表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
23/32

基礎魔導原論 第4章 第1項

第4章 呪文の言語「コル」


第1項 コルとは何か


 第1章にて、呪文とは意思の鋳型であり、その力は音そのものにではなく、言葉が世の理をいかに正しく言い当てているかに宿ると述べた(第1章第4項・第6項)。また第1章第4項の比較行使が示すとおり、理さえ正しく結べるならば、呪文はいかなる言葉で唱えてもよい。しからば、なにゆえ本章にて一つの言語を改めて学ばねばならぬのか。若き徒は、まずこの問いから始めるがよい。


 答えは、精度と再現性にある。だが、それを頭で説くより、コルが生まれる前の呪文がいかなる有様であったかを見るのが、何より早い。


 第1章第6項に述べたとおり、叡智神より授けられた原初の言葉は、千年の闘争と崩滅の日を経た長き歴史の中で散逸し、その本義は失われた。残された断片は、それぞれの民の古語に取り込まれ、国により学派により、まちまちの言葉で唱えられていた。同じ「火を消す」一事をとっても、北の国と南の国とでは、唱える言葉も、語の並びも、まるで異なっていたのである。


 たとえば、北方のとある学派には、火を鎮めるのに次のような古き呪が伝わっていた。


「鎮まれ、鎮まれ、紅蓮の舌よ。母なる水の御名のもとに、汝の宴をいまこそ閉じよ、閉じよ」


 美しくはある。されど、長く、そして曖昧である。「いかなる火を、どこまで」を言い当てる語が、どこにもない。ゆえに唱える者の心一つで、灯火一つを消すつもりが暖炉の熾火まで消し去り(第2章第4項に触れたとおり)、あるいは像が乱れて一向に消えぬ、ということが常であった。かと思えば、西方には、ただ一語「絶えよ」とのみ叫ぶ流儀もあったが、こちらは意思の乗せようがなく、不発に終わることが多かった。長きに過ぎても、短きに過ぎても、呪は安んじて頼れぬものだったのである。


 そのうえ、同じ「火を消す」呪を、隣の国では別の言葉で唱え、その結果もまた違った。これでは、昨日の火と今日の火を、師の火と弟子の火を、等しく鎮めることはできぬ。第1章第5項に説いた呪文の三つの役割――再現性、行使の安全、そして伝達と継承――が、ことごとく危うかったのである。


 この有様を変えたのが、コルの誕生であった。きっかけは王国歴1203年の統一会議である。諸国がはじめて一堂に会し、散らばった呪文を持ち寄って照合する事業が始まったとき、人々は、国ごとにばらばらな言葉の底に、同じ一つの理が流れていることに気づいた。その土台を据えたのは、万語の魔導士ウィエレム・グランドである。グランドが古語・死語・辺境の方言を渉猟して明かした原初の言葉の数々(第1章第6項)が、諸国の呪文を貫く共通の語根として見出されたのであった。


 されど、語根が揃っただけでは、いまだ言語にはならぬ。それらをいかに組み、いかに意思を乗せるか――その文法を一つの体系へと織り上げたのが、後に「言織ことおりの賢者」と称えられる、機構第6研究院のヴェレナ・タ・コーラントである。コーラントは王国歴1268年、グランドの復元語に、例外なき品詞の語尾と、意思を表す定まった枠とを与え、誰が唱えても同じ理を同じ精度で結ぶ、一つの規格を完成させた。これがコルである。名はコーラント自らが選んだ。コルとは、原初の言葉において「声」を意味する。呪文とは、意思を乗せて世界に届ける声にほかならぬ――その初心を、言語の名そのものに刻んだのである。


 コルが広まって後、先の北方の古呪は、わずか三つの区切りで、過不足なく言い表せるようになった。


tam shalom gazar / akaru et esho / amen (平常の強さで・静心をもって・一度きりに/火を根絶せよ/成れ)


 いかなる強さで、いかなる心で、どの火を、どうするのか――そのすべてが、短く、明瞭に定められている。誰が唱えても同じであり、書に記して千里千年を越えて伝えうる。長きに流れて曖昧であった北方の呪も、短きに過ぎて意思なき西方の呪も、コルにおいては一つの整った形に収まったのである。これこそ、コーラントがコルに託した願いであった。なお、同じ理を別の言葉で唱えても発動はする。されどコルは、誰が唱えても同じ理を同じ精度で結べるよう整えられた規格であり、ゆえに学園では、まずこの言語をもって呪文を学ばせるのである。


 コルは原初文字をもって綴る。左より右へと連ね、子音と母音を組み合わせて記す。その仕組みは追って学ぶ。


 さて、いま見た呪のとおり、コルの一文――すなわち一つの呪文――は、つねに二つの部分からなる。


〔意思部〕 + 〔詞部〕


 意思部とは、詠唱者の意思――どれほどの強さで、いかなる心をもって現象を導かんとするか――を表す部分である。先の北方の古呪が欠いていたのが、まさにこの「どこまで・いかなる心で」の定めであった。詞部とは、導かんとする現象そのものの理を、語を組んで言い表す部分である。第1章に説いたとおり、呪文は意思の鋳型であり、意思なくして魔導は発動せぬ。コルがあらゆる呪文を意思部から始めるのは、この理を言語の骨格そのものに据えたがゆえである。


 以下、本章では詞部の組み立て(第2項〜第4項)、意思部の乗せ方(第5項)、対象の定め方(第6項)、安全な打ち消し(第7項)を順を追って学び、最後に究極の高みたる真名の概要(第8項)に触れる。倦むことなく、一項ずつ確かに修めるがよい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ