第10話 黒く染まる。
天使が、崩れていく。
断末魔を上げ、ボロボロと崩れていくそれを見て、クロエが安堵の息を吐く。
『気を抜くな!』
黒音のそんな通信が入ってくる。
そう、ボロボロと天使が崩れ去り、そこには。
神がいた。
「――――――――っ。」
呼吸が出来ない。
息が詰まる。
息を吸ってはく、という簡単なことを忘れてしまいそうになる。
それだけの圧力が目の前にはあった。
それだけの存在が、目の前にいた。
神
そう呼んでいいのか分からないが、そうとしか表現出来ない何かがそこには居た。
「―――――――――!!」
人間には理解できない言語で、それは叫ぶ。
いくつもの魔法陣が展開され、稲妻が爆ぜる。
魔法だ。
しかも、見たことも聞いたこともない高位の魔法。
どんな効果がもたらされるのかなんて分からない。
クロエは動けない。
完全に呑まれている。
アリスもダメだ。今にも気を失いそうな勢いだ。
アルも似たような状態だし、もしそうでなくとも先程の攻撃のせいでまともに動けるわけがない。
ここで動けるのは、出雲だけ。
でも、このボロボロの状態では何もできることなんかありゃしない。
「………意思ある道具。」
使いたくはなかった。
が、ここで使うしかない。
神の道具、いや、出雲大社そのものである自分をこの世にさらけ出す。
人の身では無い自身をさらけ出す。
これが、出雲が一緒に王国に召喚された親友たちと距離を置いた理由。
出雲は、人間では無い。
―――――――――――――
「やっぱ、人じゃなかったか。」
黒音は、化け物となったダリスと戦いながらも、意識を出雲の方に向けていた。
前に手合わせをしたとき、人の身では考えられない量の神気を内包していた。
しかし、神であるとは思えなかった。
そこから、出雲は神の道具……神器の類ではないかと推測を立てた。
そう、彼は全身が遺物なのだ。
一応、出雲に両親は居たようだし、彼が遺物と呼ばれるほど長い期間を生きてきたとは思えないので、先天的なものではなく、後天的なものだとは思う。
恐らく、何らかの要因で元々の肉体が消滅し、神器に置き変わったのだ。
遺物が意志を持ち、人の姿をとることはめずらしくはないが、後天的に遺物そのものになったという例は非常に珍しい。
出雲大社、という性質上、出雲が神に負けることはありえない。
悪くて相打ちと言ったところだ。
何故か、予想だが、あいつの能力は………
「ガァァァァァア!!!」
「吠えるな。」
顎をハイキックで蹴り飛ばし、敵の頬骨を砕く。
が、すぐさま再生される。
矢よけの加護が何かがあるのか、遠距離の魔術や異能といった類は奴にはきかないようで、近距離での戦闘に持ち込まれている。
正直厄介だ。
虚無の能力は近距離戦において無類の強さを発揮する。
なぜなら、それに触れたらほぼほぼ終わりだからだ。
防御もままならない、触れること自体がアウトだ。
その分、遠距離攻撃があまり得意でないという欠点もある。
とはいえ、こちらの遠距離攻撃は何かしらの手段で封じられている以上、近距離戦をやるしかない。
「邪魔くせぇ!」
杭を数本打ち出すが、この距離であるにも関わらず全て敵に当たらない。
やはり、『遠距離攻撃』という概念に対して何かしらの効果を発するらしい。
右眼はまだフルでは使っていない。
まだその時ではない。
―――――――――――――――
「――――――――――――!!!」
「うぉぉぉおおおおお!!」
出雲と神が相対する。
それは、もはや誰も手が出せない戦いだった。
地形を変え、天地を揺るがす苛烈な戦いが続く。
そして、双方に高い再生能力があるため、致命傷は致命傷足りえない。
しかし、優位なのは出雲だ、
神の攻撃を全て相殺し、そのうえで攻撃が出来ているからだ。
出雲の能力、それはあらゆる神の性質を引き出せるというもの。
つまり、神相手ならば相打ちこそあれど負けることはない。
例え見たことの無い神や新しく生まれた神であっても、引き出すことが出来る。
それが八百万の神々の集う場所、出雲大社としての能力。
「――――――――――!!」
出雲が、敵の神と同じような叫び声をあげる。
届く、これなら倒せる。
敵の性質が変化し、キメラのような訳の分からない状態から『神』という一つだけの属性になった今、その脆弱性はいくらでも付ける。
特に、出雲の能力は神の力と相性がいい。
今なら、勝てる。
「でもそれじゃあ、つまらないよね。」
「―――――っ!?」
赤い色が目の前に飛び散る。
なんだ?血だ。誰の?自分のだ。
何が起きたのか、それが分からぬまま、出雲は地面に落ちる。
再生能力が働かない。
まずい、まずい。
「ここは実験場なんだ。君にも興味はあるけれど、命題からは外れてる。」
しろいフードで顔を隠し、布で全身を覆い隠した謎の人物がそこに居た。体型すらも分からないほど覆い隠しているので、性別すら分からない。
何者なのか、なにが目的なのか分からない。
「お、まえは………?」
「あぁ、この世界への客人だね?別の魔法技術体系を持ってるようだ。興味無いけれど。」
そう言って、白フードは一瞬にしてクロエの所まで移動する。
唖然とするクロエの背後に瞬間移動でもしたかのような速度で回り込んだその人物は、クロエに何かを突き刺す。
「え?」
何か、注射のようなもの。
それを、クロエの首に刺した。
中の液体が流し込まれる。
黒い、黒い液体だ。それだけでただの液体でないことが伺える。
「アァァァァァアアア!!!!」
クロエが、叫んだ。
―――――――――――――――
「―――――っ!」
白フードの人物が現れる直前、黒音はその気配に気づいていた。空間転移のような力が働いていた。
そして、その人物がクロエに何かをするのを見て、危機感は一気に高まる。
アレは、まずい。
直後、クロエの姿が豹変する。
黒い靄がクロエの周囲に現れ始め、暗く淀んだ瘴気があたりにではじめる。
そして、黒い影がクロエの全身を侵食していき、服装も変わる。
さながろ、真っ黒い影のドレス。
そして、異能の腕は右腕だけだったものが、両腕に変化する。
「――――――――――。」
歌うようなその声音に、本能的な危機感を覚える。
アレは、なんだ?
「くそっ。」
黒音が、白フードをまずは倒すために駆ける。
これ以上なにかされたらたまったものではない。
だが、化け物となったダリスがそれを許さない。
「ガァァァァァア!!!」
「クソがっ!邪魔するんじゃねぇ!」
翼で飛ぼうとした黒音の足を掴み、ダリスが文字通り足を引っ張る。
いつもなら何かしらをばらまいて振り切るのだが、あいにくと飛び道具の類は全て効果がない。
しかし、黒音はいつまでも手をこまねいているような人間ではない。
「これならどうだっ!」
ばらまいた杭、それらは飛び道具として認識され、ダリスに当たらないような軌道を不自然に描き始める。
が、ダリスの近くに迫った瞬間、それらが爆ぜた。
連鎖的に爆発が巻き起こり、黒音の魔法陣の補助もあってさらに威力が伸びる。
「爆発した破片は飛び道具と認識されても、炎や爆風までは防げまい。」
だが、これで倒せたとは黒音も思ってはいない。
単なる足止めだ。
今のうちに、白フードの所まで駆け抜け………
「死ね。」
ゾッとするような声音と同時、白フードが空間転移で黒音の背後に回ってくる。
だが、黒音はそちらの方を見るまでもなく防御。
数度の攻防の末、2人は距離をとる。
「お前、何者なんだ?」
「話す価値はない。少なくとも、今は。」
白フードから殺気が溢れ出る。
先程までの印象とはかなり違う。
「随分と嫌われてるようだが、俺が何かしたか?」
「自分の胸に手を当てて聞いてみろ。例えば、お前が1番憎い人物は誰だ?」
俺が、1番憎んでる人物だと?
そんなの、決まって………まさか。
「お前、まさか」
黒音から殺気が溢れ出す。
ゾ、ゾ、ゾ、ゾ、と黒い影が空間を侵食していく。
ギョロギョロと目玉模様が空間を支配していく。
まさか、まさか。
「お前に話すことなど何も無い。さようならだ。」
白フードが空間転移を使って消える。




