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蒼天論戦  作者: Holandes
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Extra戦:仙人・始皇帝 VS 第六天魔王

先ほど、秦始皇は負けた。

だが、それが恥ずかしいことか?

いや、違う!

信長その人に負けたというより、時代の限界に負けたのだ!

銃は剣よりも強い。これがその道理である。

遠隔と近接との間には、古来より乗り越え難き高き壁が存在する。


だからこそ、秦始皇のファンの皆さん、気後れすることはない。チャンネルを変える必要もない。

これから我々は秦始皇と信長を同じ水準に引き上げるのである…………


何? この二人は同じ時代の人間ではないのに、どうやって引き合わせるのだと?


簡単なことだ。実に簡単なことだ。

秦始皇はその半生、仙薬を求めるも叶わず、後には名山を訪ね歩くも効なく、最後に地宮へと急ぐもその結果は未知のまま。天仙・地仙・尸解仙、いずれにも成り得なかった。

織田信長は終始「第六天魔王」の名号を座していたが、結局はただの人間に過ぎず、最後にはやはり殺された。


…………

私の言わんとすること、お分かりいただけただろうか?


黄砂は変わらずその黄砂。烈日は変わらずその烈日。

だが今回は、鉄格子が上がる前に、先に天が暗くなった。


**西側入場・嬴政**


雲は四方八方から押し寄せてきた。漂うのではない。押し寄せるのだ。何かに追われるように、秦川から、函谷から、驪山の地底から、逆巻きながら湧き上がり、闘技場の真上に集まって一つの黒い穹窿を形作った。


そして、それから鉄格子が上がった。

今度は、影が先に出ることはなかった。西側通路全体が、すでに影の本体となっていたからだ。

彼が歩み出たとき、その身にまとうはもはや黒革鎧ではなかった。

冕服べんぷくである。

玄衣くろきころも纁裳あかしたも。十二章の文様が胸元から裾へと広がっている——日、月、星辰、山、龍、華虫、宗彝、藻、火、粉米、黼、黻。その一つ一つの紋様は刺繍されているのではない。生えているのだ。まるで彼の肌に元からこれらの図柄が刻まれており、今まさに衣料を通して現れ出たかのようだった。

頭には冕冠べんかんを戴く。十二旒じゅうにりゅうが垂れ下がり、白玉の珠をつらねた旒串が彼の目を遮っている。その視線をあなたは見ることはできない。だが彼はあなたを見ることができる。どの玉の珠も回転している。十二の独立した目のように。

腰には剣を佩いていない。

なぜなら、もはや剣を必要としないからだ。

彼の右手は一巻の竹簡を握っている。左手には一支の筆を提げている。武器ではない。武器よりも恐ろしいものだ。

彼は立つ。

闘技場の中央。前回と同じ位置。しかし今回は、彼がそこに立ったとき、闘技場の地面全体が一寸沈み込んだ。錯覚ではない。五万人の足の裏がそれを感じた。何かが、天上から押し下げてくるかのように。

彼が口を開く。旒串は揺れない。しかし彼の声はそれぞれの玉の珠の隙間から漏れ出る。耳から伝わるのではない。骨へと直接注ぎ込まれる。


「寡人は——」

間がある。雲層の中を悶え滾る雷が通り過ぎた。

「——かつて、天は寡人の上にありと思っていた」

彼は竹簡を広げる。そこにはびっしりと文字が書かれていた。小篆。一つ一つの字が光を放っている。墨ではない。もっと深く、もっと暗い何かだ。

「その後、寡人は知った」

竹簡が彼の手から浮き上がり、虚空に懸かる。それらの文字が竹簡から剥がれ始める。一つ一つ、四方八方へと漂い出る。一つ一つの字が砂地に落ちるたび、砂地には穴が穿たれる。石壁に落ちれば、石壁には罅が入る。人の肌の上に落ちれば——それを許す者など誰もいない。

「天が寡人の上にあるのは——」


彼は筆を掲げる。筆先は空を指す。


雲層が裂けた。風に吹き散らされたのではない。一つの字によって切り裂かれたのだ。その字が筆先から飛び出し、雲層にぶつかり、雲層はまるで剣に斬り捨てられた敵のように、二つに割れ、その背後にある刺すような太陽を露わにした。

「——寡人がまだ書き上げていないからだ」


太陽の光柱が彼の身に降り注ぐ。冕服の十二章紋が同時に輝き出す。日月同輝。山龍斉鳴。

「今——」

彼は筆を振り下ろす。虚空中に字を書き記す。一筆。一画。その一筆一画が、まるで天に刻み込まれているかのようだ。

「——寡人は書き上げた」

五万人が顔を上げる。そして彼らは見た——天空に、一列の字が増えているのを。

秦。

たった一文字。

だがその字がすべての者の頭上に圧し掛かり、雲層全体よりも重い。

嬴政は筆を収める。冕旒が微かに揺れ、玉の珠のぶつかる音が編鐘のように響く。

「寡人は此処に在り」

「天は——寡人の下に在り」


**東側入場・織田信長**


東側の鉄格子は上がらなかった。


それは溶けた。


誰も炎を見なかった。だが鉄格子は中央から赤く変わり、柔らかくなり、何かに内部から焼き尽くされるように変質した。そしてそれは流れ落ちた。鉄の水が黄砂に注ぎ込み、ジュウという音を立て、白い蒸気が立ち上り、風に巻き散らされる。

蒸気の背後に、一本の影が立っていた。

痩せている。やはり痩せている。しかし今回は、その痩せ方は身体の痩せではない。炎の痩せだ。炎が最も烈しく燃えるとき、それは痩せる——光の輪郭だけが残る。


彼は歩み出た。


当世具足はまだ身に着けている。しかし甲片の隙間から、光が漏れている。反射する太陽光ではない。彼の身体の内部から外へと照らし出す光だ。暗紅色の。炭のように。溶岩のように。比叡山の余燼のように。

胸の剣痕はまだある。鎖骨から肋下まで、嬴政によって切り裂かれたその傷口。しかしそれは癒えていない。それは亀裂となった——甲片が割れ、皮膚が割れ、裂け目から内部が見える。血肉ではない。火だ。

南蛮胴に、一つのものが増えていた。


半截の断剣。


嬴政の半截の剣尖。信長が持ち去ったあの半截。今、それは南蛮胴の真ん中に嵌まっている。剣尖を下に、鍔を上にして。心臓の位置のように。青銅の剣尖は暗紅色の光の中で鈍い色合いを放っている。それは溶けなかった。溶けることを拒んだのだ。

腰には刀がない。脇差もない。鉄炮もない。

彼の両手は空いている。

しかし彼の影——その影の手には物が握られている。影の右手は刀を握っている。影の左手は鉄炮を握っている。影の腰には無数の武器が掛けられている。影は笑っている。口の開き方が、その顔よりも大きい。


彼は陽光の中へ歩み入る。影は足元に縮む。しかし誰もが見た——その影は彼について歩いているのではない。彼が影に従って歩いているのだ。

彼は立つ。

顔を上げる。西側の冕服を纏った巨人を。冕旒の奥にある十二の視線を。天空に浮かぶ巨大な「秦」の字を。


そして彼は笑った。

先ほどの笑いではない。狂気ではない。歓喜ではない。認可でもない。それらすべての笑いよりも軽く、そしてもっと重い笑い。

炎が笑うように。

「天」

嗄れた喉で、この字は焼けて変形した。

彼は右手を上げる。人差し指を伸ばす。指先に一筋の炎が踊る。赤くない。黒い。黒い炎が、その指先で静かに燃えている。

「我は比叡山を焼いた」


指先の黒い炎が一寸高く燃え上がる。

「石山本願寺も焼いた」

また一寸。

「本能寺も焼いた」

三寸目。黒い炎はすでに彼の右手全体を呑み込んでいる。

「我は自分をも焼いた」

彼はうつむき、自分の胸の裂け目を見る。その中でうごめく火光を見る。

「今——」


彼は顔を上げる。右手を頭上に掲げる。黒い炎が手のひらから広がり、空気中に一面の旗の形を描く。旗には何もない。ただ黒だけがある。純粋な、すべてを呑み込む黒。

「——お前の天を焼きに来た」

彼は一歩前に踏み出した。


背後にあった影はついてこなかった。影はまだ元の場所に立っていた。影の口はさらに大きく開かれている。

そして影は成長し始めた。地面から立ち上がる。二次元から三次元へ。影から実体へ。

二人目の織田信長。

三人目。

四人目。

無数の影が地面から立ち上がり、彼の背後に立つ。どの影も手には武器を握っている。刀。槍。鉄炮。弓。炎。どの影も笑っている。

信長は振り返らない。


彼は嬴政を見つめる。指先の黒い炎が先端に縮み、小さな火種となる。彼はその火種を胸の断剣に押し込む。


青銅の剣尖が震えた。

そしてそれは燃え始めた。黒い炎が剣尖から広がり、剣身を伝って下へ焼き進み、彼の胸の中へ、その裂け目へと焼き入る。裂け目の内側の暗紅色の光が黒い炎に呑み込まれる。彼の表情に苦痛はない。彼はひとたび目を閉じる。

開いたとき、瞳の中に二叢の黒い火が踊っていた。


「第六天魔王——」

彼の声が喉から絞り出される。嗄れて、滾る。一つ一つの字に火花が宿っている。

「——参上」


彼の背後に立つ影の軍団が一斉に武器を掲げる。音はない。しかし五万人は皆、聞いた——耳でではない。骨でだ。

それは炎の音だった。

比叡山の火の音。石山本願寺の火の音。本能寺の火の音。彼によって焼き尽くされたすべてのものが、再び燃え上がる直前に発する、最後の嘆息。

織田信長は顔を上げ、天空の巨大な「秦」の字を見る。

彼は手を伸ばし、虚空中に一文字書いた。

火。

黒い。

そして彼は笑った。

「お前の天——我が貰い受ける」


二つの字が激突した。


「秦」。黒い「火」。


天空の激突に音はなかった。しかし誰もが聞いた。耳ではない。骨が震えた。歯が軋んだ。五万の心臓が同じ瞬間にひとつ鼓動を飛ばした。


闘技場の地面は真ん中から裂けた。


一筋の亀裂が、西から東へ、闘技場全体を真っ二つに引き裂く。黄砂がその亀裂に流れ込む。逆流する瀑布のように。亀裂の深淵に闇はない。ただ光がある。暗紅色の光。大地の内臓が切り開かれたかのようだった。


嬴政は亀裂の西側に立つ。冕服の十二章紋が同時に輝き出す。日。月。星辰。それらが彼の衣裾から浮き上がり、背後に懸かって、一面の星図を織りなす。彼は星図の中央に立つ。星図に囲まれているのではない。星図が彼の周りを廻っているのだ。


信長は亀裂の東側に立つ。背後に立つ影の軍団が一斉に武器を掲げる。音はない。しかしその刀鋒の上で黒い炎が踊る。一軍全体の炎。信長は炎の中央に立つ。炎が彼を焼いているのではない。彼が炎を燃やしているのだ。


三十歩。その間は一筋の裂け目。


そして二人は同時に消えた。


速すぎた。


五万人の中で何が起こったかをはっきり見た者はいなかった。彼らはただ二つの光がぶつかるのを見ただけだ。一つは玄色。一つは黒。玄色と黒が裂け目の上空で衝突し、弾け、また衝突する。


三度目の衝突の後、ようやく二人の姿が再び現れた。


彼らは裂け目の真上にいた。


嬴政の筆が信長の喉を捉えている。信長の人差し指が嬴政の眉間を捉えている。筆先に凝っているのは一滴の墨。指先に踊っているのは一叢の火。墨は黒い。火も黒い。二つの黒が見つめ合う。


そして信長が笑った。


「お前は字を書く」


指先の火が嬴政の眉間へと走る。

「我は字を焼く」


炎が嬴政の眉間まであと一寸のところで止まった。止まりたかったからではない。嬴政の眉間の皮膚に、一つの字が浮かび上がったからだ——


**鎮**。


小篆。その筆画は鉄の如し。炎がぶつかるが、浪が岩に砕けるように、砕け散った。


嬴政の筆が前に送られる。その一滴の墨が筆先から離れ、信長の咽喉へと飛翔する。信長は顔をそらす。墨滴は彼の頸側をかすめて飛び去り、背後に立つ影の軍団の中へと落ちる。一つの影が墨滴を浴び、瞬時に黒い石に凝固し、そして粉々に砕け散った。


信長は振り返らない。彼の右手が腰から脇差を抜いた。短刀。刀身の上で黒い炎が踊る。彼は嬴政の胸を突く。心臓の位置ではない。心臓の上方三寸。そこは冕服の上で「日」の紋が在る位置だ。


嬴政は避けない。彼は左手を伸ばす。五指を広げる。掌を信長の刀先へと向ける。掌の中に一つの字が書かれている——


**止**。


刀先がその字を捉える。そして止まった。遮られたのではない。止まったのだ。その字が、この刀の在り方を再定義したかのように。刀は依然として刀だ。しかしもう前には進めない。「止」の字が、止まるべき時であると告げているからだ。


信長は虚空に止まった自分の刀を見る。彼は刀を収めない。柄を放した。そして彼の左手が腰からもう一本の刀を抜く。太刀。不動国行。刀身の上でも黒い炎が踊る。彼は横薙ぎに斬る。狙いは嬴政の腰脇。そこは冕服の上で「月」の紋が在る位置だ。


嬴政の右手はまだ筆を握っている。筆先が空中に一つの弧を描く。弧の落ちる先に、一つの字が現れる——


**断**。


刀を断つのではない。力を断つのだ。信長の太刀がその字に斬り込む。刀身の上の力が瞬時に消失した。刀が折れたのではない。「斬る」という動作が、その字によって終止されたのだ。刀は冕服の上に落ちる。まるで一枚の葉が石板の上に落ちるように。


信長の瞳の中で黒い炎が踊る。


彼の両手は空いた。二本の刀が虚空に止まっている。一本は「止」に。一本は「断」に。彼の両手は止まらない。


彼は拳を握る。


右拳が嬴政の胸に叩き込まれる。左拳が嬴政の面門に叩き込まれる。拳には炎がない。最も純粋な、肉体を極限まで鍛え上げた力だけがある。無数の刀を振るって鍛え上げた力。無数の弓を引いて鍛え上げた力。血の海から幾度も這い上がって鍛え上げた力。


嬴政の筆が空中に二点を打つ。


二つの字が同時に現れる——


**御**。


**守**。


信長の右拳が「御」にぶつかる。左拳が「守」にぶつかる。二つの字の筆画が同時に輝く。そしてそれらは砕けた。信長の拳は砕け散った字を突き抜け、さらに前に進む。右拳が嬴政の胸を打つ。左拳が嬴政の肩を打つ。


冕服の上の「日」の紋が陥没する。「月」の紋が砕ける。


嬴政が一歩後退した。


これが彼の初めての後退だった。


信長は追わない。その場に立ち、両手を収める。「止」められた脇差と「断」たれた太刀はまだ虚空に懸かっている。彼はそれを取りに行かない。ただ嬴政の胸と肩の陥没を見つめている。


「お前の字は」

彼の声はヤスリが鉄錆を削るように嗄れている。

「防げぬものもあるのだな」


嬴政はうつむく。自分の冕服に刻まれた二つの拳痕を見る。「日」の紋の陥没した箇所、玄色の衣料の下からわずかに血が滲み出ている。墨ではない。血だ。天仙の血。

彼は顔を上げる。冕旒の奥の十二の視線が同時に信長の身に注がれる。

「寡人の字は——」

彼の声はなおも平穏だ。しかしその平穏の中に、何かが一層加わっている。憤怒ではない。承認だ。

「確かに防げぬものがある」

彼は筆を収める。筆を腰に差し戻す。両手を空にする。五指を広げる。信長に向けて。

「だから寡人は——防がぬ」


彼は突進した。

初めて。この天仙は字を放棄した。規則を放棄した。「御」も「守」も「止」も「断」も放棄した。彼は最も原始的な方法で突進した。


拳。


彼の右拳が信長の面門を打つ。信長は側身する。拳風が彼の頬骨をかすめ、背後にある地面に三尺の深さの穴を穿つ。信長の右拳が同時に打ち出され、狙いは彼の胸の裂け目——鎖骨から肋下までの剣痕——である。嬴政は避けない。拳が裂け目を打つ。裂け目の内側の黒い炎が飛び散り、嬴政の手の甲に落ちる。炎が皮膚を焼く。嬴政は見ない。彼の左拳が信長の肋下を打つ。南蛮胴の甲片が陥没する。信長の身体が一寸歪む。


そして二人は同時に拳を打ち出す。


拳対拳。


右拳が右拳にぶつかる。骨節が骨節にぶつかる。嬴政の拳の面に「山」の字が浮かび上がる。信長の拳の面で黒い炎が踊る。「山」の字が炎を押さえ込み、炎が「山」の字を焼灼する。二人の手が共に震えている。力が足りないからではない。力が大きすぎるのだ。大きすぎて、二人の身体が共に耐えきれないほどに。


先に割れたのは地面だった。


彼らの足元の亀裂が拡大した。一筋の裂け目から一つの峡谷へ。黄砂が傾斜を流れ落ちる。しかし二人は虚空に懸かっている。彼らが飛んでいるのではない。彼らの力が互いをその場に釘付けにしているのだ。地面が耐えきれず、先に退いたのだ。


次に割れたのは空気だった。


彼らの拳が衝突した位置、空気に罅が入り始めた。幻覚ではない。確かな罅だ。氷の表面のひび割れのように、衝突点から四方八方へ広がっていく。罅の奥から光が漏れる。太陽光ではない。もっと深い、もっと古い光。混沌の光。


信長の瞳孔がその罅を映す。彼は突然大笑した。


「天が裂けた!」

彼の声が喉から炸裂する。嗄れて、滾る。一つ一つの字に火花が宿っている。

「お前の天が——裂けた!」


彼は右拳を収める。左拳を打ち出す。嬴政も同時に右拳を収める。左拳で迎え撃つ。左拳が左拳にぶつかる。また一片の空気が裂ける。罅が石壁へと広がる。石壁が剥落し始める。砕石が裂け目の奥の暗紅色の光の中へ落ちていく。地面に落ちる前に、灰と化した。


そして彼らは同時に拳を収め、同時に拳を打ち出す。今度は、二人はもはや互いに防御しない。嬴政の右拳が信長の左肩を打つ。信長の右拳が嬴政の右脇腹を打つ。南蛮胴の肩甲が砕ける。冕服の上の「星辰」の紋が炸裂する。そして二拳目。三拳目。四拳目。


彼らは向かい合って立っている。拳は互いの身体に嵐のように降り注ぐ。


甲片が飛び散る。衣料が砕ける。血痕が飛散する。


五万人がこの光景を見つめている。誰も呼吸をしようとしない。彼らが見ているのは二人が殴り合っている姿ではない。二つの山が衝突している姿だ。二つの世界が互いに碾き潰し合っている姿だ。


十七拳目、信長の笑みが凝固し始めた。


彼の力が尽きたからではない。彼が一つのことに気づいたからだ——嬴政の拳は、一拳ごとに重くなっている。彼が強くなったのではない。彼がもはや力を残さなくなったのだ。それまでの全ての応酬、あの字たち、あの規則たち、あの「御」や「守」や「止」や「断」——それらはすべて彼の試みであり、確認であり、目の前のこの男の分量を量るものだった。


今、彼は量り終えた。

彼は本気になり始めた。


二十三拳目。信長の右拳が嬴政の左手の掌に捉えられる。遮られたのではない。握られたのだ。五指が閉じられ、信長の拳を掌の中に包み込む。信長は拳を引き抜こうとする。引き抜けない。その手の力は——握力ではない。万里の長城の重みだ。驪山陵の封土だ。泰山封禅の祭壇だ。彼が築き上げたすべてのものが、この手に圧し掛かっている。


信長の左拳が嬴政の面門を打つ。嬴政の右手の掌が同時にそれを握る。


両方の拳が握られた。


信長は自分の両手がそのより大きな手の中に閉じ込められるのを見つめる。彼はもがかない。顔を上げる。嬴政の眼を見る。冕旒の奥で、十二の視線が同時に彼の身に注がれる。


「魔王よ」

嬴政が口を開く。声が旒串の玉の珠の間から漏れる。一つ一つの字が編鐘のように響く。

「寡人はお前を量り終えた」

彼の両手が力を込め始める。信長の拳骨が音を立てる。砕けるのではない。耐えているのだ。一つの山の重みに耐えているのだ。

「お前の火は、山を焼き、寺を焼き、自分を焼いた」

信長の拳骨がまた一つ音を立てる。

「しかし火が天を焼くことはない」

嬴政の両手が同時に力を込める。下へ押すのではない。左右へ開くのだ。信長の両腕が無理やり引き開けられる。胸が大きく開く。鎖骨から肋下までのあの剣痕と、その中に嵌まった半截の断剣が、完全に嬴政の眼前に晒される。

「天は焼くものではない」

嬴政の右手が信長の左拳を放す。五指を揃える。掌となる。掌を信長の胸へと向ける。

「天——は押すものだ」


掌が落ちる。


叩くのではない。押すのだ。まるで全天がその掌の内から傾け出されたかのようだ。掌縁が信長の胸の断剣の上に落ちる。


断剣が突き刺さる。


嬴政が刺したのではない。信長の身体が自らそれに迎え入れたのだ。その一掌の力があまりに大きすぎたからだ。大きすぎて、信長の身体が後ろへ倒れ、断剣が前へ突き刺さる。一進一退の間に、剣尖は南蛮胴を貫いた。胸骨を貫いた。その黒い炎の踊る心臓に突き刺さった。


信長の身体が止まった。


彼が止まったのではない。時間が止まったのだ。


五万人の呼吸が止まった。風が止まった。裂け目の奥の暗紅色の光が止まった。天空の巨大な「秦」の字と黒い「火」の字も止まった。すべてのすべてが止まった。


信長の胸の内の一叢の黒い炎だけが、なおも踊っている。


そして炎が収縮し始めた。


踊ることから揺らめきへ。揺らめきから顫えへ。顫えから静止へ。黒い炎が断剣の剣尖へと縮まり、その裂け目の中へと縮まり、信長の瞳孔の中へと縮まる。


彼はうつむく。胸に突き刺さった断剣を見る。半截の剣尖。秦の剣。嬴政の剣。彼が自らの手で砂の上から拾い上げ、己の胸に嵌め込んだ剣。

そして彼は顔を上げる。嬴政を見る。


彼の口が開かれた。笑いではない。血が口元から溢れ出ているのだ。黒い血。火花を宿した血。血が顎を伝い、裂け目の奥へと滴る。しかし彼はその口角をなおも上げた。


「やはり——」

声はまるで一片の葉が灰燼の上に落ちるように軽かった。

「——強い」


彼の身体が後ろへ倒れ始める。


影の軍団が同時に手を差し伸べる。無数の手が地面から立ち上がり、彼の背中を支えようとする。しかしそれらは支えきれない。彼の身体はそれらの影の手を、まるで水面を通過するかのように通り抜ける。影が砕ける。一つ、また一つと。黒い破片となって砕け、裂け目へと落ちる。


彼の身体は落ち続ける。


嬴政は彼が落ちるのを見つめる。そして彼は一つのことを行う。


彼は手を伸ばす。断剣の柄を握る。より深く刺すのではない。抜くのだ。


断剣が信長の胸から抜かれる。黒い炎が傷口から湧き出る。噴き出すのではない。流れ出るのだ。一条の黒い河のように、心臓の位置から流れ出、裂け目へと流れていく。信長の身体は最後の支えを失い、加速して落ちる。


しかし剣尖が胸を離れたその瞬間——彼の手が剣尖を握った。


嬴政の手ではない。信長の手だ。


彼の右手が上がり、断剣の剣尖を握った。青銅が掌に食い込む。黒い血が剣身を伝って流れ落ちる。彼は手を放さない。


彼は嬴政を見る。瞳の中の黒い炎はもう消えかけている。しかし瞳孔の奥には、まだ一点の光が残っている。炎ではない。何か、炎が焼き尽きた後に残るものだ。


「この剣は——」

彼が話すとき、黒い血が口元と胸の両方から同時に湧き出る。

「——お前に返す」


彼は手を放した。


断剣が完全に彼の胸を離れる。彼の身体は裂け目の奥へと落ちていく。暗紅色の光が彼を呑み込む。黒い炎が裂け目から吹き上がる。最後の一筋の波のように、裂け目の縁を打ち、そして消え去る。


何もかもがなくなった。


嬴政は虚空に懸かっている。右手に断剣を握っている。左手は空いている。冕服には無数の拳痕と血痕が刻まれている。「日」の紋は陥没し、「月」の紋は砕け、「星辰」の紋は炸裂し散った。十二章紋、その大半はすでに傷み朽ちている。


しかし彼は立っている。裂け目の上方に懸かって。冕旒の玉の珠が微かに揺れる。天空の「秦」の字は、なおもそこに圧し掛かっている。


彼はうつむき、手の中の断剣を見る。剣身にはまだ信長の血が付いている。黒い血。火花を宿した血。彼は断剣を目の高さに掲げる。黒い血が青銅の表面をゆっくりと流れ、一条のミクロの河のようである。


そしてその河が止まった。凝固したのではない。吸収されたのだ。黒い血が青銅の紋様の間へ、鉄炮の弾丸が穿った罅の中へと染み込んでいく。罅は癒えない。しかし黒い血がそれを満たした。金継ぎのように。壊れたものを別の材料で再び接着するように。


嬴政はその黒い血で満たされた罅を長い間見つめていた。

そして彼はそれを腰に差し戻した。あの筆と、あの竹簡と共に。

彼は顔を上げる。天空の「秦」の字はなおもそこに圧し掛かっている。しかしその隣に、一つのものが増えていた。

あの黒い「火」の字は、消えていなかった。それは「秦」の字の右側に漂い、「秦」より一回り小さい。しかしその筆画はまだ燃えている。黒い炎が、静かに燃えている。

嬴政はその「火」の字を見る。手を出して消し去ろうとはしない。

彼は背を向ける。冕服の衣裾が空気を掃う。裂け目が彼の背後でゆっくりと閉じていく。癒えるのではない。閉じるのだ。傷痕のように。地面が再び暗紅色の光を覆い隠す。黄砂が静まる。すべてが元の状態に戻る。


ただ天空の二つの字だけが、なおもそこに懸かっている。

「秦」。黒い「火」。

並んで。

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