基礎魔導原論 第4章 第5項
第5項 意思部 ―― 声に意思を乗せる
ここまでは詞部、すなわち「何を、いかにする」を学んできた。本項で学ぶ意思部こそ、コルの心臓である。第1章第3項に説いたとおり、いかに精緻な像を語に結ぼうとも、そこに乗せる意思が曖昧であれば、魔力は曖昧に流れ、現象は導かれぬか、望まぬ形に転ぶ。意思部とは、その意思を、唱える前にあらかじめ言葉として定める仕組みである。
意思部は三つの枠からなる。〔強度〕〔志向〕〔継続〕の順に唱える。
第一の枠、強度は、込める魔力と意思の強さを六段で表す。
弱きより強きへと、kalは最小・ごく軽く、dakは弱く、tamは平常、khazakは強く、heilは非常に強く、そして elyonは全霊・忘我を表す。
第二の枠、志向は、意思に込める心の色である。
もっとも基本となるのは、願い・祈りを表す naである。ほかに、慈しみを表す ahava(アハバ/癒やしに適す)、静心・無心の shalom、喜びの sas、悲しみ・苦の tzara、怒り・攻の kaas、畏れ・厳粛の hodがある。
第三の枠、継続は、導いた現象をどう収めるかを表す。
さらに強め押し進めるならば od、この状態に委ね保つならば nakh、一度きりで断ち切るならば gazarを据える。
たとえば tam na nakh と唱えれば、「平常の強さで、願いを込め、この状態に委ねる」という意思が定まる。これを詞部の前に置いて、はじめて一つの呪文が完成する。
tam na nakh / ravu et khomo / amen (平常・願い・委ね/熱を増せ/成れ) =穏やかに加熱する呪
ここに、第2章第4項で学んだ「熱」の理が生きてくる。同じ詞部であっても、意思部の志向と強度を変えれば、結ばれる像は変わる。怒りを込め全霊で唱えれば業火となり、静心で軽く唱えれば手を温める程度にとどまる。意思部とは、詞部という鋳型に流し込む、魔力の温度そのものなのである。
なお、いくつもの呪を続けて唱える長詠唱では、行ごとに意思部を繰り返すのは煩わしい。そのときは冒頭に petakh(開く)と唱えて意思を一度だけ宣言し、末尾を khatam(封じる)で閉じる。その間の詞部は、すべて冒頭の意思部のもとに発動する。




