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 今日は色々あった。ようやく学校が終わったと思ったら、よく分からない女の子を拾ってしまった。今日だけ泊めるだけだから、明日からはダラダラと生活しよう。

 夕飯の後は順番にシャワーを浴びて、そのまま寝る運びとなった。クラネは自分が着ていたそのままの衣装で寝てもらうのも悪いので、俺のジャージを貸してあげた。

 座布団と、テーブルを玄関の方に移動させてから、予備の布団を敷いた。


「ラクルはベッド使っていいよ。俺はこっちで寝るから」

「私こっちでいいよ」


 クラネが布団の方を指さす。

 意外だ。もっと図々しいと思っていたが。


「あ、そう、じゃあ、ベッド使うわ。」

「ユネル、疲れてるでしょ? ゆっくり休んでね」


 ばれてたか。まぁ実際もう限界だし、助かる。


「ああ、うん、ありがとね。おやすみ」


 電気を消して、ベッドに横になると、すぐに意識が薄くなっていった。



 

 気がつくと、まず暑さを感じた。蝉達がその短いシャバを謳歌しようと懸命に鳴いている。次に熱さを感じて、反射的に飛び上がる。どうやらアスファルトに倒れていたらしい。

 あれ? ここは何処だ?

 辺りを見渡すと、見覚えがあった。 

 うちの高校だ。季節は夏っぽい。太陽の位置からみて正午を過ぎた辺りだろう。生徒はまばらに学校に入ったり出たりしている様子が窺える。夏休み中だろうか? 

 うちの学校はお盆が過ぎたらすぐ、夏休みが終わる。ここら辺一帯は盆地であり、日照時間が少ないので、一日の授業数が少ない。その為、他の地域と授業時間を合わせる為に登校日数が増え、その分夏休みが削られるという訳だ。だから今は最低でもお盆前ということになるのか。

 グラウンドの方で色んな声がする。試合をしていた。二種類のユニフォームがみえる。右手にボールを持ったピッチャーが、ワインドアップからスリークォーター気味のフォームでボールを投げると、左バッターボックスに入っているバッターがスイングをした。キンッ! という甲高い音とともにボールはセンター方向に遠くまで飛んでいき、簡易的に設けられたフェンスを越えた。ホームランだ。三塁ベンチは盛り上がっている。一塁ベンチのほうからは「切り替えろー!」や「ドンマイ! ドンマイ!」など、ホームランを打たれたピッチャーに対する励ましの声が聴こえてきた。

 この光景には見覚えがある。これって……

 ホームランを打たれた後、そのピッチャーは調子を崩したのか、次の右バッターに対しては四球、その次の左バッターには死球を与えてしまった。


「おい! ユネル! しっかり投げんかい!!」


 一塁ベンチの方から監督らしき人物が怒号を放つ。

 自分の名前を呼ばれて、遠くから見ている俺まで驚いてしまった。あの監督らしき人物、降旗ふりはた先生の声は少しかすれた低い声でとても迫力がある。

 ああ、間違いない、これはあの時の試合か。

 今すぐここから逃げ出したい。足に力を入れようとするが、なぜがビクともしなかった。

 ピッチャーは次の右バッターにもボールを投げ続ける。心なしか球威が落ちているように見えた。バッターが投じた四球目をバッターは見事に捉え、ボールは右中間に飛び、ボールを処理する間に二人のランナーが生還した。打者走者は二塁まで進んだ。

 ここで、降旗監督がピッチャー交代を審判に告げた。ライト側のファールゾーンにあるブルペンで肩を作っていた控えのピッチャーがマウンドに向かう。控えピッチャーはそれまで投げていた彼からボールを譲り受け、称えるように彼の左肩を軽く叩いた。マウンドを降りた彼は走ってベンチに下がっていった。急いで投球練習をしてから、すぐに試合が再開された。

 

 確かこの試合のあとから、俺は練習に行かなくなった。降旗先生に呼ばれ、話をした。練習に来なくなった理由を訊かれた。

 この人はとても良い先生だと思う。練習中は厳しいが、その指導はとても的確で、野球をよく知っている勝負強い監督だ。練習外では親身になって生徒の相談にも乗ってくれる、多分恩師と呼べるような人だったと思う。

 そんな降旗先生の期待を、俺は、裏切ってしまった。

 やる気がなくなったと答えた。降旗先生は納得してくれなかった。それでも勉強に専念したいとか、他の部活に興味ができたとか、適当な嘘を並べた。熱意が伝わったのか、最終的に先生は休部という形で了承してくれた。

 本当は違う。もっと別の理由があった。それが苦しめた。辛かった。俺はそれから逃げてしまった。うちの部は人数が少なかった。だからこそ、みんなで一緒に辛い練習を乗り越えていこう、って誓い合っていたのに、俺だけ逃げてしまった。父さんのために、どうしても、高校野球まではやりたかった。全力プレーをする自分の姿を見せてあげたかった。別にプロのスカウトの目に留まる程上手かった訳ではない。でも、俺は周りの奴より速いボールが投げられた。それでピッチャーをやった。周りの期待は上がっていった。自分はそれに応えたかった。でも、ダメだった。自分は強くなかった。弱かった。だから逃げて、逃げて、逃ゲテ、ニゲテ、

 ゲンジツカラメヲソムケテイル!!!

 俺ではない声が自分の耳に響いた。俺の身体が全く動かない。得体の知れない黒が俺を侵食してきた。

 一瞬だけ怯えるが、すぐに考え直す。

 ああ、このまま俺を亡きものにしてくれるのなら、それでもいい。もうここに俺の存在価値はないのだから。

 侵食が進行する。足から腰へ、胸へ、身体がどんどん黒く染まっていく。

 コノママラクニナレ 

 凄く甘い囁きだった。底の見えない心地よさが襲ってきた。ここに委ねてしまったら、もう、俺でいられなくなる気がした。

 黒が首を経て、顔まで覆い始めた。もうすぐ終わる。

 さよなら。 


「ダメーーーーーっ!!!!」

 

 上の方から声が聴こえた。その方向に目を向けると、上空から何かが降って来るのが分かった。それは急降下してくる。あれは、ラクル? 何でこんなところに?

 そしてラクルは俺と衝突した。否、ラクルの右手が俺の心臓を貫いた。痛みはない。その代わり、先程までの黒がどんどん剥がれ落ちていった。これは、助かってしまったのか?


「お、おい、ラクル。これは」

「話は後だよ!!」


 ラクルは俺の方を見てはいなかった。俺のジャージではなく、自分自身の服を着ていたラクルは、俺から剥がれ落ちた黒が一つの方向に集まっていく先を見つめていた。 

 やがて黒がどんどん一つの大きな塊となった。次に黒い塊が形を成していく。

 それは黒いコートを着た人型のような形となった。顔は動物と昆虫を足して割ったようだった。


「モウスコシデ、カンゼンニノットレテイタモノヲ」


 怪物が声を発する。それは先程脳内に響いた音と同じだった。


「だめっ! ユネルはわたさないよ!」

「ダガ、ソイツハノットラレルコトヲウケイレテイタヨウダゾ」


 そう言って怪物は俺の方を見る。


「ちがう! それはあなたがユネルの弱い心につけこんで、意志を支配していったからだよ!!」

「ワレハタダ、ヤツノヨワキココロヲスクッテヤッタマデ」

「馬鹿言わないで!!あなた達はそうやって人間を食べるんでしょ?」


 人間を食べる? 俺は食べられるのか?


「シカタナイ、テアラナマネハスキデハナイガ」


 そう言うと、怪物は俺の方に一直線に向かってきた、野球経験のある俺でも見えない程の速さ。身構える事しか出来なかった。

 しかし、その悪魔の攻撃は俺のもとに届くことはなかった。

 銃声の音が響いた。それはラクルによるものだった。悪魔を撃ったらしい。 

 ラクルが持つ銃は、詳しくないので上手く言えないが、銀色でリボルバー式の銃ということだけは分かった。

 怪物は苦悶の表情を浮かべていた。あの銃を危険だと判断したのか距離をとった。


「フカク、ワレガコウゲキヲウケルトハ。スコシホンキヲダスヒツヨウガアルカ」


 怪物の黒い塊がさらに大きく黒くなっていく。体長は二・五メートル程にまで進化した。

 流石にヤバい。さっきより強いとなると、いくらラクルだからといって倒せないのでは?

 そう不安がよぎり、ラクルを見ると、ラクルは目を閉じて全く動いていなかった。

 あれは、確か確率を操作するときにやっていた…… 

 やがて、目を開けたラクルはようやく変型した怪物へと対峙する。 


「もう、あなたは死ぬよ。そう決定したから」

「ナニヲバカナコトヲ。ヤレルモノナラヤッテミロ。イッテオクガサッキノワレヨリモ、カナリツヨクナッテイルゾ」

「そう、じゃあ、ね」


 ラクルは怪物に銃口を向けると、引き金を引いた。確かに引くところを見た。しかし弾丸は見えなかった。そのくらい速かったという訳ではなく、文字通り弾丸が銃口から飛び出るところが確認できなかった。そもそも銃声が全く聞こえなかった。

 しかし、怪物は今、消滅しようとしている。怪物を構成する黒い塊の内、球の形をした核らしきものが貫かれ、割れていた。「バカナ、コンナコトニ、ナル、ト、ハ」と言い残し、やがて怪物は霧消してしまった。

 俺はラクルの元へ駆け寄る。ラクルは思いの外疲れているように見えた。 


「助けてくれて、ありがとう」


 とりあえず感謝から述べた。


「ばか! もう少し来るのが遅ければあいつに食べられてたんだからね?」


 クラネの顔は凄く真剣な表情だ。


「うん、クラネが来てくれなきゃ死んでた」

「もう! だいたいユネルはあの怪物に気を許すなんて、甘すぎるよ!」


 責められているのに、何故か嬉しく感じてしまう。俺はMに目覚めてしまったようだ。


「ごめん」

「よし! ゆるす!」

 

 あっさりと許されてしまった。これでいいのだろうか?

 その後、「そういえば」と言おうとした時、突然引き戻される感覚に陥った。また意識が遠のいていった。


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