している程度だな』
「言葉……単語の知識が圧倒的に不足しているってとこか? ま、その辺りはそこのマニング女史がどうにかしてくれるだろ。とりあえず、お前さんのレベルを云っとく。そうすりゃビビり散らかして、いろいろと遇してくれるよ。
あぁ、俺は通訳として呼ばれたんだ。だからまぁ、いろいろと質問攻めになると思うが、普通に答えてくれ。問題と思われる質問は俺が切るから。
それと、名前は現状名乗ってるヤツ、エマニュエルで進めるからな」
『……助かる』
「いいか。どうでもいいことでおせっかいにならない程度に親切にすることが、細く長く信頼を繋ぎとめとくコツだ。そうしておけば、ちょっとしたことであれば助けを求められる」
『……最悪だ』
そういってフラウディアは顔を覆った。だが口元には笑みが浮かんでいた。
よし。それじゃマニング女史に話すか。なんか不安そうな顔をしているしな。
「マニング女史。話はついたぞ。そいつはレベルは8000超えの冒険者だ。【奇術師】なんていうふたつ名持ちだ。
一応説得したから、そっちの質問には応えてくれるそうだぞ。まぁ、内容によっては拒否するかもしれないがな。それと向こうからこっちに来た事情については、DEAの本部……WDEAの方に問い合わせしてくれ。そっちにJDEAから情報が上がっている。ほぼ確定で死ぬことになるから実行はお薦めしない。
あぁ、それと、そいつに英語の教師をつけてくれ。こいつなら半月と掛からずにカタコト程度に会話できるようになるはずだ」
『ま、待って待って。多い。情報量が多いわよ!』
「どうせ録音してんだろ? だったらいいじゃねぇか。これだけ覚えておけばいい。名前はエマニュエル、通称エマ。レベル8000超えの冒険者。こっちの常識で説明するなら、スカウトとかレンジャー系になるか? そんな感じだ。普通に接していれば問題ない。常識と良識を逸するなと説得してある。だが犯罪者じみた扱いをしたら逃げるだろうし、そうなったらあんたらじゃ絶対捕まえられんぞ。そもそも見つけることが不可能になると思え。以上だ。理解したか?」
『そんな私的な会話まで録音していないわよ!』
「お、礼儀を弁えているんじゃないか。ならなんで初手がアレだったんだよ」
マニング女史は声ならぬ声を発しながら頭を掻きむしるように仰け反った。
「自業自得だシャロン。この阿呆」
『ジョー、酷い!」』
「立場ある人とは思えねぇな。勝野さん、ちなみにこの人、探索者としてはどんな感じなんです?」
「後先考えない放火魔です」
「あー。自身のもたらす被害に考えが及ばない能力魔術師ですか。火使いは当たりなんですけど、真価を発揮するのは基本的に殲滅戦とかですからねぇ。扱いにくいせいで、あっちじゃ完全に戦争でしか使われませんでしたし。ごく一部の魔法制御に長けた火使いだけが評価されてましたよ」
魔物を狩る分には損得的な被害は無いんだけどな。だがまぁ、魔物は行動パターンがゲームみたいみ画一的だからな。慣れりゃ対処しやすいんだ。結果、火使いの価値は下がるというね。
「あー。やっぱりそんな扱いですか。こっちもやらかされてからは、焚火の火付け役しかやらせませんでしたよ。一応、弓の扱いには長けていましたから、役には立ちましたけどね」
「焚火、爆発四散したりしませんでした?」
「しましたねぇ……」
勝野さんは、それはそれは深いため息をついた。
あー。うん。目に見えるようだよ。四散した燃える木っ端を、慌てて消して回る様を。
なんだかマニング女史は今にも泣き出しそうだ。
「それじゃマニング女史、とっとと仕事を終わらせよう。丁度こっちは昼飯時なんだ。さっさと済ませて飯を喰いたい」
時差的に向こうはもう食事を済ませているだろうから問題ないだろうが、俺はそうもいかない。まぁ、抜いたところで問題無いが、のっぴきならない事情でもないのに抜くのは嫌だ。
こうしてやっと通訳の仕事が始まった。
30分後。通訳終了。思ったよりも早く終わった。
質問の内容は通り一遍な感じだったな。氏名年齢ときて、あとは冒険者としての実績的な話だ。
そういえば、フラウディアの年齢を聞いて驚いていたな。オーマと地球での一年の長さの違いを聞かれたよ。
そういや、オーマも地球も公転周期はほぼ一緒だな。これは偶然なのか? まぁ、その辺りのことが分かったところで、好奇心を満たすだけでしかないな、俺にとっちゃ。
ちなみに、フラウディアの年齢は98だ。こいつは純然たる人間じゃないからな。確かニンフとのハーフだ。ニンフっていうのは妖精の一種だ。サイズがほぼ人間と一緒の妖精だ。
20~30センチくらいがピクシー。50~60センチくらいがフェアリー。1m前後がスプライト。130~150センチくらいがニンフだ。
フラウディアはニンフと人間のハーフのせいか、背丈は170近くあるが。
「マニング女史、大丈夫か? 随分とお疲れみたいだが」
『え、えぇ。大丈夫。大丈夫よ』
マニング女史は見るからに疲れ切っている様子だ。まぁ、レベル4桁――壁である5000突破したもヤツはどいつもこいつも頭がおかしいからな。
そこから“常識”の定義が変わるといってもいい。
「エマ、ひとり暮らしをするなんて云わない方が良かったんじゃないか?」
『監視はともかく、管理された生活なんて願い下げ』
「生活費調達の為に出すって云った代物が代物だろ。本物のサラマンダーなんかが出されるとは思ってもねぇよ」
『なに本物のサラマンダーって。サラマンダーはサラマンダーだろ? 偽物のサラマンダーでもいるのか?』
「偽物っていうかな。サラマンダーっていったら火蜥蜴のことだが、こっちじゃ伝説の生き物だったんだよ。ダンジョンが出来る前までは。だが燃えちゃいないが、その想像上のサラマンダーそっくりの生物がいてな、それをサラマンダーって呼んでるんだよ」
『あー、そういうこと。紛らわしい』
「丸ごと持ってんのか?」
『捨てるところがないしな。持って帰れば確実に売れる』
「たぶんこっちじゃ、オーマの相場の100倍くらいで売れるぞ。今のうちに売っちまえ。オークションに出すのが良いな。多分、100倍どころか、4、500倍くらいになるぞ」
『どうなってんの、こっちの世界』
「云ったろ。ダンジョンが出来てまだ25年なんだよ。魔法使いどころか、呪文使いさえも存在していないんだ。純然たる武力だけでできることなんざたかが知れてる」
『能力魔術師は?』
「いきなり能力に目覚めても、使いこなせるわけないだろ。そこのマニング女史は火使いだが、焚火に火を点けることすらできないんだぞ。焚火を爆発させて」
『……うわぁ。って、え? それじゃ私の価値って……』
「うまい具合に交渉して、できるだけ自由を勝ち取れ。健闘を祈る」
『嘘だろ!? 面倒事どころか厄介事レベルじゃないか!』
フラウディアが髪を掻きむしるようにして仰け反った。
いやぁ。こいつには散々揶揄われたからな。やり返してもいいだろ。
「あの、神令さん、彼女はどうしたんです?」
「いや、これからAUDEAでどんな扱いをされるかを思い知らせただけです。私と違って家格に守られるわけでもありませんしね。あーでも、彼女のことが周知されたら、いろんなところからスカウトが来るでしょうね。アメリカ、ロシア、あと中国は確定かな? イギリスとフランスはどうだろう?」
「あー……AUDEAも大変だな……」
「その気になれば、アイツは簡単に逃げ出すでしょうしね。なにしろ妖精の血を引いた幻術使いですから。本気で逃げることを選択されたら、捕まえておくことは不可能です。やー、AUDEA、どこまでご機嫌取りできますかねぇ」
「……本当、大変だな。シャロンのヤツ、分かってんのかね?」
「自身の状況に嘆いているようじゃ、心配しかありませんね」
そう云って勝野さんと顔を見合わせると、互いに苦笑した。




