基礎魔導原論 第1章 第6項
第6項 呪文の発生
前項までに、呪文が意思の鋳型であり、その役割が再現性の保証、行使の安定、伝達と継承にあることを述べた。本項では、しからば新たな呪文はいかにして生まれるのかを論じたい。
まず確認すべきは、呪文がいかなる言語で編まれているかは、魔導の発動それ自体に深刻な影響を与えるものではない、ということである。第4項に述べた比較行使の検証が示すとおり、ある言語にて「灯る」を意味する語をもって魔導を導くのと、別の言語にてそれに対応する語をもって導くのとでは、同じ結果が生まれるのである。呪文の力は音にも文字にも宿らない。しからば何が呪文の優劣を分かつのか。それは、その言葉が世の理をどの程度適切に言い当てているか、この一点にかかっているのである。「灯る」という語が灯るという現象の理を正しく捉えているがゆえに、その語は像を正しく結ばせ、魔導を導く。ゆえに新しい呪文の発見とは、新しい言葉を作ることではなく、いまだ言い当てられていない世の理を、いかに言い当てるかの探求にほかならないのである。
ここで思い起こすべきは、叡智神が人類に魔導を授けたもうた、その原初の言葉である。神話と古文書の伝えるところによれば、原初の言葉は一語にして多義であり、深く世の理を示すものであった。我々が日々用いる言語が物の名や用を指すにとどまるのに対し、原初の言葉は純粋に魔導を扱うための言語であり、一語が理の一面をまるごと言い当てていたのである。しかしこの言葉は、千年の闘争と崩滅の日を経た長い歴史の中で散逸していった。一部はそれぞれの民の言語に取り込まれて形を変え、一部は意味を違えて伝わり、その本義は失われたのである。今日、機構と各国の学府が様々な過去の言語を収集し、照合し、調べ続けているのは、好古の趣味ではない。それは、失われた原初の言葉を明らかにし直す作業なのである。
この道における最大の偉人こそ、万語の魔導士と称えられるウィエレム・グランドである。グランドは諸国の古語、死語、辺境の方言に至るまでを渉猟し、一代にして実に100もの原初の言葉を明らかにし、魔導の発展を大いに進めた。今日我々が用いる正式呪文の少なからぬ部分が、グランドの復元した語の上に成り立っていることを思えば、その功績の大きさが知れよう。
若き魔導の徒よ、心に留めよ。魔導士の営みの多くは、この原初の言葉を一つでも明らかにすること、それが叶わずとも、新しく世の理を言い当てる語を発見することにあるのであって、いたずらに魔導を行使することにはないのである。百の火球を放つよりも、火の理を言い当てる一語を見出すことのほうが、魔導の海をはるかに遠くまで進めるのだということを、ゆめ忘れてはならない。




