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基礎魔導原論 第2章 第6項

第6項 魔導の禁忌


 これまでは、魔導を行使し、これを深めゆく道を述べてきた。本項にて記すのは、その道のどこにも踏み込んではならぬ領域、すなわち禁忌である。魔力はあらゆる存在の基礎をなすものであるがゆえに、魔導を究めんとする者の前には、いつしか神々の領分へと続く扉が開けてくる。その扉に手をかけることこそ、崩滅の日の繰り返しにほかならぬ。若き徒よ、力を得るほどにこの一項を胸に刻み、けして忘れてはならない。


 第一に、人の魂にかかわる魔導の研究を禁ずる。魂とは、廻りゆく潮と刻の紡ぎ手たる流転神セレ・ミウ・ターリエの領域である。あらゆる魂は流転神の御手のもと、冥界と現界をめぐりゆき、生まれては還り、還りてはまた生まれる。この悠久の流れに人の手で干渉せんとすること、ましてや魂そのものを生み出さんとすることは、神の織り機に指を差し入れるに等しい暴挙である。魂をとどめ、呼び戻し、移し替える――いかなる慈悲や大義をもって語られようとも、これらはすべて人の手に余る禁忌であり、断じて許されぬ。


 第二に、人の生命にかかわる魔導の研究を禁ずる。生命とは、万物の生命の母たる聖母神ラナ・ディル・ジーエーナの領域である。人の手で、世に無き生命を新たに生み出すこと、これは明白な禁忌である。心せよ、すでにある生命を癒し、その傷を繕い、衰えを支えることは許されている。第1章に述べた治癒の魔導は、まさにこの許されたる業である。しかし、無から有を生み、一度失われた生を再びこの世に取り戻さんとすることは、許されたる癒しとは天と地ほどに隔たっている。死者を生者に変えんとする試みは、癒しの名を借りた、最も甘く、最も恐るべき禁忌である。栄光と虚栄の第3期エルムント王国カーディナル朝が、神々の域に達せんとして手を染めたのも、まさにこの魂と生命の二つの領域であったと伝わる。崩滅の日の業火は、まさにこの一線を越えた者への神々の答えであったことを、忘れてはならない。


 第三に、万夜の魔導にかかわる研究を禁ずる。これは万夜と終焉の神、反逆神ディット・グー・ドーズに連なる魔導であり、禁忌というよりもむしろ異端である。序に記したとおり、反逆神は始原神に弓引き、千年の闘争を引き起こした、聖嵐神の双子の片割れである。その操りし魔導は、世の理そのものを歪め、ねじ曲げ、腐らせる力であった。これに触れ、これを学ばんとすることは、混沌の底に封じられし者の手を、自らこの世へと招き入れるに等しい。一度は神々によって甦らされた現界を、今一度破滅の淵へと突き落とす契機となるがゆえに、その研究はいかなる例外も認められぬ。


 これら三つの禁忌にかかわる物事は、すべからく禁じられ、それにまつわる記録、図、呪文、断片の一切は、一文字たりとも残すことなく消し去られねばならない。人類魔導管理統一機構が、諸国に散らばる魔導知識を収集し、正書化する一方で、これらの禁忌に触れる文書を見出した際には、ためらいなく焼き、削り、無に帰せしめてきたのは、このためである。知識を惜しむ心は魔導の徒の美徳であるが、この三つに限っては、惜しむ心こそが破滅の入り口となる。


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