基礎魔導原論 第3章 第2項
第2項 黒魔導(一)──四大元素
黒魔導の門をくぐる者が、何よりまず足を踏み入れるのが、四大元素の領域である。火・水・風・地、この四つこそ、外に向かいて働く魔導の最も古く、最も基なる分類であり、いずこの学園においても、徒が初手に修むるはこの四属と相場が定まっている。
なぜ四大元素が黒魔導の礎とされるのか。それは、これら四つが、現界を形づくる最も大きく、最も身近な魔力の相であるからにほかならぬ。第1章に述べたとおり、万物はその魔力のありようによって、そのものたりえている。火は燃ゆる魔力、水は流るる魔力、風は巡る魔力、地は留まる魔力──世に満ちる低位の魔力の大半は、おおむねこの四つの相のいずれかに寄り添っている。ゆえに四属を御することは、すなわち現界の素地そのものに手をかけることにつながるのである。荒廃せし現界の復興にあたり、先人が氾濫を治め、荒風を整え、地を起こしたのも、煎じ詰めればこの四属の業であった。
四属はそれぞれに性を異にする。火の属は熱と破壊を司り、灯火より業火に至るまで、燃ゆる相を呼び、また鎮める。水の属は流転と潤いを司り、涸れし地に泉を導き、奔流を呼び、あるいは凍てつかせて氷の刃となす。風の属は運動と伝播を司り、そよ風より烈風までを操り、音や匂いを遠くへ運び、ものを宙に舞わせる。地の属は質量と堅固を司り、土を盛りて壁となし、岩を割り、足下を揺るがせる。これら四つは、いずれも我々が日々その只中に生きている現象であるがゆえに、像を結ぶことが他のいかなる属より易い。徒がまず四属より学ぶのは、ただ古き習わしのためではなく、心に思い描きやすきところから入るが、修練の理にかなうからである。
そしてこれらは孤立して在るのではなく、互いに助け、互いに剋する関わりのうちにある。風は火を煽りて勢いを増さしめ、水は火を鎮め、地は水を含みてその流れを留め、火は地を焼きて固める。熟達の徒がしばしば二つの属を併せ用いるのは、この相生相剋の理を知るがゆえである。この理を一つの体系として編み上げたのが、王国歴1334年、機構第2研究院のサド・モル・レーヴェであった。レーヴェは四属の助け合い、剋し合う関わりを「四相環」の図に著し、いずれの属がいずれを強め、いずれを弱めるかを一望のもとに示してみせた。今日、学園の壁にあまねく掲げられているあの円環の図は、ことごとくレーヴェの遺せしものを写したものである。さりとて、その理に通ぜぬまま属を重ねることは、暴発の最も生じやすき場でもあることを、ゆめ忘れてはならぬ。水を呼ばんとして火を煽り、自らを炎に包んだ徒の話は、毎年いずこの学園にも事欠かぬのである。
四大元素の体系の根深さを示す証左がある。機構が統一会議に先立ち、諸国の魔導を照合せしめたとき、言葉も神も異にする国々が、いずれも判で押したように火・水・風・地の四をもって魔導の基となしていたことが明らかとなった。これほどに遠く隔たった民が、誰に教わるともなく同じ四つに行き着いたという事実こそ、四大元素が人の取り決めではなく、世界そのものの骨格であることの何よりの証である。第1章第6項に述べた原初の言葉のうち、最も早く、最も多く復元されたのが、この四属にかかわる語であったのも、また偶然ではない。万語の魔導士ウィエレム・グランドが生涯に明かせし語の少なからぬ数が、この四属に連なるものであったと伝わる。
若き徒よ、四大元素を侮ること勿れ。これは初歩であって、初歩にあらず。火一つをまことに極めし者は、すでに魔導の半ばを極めたに等しい。基なるものほど底が深いということを、四属はその身をもって教えてくれるのである。




