基礎魔導原論 第3章 第5項
第5項 白魔導(二)──精神に作用する属
白魔導のうち、最も慎重に語られねばならぬのが、本項に述べる精神に作用する属である。これは身体ならぬ心に、感情や意識のありように働きかける術であり、白魔導の中でも、最も繊細にして、最も危うき領域に位置する。前項の身体の属が、目に見え手に触るる肉体を対象とするに対し、この属が扱うは、形なく移ろいやすき心である。それゆえ像を結ぶことは至難であり、わずかの誤りが取り返しのつかぬ結果を招く。
その働きは、おのれの心に向くかぎりにおいては、まことに尊い。第1章第3項に説いたとおり、御されざる意思は御されざる魔力を生み、御されざる魔力は災いしか生まぬ。猛る怒りを鎮め、震うる恐れを抑え、深き悲しみに呑まれぬよう心を支え、乱るる思いを一点に研ぎ澄ます──この属は、すなわち魔導師がおのれの意思を御するための、内なる手綱にほかならぬ。白き谷の悲劇のごとき、御されざる意思が魔力を暴れさせる惨事を防ぐ最後の砦が、この自制の術であることを思えば、その価値は計り知れぬ。学園が入学の徒にまず精神修養を課すのも、煎じ詰めればこの属の初歩を身につけさせんがためであり、精神の属はあらゆる魔導の安全を底で支える、縁の下の力なのである。
危ういのは、この属の刃が他者の心へと向けられるときである。人の感情を外より鎮め、あるいは煽り、恐れを植え、惑わしを見せ、意を曲げ、果ては記憶に手をかける──これらは、たとえ慈悲や大義の名のもとに語られようとも、人の心の自由を侵す、きわめて重き行いである。とりわけ記憶への干渉は、油断すれば人の魂そのものへ、すなわち廻りゆく潮と刻の紡ぎ手たる流転神セレ・ミウ・ターリエの領分へと、知らず知らず滑り落ちる。第2章第6項に掲げた第一の禁忌、魂にかかわる魔導との境は、ここにおいて紙一重なのである。心を撫でているつもりが、いつしか魂の織り機に指をかけている──精神の属の恐ろしさは、その一線がほとんど見えぬところにある。
それゆえ機構は、他者の心に働きかける術に対し、古くより厳しき枠を定めてきた。本人の許しなく他者の感情・意識・記憶に干渉することを固く禁じ、これを犯した者を重く問うてきたのである。王国歴1389年、ある宮廷魔導師が政敵の記憶を密かに削ぎ、その心を操りて一国を傾けんとした事件は、世にいう「囁きの宰相の乱」であり、機構をして精神干渉の規定をいっそう厳格ならしめる契機となった。この一件ののち、機構は精神の属を扱う者に特別の認可を課し、その行使の一つひとつを記録せしむる定めを設けたのである。
若き徒よ、心せよ。火傷は癒え、凍えは溶ける。されど、人の心と記憶に刻まれた傷は、容易には繕えぬ。精神に作用する属を学ぶ者は、まずおのれの心を御することにその生涯の大半を費やし、他者の心へは、よくよくの理なきかぎり生涯触れぬくらいの慎みをもって臨むがよい。最も内に向かうこの白き術が、一歩誤れば最も暗き禁忌に通じることを、ゆめ忘れてはならない。




