044_奇術師_①
「13」
数字を云う。
画面に映る人物の様子に変化はない。興味なさ気な顏。退屈そうにも見える。少なくとも苛立ちを見せていないだけマシだ。
「4」
次の数字。
画面の向こうは変わりない。さて、次で少しは変化がでるかな?
「52」
目を細めた。僅かながらに姿勢を正す。
数字だけを並べれば“13×4=52”というだけだ。
「+2」
視線が探るようなものに変わった。
俺の云っている数字は簡単なものだ。13枚、4種、52枚ブラス2枚。
こっちの世界じゃ大抵の者が知っている代物だ。だが、向こうの世界ではこれを知っている者はふたりだけ。俺と、画面に映っているこいつだけ。他のそれを見た連中は、ただの絵札としか思っていない。
まったく、ライラさんにも困ったもんだよ。外見をこんな有様にされたせいで、旧知の連中との対面がまともにできん。
それを考えると、シャティはよく分かったよな。いったいアイツは俺の何を見ているんだろう?
「道化師」
次の言葉。
わずかに身を乗り出した。
特にこいつは用心深いんだ。【暗殺者】とは別ベクトルの用心深さだから、厄介なこと極まりない。
「刀剣」
『嘘だろ……?』
お、どうやら気がついたみたいだな。
「宝石」
『クロウ……?』
呆然とした表情を浮かべる。
らしくないな。いつも飄々としてたクセに。いやまぁ、俺がこんな有様になっちまったからな。驚きもするか。
「いよぅ。久しぶりだな。色々あってこんなナリになっちまった。つーかお前、なんでこっちに来てんだよ。罠に何ぞ掛からんだろうに。なにがあった?」
俺はニヤニヤとした笑みを浮かべながら、画面に映る男装の麗人、【奇術師】に云ってやった。
いずれ頂点入りすると目された、確か、レベル8000超えのペテン師に。
★ ☆ ★
時刻は2時間ほど遡る。
4月の10日。午前10時を過ぎたところ。
俺たちはJDEA本部へとやってきた。
このくらいの時間であれば、ラッシュ時直後に電車に乗って来たと思われるだろう。
うん。面倒だから転移を使った。
都内だからといって、どこにでも人目があると云うわけじゃない。ビルの合間の狭い路地……じゃないな。裏口に続くような狭い通路なんて場所はいくらでもある。
そういった所に転移して、しれっと大通りに出ればいいだけだ。
もはや慣れた手順で探索者支援課のある5階へと向かう――筈が、待ち構えていたJDEAのトップである本部長氏に捕まり、暫しの歓談となった。
いや、歓談と云うか、これでもかと詫びを入れられたのだが。
うん。原因はこのところのJDEAの不祥事だな。そして被害者は俺たちだ。
小宮間が画策して、山常がそれに乗っかってのやらかし。その後の逆恨みによる襲撃と、普通に一大不祥事だ。まぁ、襲った相手が天使様たるサラだから、しっかり返り討ちにあって心に傷を拵える羽目になったわけだが。
そしてもうひとつが上野ダンジョン管理事務所所長の武内のやらかし。これはもうネット配信しちゃったもんだから、内々に処理することもできずに大変面倒臭いことになったようだ。
ちなみに、武内は本部長直々に聴取して、現在は警備部探索課に異動となったそうだ。
本来なら免職ものなのだが、ホラ、俺たちが“きっと武内所長なら、なんとかしてくれる”なんてことを云っちまったもんだから、それを実現させるために、現在は普通のゾンビがそれなりに出るダンジョンで、ゾンビ狩りをさせる予定とのこと。……本当に、上野ダンジョンの魔物溢れの際に、前線に方混むつもりのようだ。
うん。現状のまま放り込むとすぐに死んじゃうから、実戦での戦闘訓練を兼ねて不人気なゾンビ狩りさせるんだと。
そんなこんなで2時間近く話をして、俺はやっと目的の為に勝野課長のところにまで来たところだ。
ちなみに、同行していたサラは、魔導書の通訳関連の話の為に、早田さんのところへと張戸さんに案内されていった。……早田さんって、確か開発関連じゃなかったか? ……俺たちと関わって問題なかったからって、専任にされたか? これだけやらかしてたら、JDEAとしても変なのを会わせるわけにはいかないと思うだろうしな。
鑑定盤の追加ができないかとも依頼が来ていたが、そっちはどう頑張ってもあと10個くらいで打ち止めだ。俺が向こうで拾った標準レベルの鑑定珠はそれくらいしかないからな。それ以下の代物はゴミだから処分しちまったし、それ以上の【解析】ルーペは一個しかない。絶対売らない。
まぁ、自宅にはダンジョンコアが据えてあるわけだから、創ろうと思えば創れるが、それはするべきじゃないだろう。
そしてもうひとり一緒に来た者。ゼルエル。なんか、JDEAに云っておくことがあるとか云ってついてきたんだよな。丁度トップの本部長、八幡さんと話すことになったわけだから、彼女にとっては都合がよかっただろう。
多分、今まさに、なにかしらやらかしてる。ゼルエルを残して応接室から出るとき、八幡さんが助けを求めるような顔をしていたような気がするが、うん、きっと気がするだけだ。
とりあえず、気にしないでおこう。
「勝野さん、予定よりも遅れましたけれど、大丈夫なんです?」
「問題ありません。むしろ向こうが問題なんで、打ち合わせに合わせてその辺りも話すために午前からと設定しましたから。
……本部長がそれに目を付けて、謝罪の時間にしてしまいましたが」
「本部長さん、随分とクセのある人ですねぇ。ああいう人があっちでもいたら、国をひっくり返してくれただろうに」
「……なにか、恐ろしいことを考えていませんか?」
「いや、あの本部長さん、多分、“頂点”の連中には気に入られそうな性格していますからね。特に第一席の【求道者】と会おうものなら、多分5分と経たずに意気投合して、腐った国を一掃する計画を立てて実行しますよ。
【求道者】、あの国を忌み嫌ってましたからね。何があったのか知りませんけど。まぁ、末端が人身売買してたかわけですから、被害者の私としてもやるなら乗っかりますね」
「どれだけ酷いんですか、異世界」
「昔の地球も似たようなものでしょう? 借金返済の為に、教会のトップが聖騎士団だかを国に売って皆殺しにしてる世界ですよ、ここ。国も教会も、騎士団の名声を疎んじて」
俺は云ってやった。
どっちの世界も権力者がロクなもんじゃないのは一緒だ。
「それで、オーマから来たと思われる冒険者はどんな人物なんです?」
誰もいない小会議室の事務机につき、そこにぽつんと置かれているノートパソコンの画面をみる。
画面にはここと似たようなどこかの会議室? が映っていた。ときおり人が見切れる。
「身長は170センチほど。細身。探索者らしくない軽装。得物はナイフとダガーとのことです」
「性別は?」
「何故か知らされていません」
「面倒臭そうな気配がプンプンしますね」
「AUDEAとしては、うまいこと利用したいんでしょう」
「あー。私たちは“神令”の名がありますから好き勝手してますが、こっちに跳ばされた彼、あるいは彼女はそうはいかないでしょうからね。食い扶持は稼がないといけませんし。とはいえ跳ばされてきているのは4桁クラスでしょうから、使い倒そうなんてすれば、簡単に逃げられますよ。
そっちの人、聞いてます? なんなら英語で云い直しましょうか?」
そういうと、勝野さんがギョっとしたような顔をした。
「事前の打ち合わせなんでしょう? 通信は繋がっているみたいですし、向こうに人がいないわけがないじゃないですか。さっきカメラに見切れたのフェイクでしょ。忙しそうに見せてましたからね」
ニヤニヤする俺とは対照的に、勝野さんは渋面を浮かべている。そして不機嫌そうな声で画面の向こうに英語で呼びかけた。
「おい、マニング、いるんだろ? 顔を見せろ」
『お久しぶりね、ジョー。顔を合わせるのは半年ぶりくらいかしら?
……それで、そちらのお嬢ちゃんが?』
「やれやれ。どうしてみてくれが幼女だと、どいつもこいつも礼儀を欠くのかね? なにかしらの不愉快なルールが世界に設定されているんじゃないかと勘ぐってしまうよ。ま、神様はそんなことをするわけがないから、単に無礼なだけだな。
イオ・カミヨ。こんな形だが、22歳だ」
「皇家と同等のお家の方だ。ことによっては外交問題に発展するぞ」
勝野さんが脅した。こういうときは便利だよな“神令”の名前。名前と云えば、確か勝野さんの下の名前は“丈浩”だったか。なるほど。だから通称で“ジョー”ね。
画面の端から映り込んだマニング女子の顔があからさまに強張った。
やや童顔気味のブルネットの女性。掛けている眼鏡は度が入っていないように見える。見てくれが幼く見えることにコンプレックスを持っているのかもしれない。
「勝野さん。なんか名乗る気もないみたいだから聞きますけど、この人誰です? 勝野さんがマニングと呼んでいましたので、姓がマニングであろうということしかわかりませんが?」
「マニング。そんなんだからお前は侮られるんだ」
ふむ。勝野さんの様子から察するに、彼女は昔馴染みのようだ。そういや、状況が落ち着くまでは、勝野さん、世界中を転戦してたんだよな。ってことは、オーストラリア遠征の際、マニング女史とチームを組んでいたのかな? ってことは、マニング女史、若くとも30代半ばというところだろう。
『し、失礼。AUDEA探索者統括部所属、シャロン・マニングです。本日はよろしくお願いします』
「なんだ。ちゃんと取り繕えるんじゃないか。お茶目が許されるのは身内の場合か、でなければ10代までだ。もしくは相手を選べ。初対面の者にするものじゃない。誰彼構わず遊ぶと痛い目をみるぞ」
画面端に映っている壁掛け時計、事務所などによくあり白い円形のシンプルな時計がぐしゃりと潰れて落ちた。
その突然のことに、画面のマニング女史が慌てたように立ち上がった。
「勝野さん、あとで送金先を教えてください。時計代を弁償しないといけませんから」
「……イオさんが、やったので?」
「念動って便利でしょう?」
世界は繋がってる。例え画面越しでも、見えれば“手”は届く。もっとも、こんな狂ったことができんのは、能力魔術師の念動使いくらいだろうが。
……いや、俺以外でやってるやつ見た事ねぇな。ま、地球じゃともかく、オーマでならいくらかいるだろ。効率は馬鹿みたいに悪ぃけど。暗殺なんかにゃ便利だしな。
「シャロン、マウントをとるなら相手を知った上で選べ。さすがにレベル差1000倍以上ある相手にやらかすとか、勇者過ぎるだろ」
『え?』
「どうも、マニング女史。史上9人しかいない、レベル5桁突破者“頂点”第9席の【狂銃士】ことクロウだ。つっても、地球じゃ意味のない称号だな。
勝野さん、絶対推奨できないオーマへの行き方って、上に報告しました?」
「WDEAに丸投げしましたよ。情報ソース、ドラゴンにハイエルフ、そして正体不明の未知言語を話す探索者、なんてものが揃えば、上もそれを否定できないでしょう」
「なるほど、そういうことかな? 本部長さん、いまゼルエルとお話中なんですよ。ゼルエル、知ってますよね? あの和風美女的な天使様です」
「は?」
「もしかすると、天使様方、それらの情報を周知させる方向へ舵取りしたのかもしれませんね」
一瞬、勝野さんは天を仰ぐようなしぐさをするも、すぐになにもなかったかのように姿勢を正した。
「まぁ、苦労するのは本部長か」
なかなか酷いな、勝野さん。
『あ、あの、レベル差1000倍って――』
「お前さん、確かレベルは70代だろ? 神令さんは70000超えだ」
『そんな訳――』
「近いうちに新しい鑑定道具がそっちに届くはずだ。レベル6桁まで測れる優れモノだ。でだ。そっちで確保した不明の探索者だけどな、神令さんの推測によると――」
「レベル4桁突破は確実。ただ隠形に特化した冒険者ならレベル3桁後半もあり得るかな。ま、その場合はあんたらに確保されるとは思えんが。隠形特化の連中は、基本的に人間をまともに信用しちゃいないからな。接触するとすれば十分に観察してからになるだろうからな」
『ま、待って。なんでそんなことを――』
「そりゃ俺が、跳ばされた異世界から戻ってきた帰還者だからだ。エルフの話くらいは聞いてるだろ? アレがどこからきたと思ってんだ」
そう云ってやったらマニング女史がフリーズした。
そしてたっぷり1分ほどはそのままだっただろうか。
『……ジョー、目を覚ます方法を教えて欲しいんだけれど』
「安心しろ。お前は寝ちゃいない。現実逃避したいだけだ。というかだ。もうとっとと例の探索者を呼んで来い」
『女の準備には――あぁ、いえ、正直に云うわ。言葉の壁を抜きにしても、彼女、のらりくらりと躱すのが上手くて、扱いにくいのよ。なにより問題なのが、そんな調子だっていうのに、振り回されてるこっちは、なぜかちっとも不快じゃないのよね。まぁ、私たちが軟禁して無理強いしている負い目もあるわけだけれど』
女性か。ってことは、行方不明の第4席じゃねぇな。いや、そもそもヤツだったら、不明の人間と接触しないな。助けはしても。絶対にひとりで情報収集して、言葉を覚えてしれっと普通に生活してんだろう。
なんかマニング女史、ガチで頭を抱えているな。
得体はしれないが高レベルであるのは確定の謎の探索者。AUDEAとしては手放したくはないよな。というか、言葉がまともに通じない状態で放り出す訳にいかない。トラブルが目に見えるし、その場合、被害を受けるのは馬鹿をやらかしたこっちの探索者だ。
相当、扱いに困っていると見える。高レベル冒険者は自衛のために、ほとんどが面倒臭いことを始めるからな。
そんなことを思っていると、先ほど見切れた人物が消えていった扉からふたり入ってきた。
ひとりはスーツ姿、もうひとりは軍人の礼服のような恰好の男装の女性。
って、こいつかよ。
それは俺もよく知っている人物だ。一切の打算無しで俺と話せる希少な探索者で、そこそこ交流のあった人物だ。
気心の知れた相手ではあるんだが――
現状、俺のみてくれが幼女になっちまってるんだよなぁ。
あぁ、まったく。ため息を吐きたくなってきた。




