第11話 黒き獣
「クロエ………?」
クロエの変わり果てた姿を見て、アリスが絶句する。
神のあの圧力なんかより、恐ろしいなにかをクロエに感じる。
そう、あれはダメだ。
死……いや、そんな生ぬるいものでは無い。
終わりが、目の前にいる。
そんなふうに、アリスは思った。
「――――――。」
黒い影がクロエの姿を変化させていく。
その姿はまるで獣だ。四足歩行の、ケモノ。
だが、その叫び声は歌っているかのようで、そして、どんな訳の分からない咆哮よりも本能的な危険を感じた。
神が、おぞましきソレが、クロエに向かって攻撃を放つ。
クロエの姿が、消える。
目で追いきれないほどの速度で、クロエが移動していく。
時々パァンとけたたましい音が鳴り響くのは、空気を思いっきり蹴ることで足場にしているからか。
およそ、人間業とは思えない。
その化け物のような速度を駆使し、クロエはまず神に向かって突撃する。
なんのことは無い。
ただ、先に攻撃したのがその『神』だから、と言うだけの理由だろう。
神を倒したならすぐにその牙がアリス達に向かうことは間違いない。
「――――――――!!」
「――――――――――。」
声にならない声を上げながら、人外共が戦う。
黒い巨腕は二つになったことからその手数が増え、神をなぶり殺しにしていく。
そう、追いつけていないのだ。
神はその巨体にしてはおかしいくらいの速度を持っている、だが、それでもクロエに比べたら遅い。
一方的な鏖殺。
そして、さらにクロエは姿が変化、力が増しているように思える。
――――――――――――――
クロエの暴走がかなり深刻な状態になっている。
白フードはどこかへ消えたが、まだダリスが残っている。
眼を、ここで使うか否か。
……ここで使わせてもらう。
「タルタロス。」
鎖がどこからともなく飛び出し、ダリスを襲う。
それらは遠距離攻撃と認識され、どれもが届かない。
だが、それは織り込み済み。
「巻き付くものには対応できまい。」
鎖がダリスの周囲をと囲む形で輪を描き始める。
そして、球状に取り囲んだところで、鎖の内側が光り輝いた。
「その矢よけの加護がどこまで通ずるか試してやる。」
カッ!と一際大きく光り輝いた後、爆発的に光が鎖の内側が漏れ出た。
乱反射する光はむちゃくちゃなまでに鎖の内側を蹂躙していく。
それは、矢よけの加護を持ってしても避けきれないだろう。
そもそも、飛び道具の類を無効化する加護というのは、直接的な遠距離攻撃は無効化できるものの、それによって起きた副次効果までは無効化出来ない。
故に、あの球状の中は乱反射する光線の熱によって蒸し焼き状態だ。
「ダメ押しだ。」
鎖を締めてダリスを押しつぶす。
が、ボロボロと崩れ去った。
虚無化の能力。
これがある限り、致命傷足りうる攻撃をも無効化される。
しかし、ウロほど人外な訳では無い。
そのベースはあくまでも既存の生物だ。
さらに言えば元々は人間、弱点などいくらでもある。
いくら虚無化で攻撃を免れたと言っても、あの光線の中にいたのだ、当然、一時的にだが視力は衰えている。
その隙をついて、黒音がダリスの両腕を切り落とす。
普通、人型が攻撃するさいは、腕を起点として発動することが多い。
別に手を使わなくても発動できるものだとしても、そうすることが多い。
イメージしやすいからだ。
人間は手を使って何かをすることが多い。故に、手を意識してしまう事になる。
だから、手を封じてしまえば大抵は大きな隙ができる。
黒音がクロエに異能や魔術を自分の腕とは別物と認識して発動するように口を酸っぱくして言う理由はここにある。
現に今、ダリスは虚無化の力を使ってこない。
使えなくはないのだが、本人が使っている姿をイメージしにくいのだ。
こんなものは少しの時間稼ぎにしかならない。
腕を再生させればいいだけだし、再生しなくてもそのうち腕を起点としない能力発動に慣れるだろう。
だが、そんな時間をあたえるような黒音では無い。
「吹き飛べ。」
トン、とダリスの左胸に手を当てる。
そして、ボンッ!と小さな爆発音が鳴り響き、ダリスの左肩から先が吹き飛ぶ。
それだけでなく、左肩から腹にかけて巨大な穴が開き、心臓がむき出しになっている。
「女、お前が殺せ。」
先程まで戦いを無理やり観戦させていたダリスの恋人らしき女。
それを近くまで連れてきて、ナイフを持たせようとする。
が、女はそれを拒絶する。
「心臓を刺せば、さすがにこいつも死ぬ。」
泣きながら、ブルブルと震える女に無理やりナイフをもたせる。
そこで、後ろの方で様子を見ていた大尉が姿をあらわす。
「ちょっと待ってくれ………。」
「なんだ、どうした大尉殿。」
「そこまでする必要があるのか?これはあまりにも酷だ。」
そういう大尉の言葉は、なるほど正しいのかもしれない。
酷、酷らしい。
だが、本当にそうか?
「酷だと?酷と言ったか?なるほどそれは正しい。これは彼女にさせるには酷だ。だが、これはこいつしか出来ない事だ。」
せめて、終わらせるのはこの女であるべきだ。
本当に、ダリスのことを好いていたのならば。
それが、心からのものならば。
「その想いが偽りのものでないのならば、これはこいつがやるべきだ。殺すだけなら誰にもできる。ただ殺すだけならば。」
「しかし……!」
「大尉殿、貴様は、あまりにも酷な事を言うんだな。」
「え………?」
それは、黒音のことを何も知らない彼には、分からなかっただろう。
それは、まだ数十年しか生きていない彼には分からないのかもしれない。
それは、彼にはまだ分からないことなのだろう。
だが、彼女には、理解出来た。
してしまった。
黒音のその目を、見て。
「う、うわぁぁぁぁああ!!あああああ!!」
泣きながら、女がナイフを突き立てる。
寸分違わず、心臓目掛けて。
簡単に、ナイフは突き刺さる。
脈動していた心臓が、段々とその動きを止めていく。
「……大尉殿、彼女のことは任せた。」
「あなたは、どうするんで?」
「俺は次の化け物を何とかしなきゃならん。」
――――――――――――――
「―――――――――――。」
ギロリ、とクロエの目線がアリスの方をむく。
出雲とアルは未だ気絶している。
この場で、まともに動ける生命体がアリスだけだからそちらを優先的に狙っている、といった感じだった。
その目に、人間のもつ理性など見つけられなかった。
死ぬ、そう思った時、クロエが誰かに勢いよく蹴り飛ばされる。
「大丈夫か?アリス。」
間に割って入ってきたのは、黒音だった。
「え………あ、はい。」
「アレは、何をされたんだ?」
「えっ……と、何か、黒い液体のようなものを……」
「注射された、か。」
黒い液体、なんだろうか?
全く知らない薬品だと対処のしようがない。
こちらが持っている抑制剤の類の薬品は、感情抑制剤や異能力抑制剤、魔力拡散液、治癒能力抑制剤、等とかなりの数を持ってはいるものの、それらに効果があるかは分からない。
「片っ端から突き刺すか、あるいは………。」
生命の危機となる状態にまで……つまり、仮死状態にしてしまえば暴走は止まるのではなかろうか?
再生能力があるのならば、能力のリソースを全て再生能力に回させることで暴走を食い止める手段もある。
だが、再生能力が高すぎる場合、『ウミヘビ』の時みたいに高すぎる再生能力が逆に暴走してしまう可能性も無くはない。
どうするか。




