表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
18/32

基礎魔導原論 第3章 第4項

第4項 白魔導(一)──強化・治癒・感覚

 ここよりは、内に向かいて働く白魔導を述べる。本項に挙げるは、身体にかかわる三つの属、すなわち強化・治癒・感覚である。いずれも術者みずからの身体に宿る魔力に働きかける、内向きの術であり、外へ火を放つ黒魔導とは、その向かう先を正反対にする。

 強化の属は、第1章に挙げた剛力の騎士ヒナルグハンの業として、すでに馴染みのものであろう。己が身体に宿る魔力を変容せしめ、筋骨のありようを肥大させて、常人を超ゆる膂力・脚力・耐久を発揮せしめる術である。駆け出しの徒でも常人の倍ほどの力を出すは容易であると述べたとおり、白魔導の中でも比較的修めやすく、戦士や守り手に古くより重んじられてきた。腕の力のみならず、脚を強めて疾く駆け、肌を強めて刃を弾き、臓腑を強めて毒に抗うなど、その用い方は身体のあらゆる部位に及ぶ。されど心せよ、身体の理を超えて強化を過ぎれば、強められた力に骨肉そのものが耐えかね、おのれの膂力でおのれの腕を断つことすらある。強化とは、おのれの器を弁えてこそ生きる術なのであって、力に酔うて器を忘れし者を、この属は容赦なく罰するのである。

 治癒の属は、白魔導の精華にして、最も尊ばれる術である。第1章の盲目の聖女ケニローの癒しの奇跡が、その淵源として伝えられている。傷を繕い、病をいやし、衰えを支えるこの術は、補稿に述べた芽吹の民ジーナリの、生命を漏らしながら生きるという体質を、人が模倣せんとして発展せしめたものである、というのが有力な説である。されど治癒の道は、見かけほど易しからぬ。他の属が外なるものを変ずるに対し、治癒は生きた身体という、繊細にして移ろいやすき対象を扱う。同じ傷とて、人により、時により、その理は異なる。ゆえに優れた治癒の徒は、呪文に長ずる前に、まず身体の理に通じておらねばならぬ。

 そして治癒には、何にもまして越えてはならぬ一線がある。すでにある生命を繕うことは許されても、無き生命を生み、ひとたび失われた生を呼び戻すことは、聖母神ラナ・ディル・ジーエーナの領分を侵す禁忌である。第2章第6項の戒めのとおり、これは癒しの名を借りた、最も甘く、最も恐るべき誘惑である。瀕死の者を救わんとする慈悲の心が、いつしか死者を蘇らせんとする傲りへと滑り落ちる──その境はあまりに細く、あまりに見えにくい。治癒の徒が、力ある者ほど深くこの戒めを胸に刻まねばならぬのは、このためである。

 感覚の属は、身体の感官に宿る魔力に作用し、見、聞き、嗅ぎ、触るる力を研ぎ澄ます術である。闇の中に物を見、遠き音を聞き、わずかな気配を肌に捉え、風に乗る匂いから先を読む。狩人や斥候、夜を行く者に重んじられ、また他の属を支える地味なる土台ともなる。遠方に術を及ぼさんとする力動の使い手が、まず感覚の属によって己が視を伸ばし、像を結ぶべき場をその目に捉えるがごとき例は、その典型である。第2章に述べた、視認しえぬ場所に正しき像を結ぶことの難しさを思えば、感覚の属がいかに多くの魔導の前提をなしているかが知れよう。

 これら三つに共通するは、いずれもまず己が内なる魔力を確かに御することから始まる、という点である。外へ放つ前に、内を整える。それゆえに、第2章に説いた魔力の自覚と制御が、白魔導においては一層深く問われるのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ