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ラクル

 気がつくと、そこは自分の家だった。良かった。戻ってこれた。視界にはラクルがいた。


「よく眠れた?」


 ラクルはベッドで寝ている俺を眺めているのか。 


「あぁ、久しぶりに気持ちいいよ」


 俺は起き上がると、自分の身体を確かめた。身体が軽い。

 ベッドから出て顔を洗ってから朝食をとることにした。とはいえ、冷蔵庫には卵一つと飲み物しかなかった。コーンフレークに牛乳かけて食べることにした。

 

 軽めの朝食をとったあと、今回のことについて色々訊いた。

 ラクルはもともとあの怪物を倒すために来たハンターらしい。


「最初からそう言ってくれればよかったのに」

「それだとユネルの中に潜む怪物を警戒させちゃうでしょ」


 怪物がこの世界に来たことに気づきラクルもやってきたのだという。俺の中に潜んでいることを感知したラクルは、俺に接触しようと考えてああいう行動とったのだとか。

 ラクルが最後に怪物を消滅させたのは、やはり確率の操作だと言っていた。確実にクリティカルヒットになる事象を未確定の未来から持ってきたらしい。その確率はそこまで低いものではなかったらしい。


「ユネルにとり憑いていた怪物は完全に消滅したよ」


 そういえばあれって確かに俺の夢の中だったよな? どうやってラクルは入ってきたんだ?


「あれはね、怪物がユネルの過去の記憶から辛い出来事を夢を介してを呼び起こさせたものだよ。だから、夢の中というよりも、怪物が作った仮想空間の方が近いよ。だからわたしも干渉できたんだ」


 疑問に思っていたことをラクルがあらかじめ答えてくれた。

 あれ? 俺、言葉に出したっけ?


「それはね、私がユネルに干渉したからだよ。そのお陰でユネルの思ってることが分かっちゃうんだ!」


 それって、俺の思ってることが筒抜けになるってことか?


「そうだよ」


 マジ勘弁してください。恥ずかし過ぎる。


「それに」


 クラネは俺を抱き寄せた。


「今ならわかるよ。ユネルがどうしてあの怪物につけこまれてしまったのか。大丈夫。私がついてるから。全部受け止めてあげる。また怪物に侵食されないように、ユネルの心を支えてあげる。だから」


 クラネは俺の耳元で囁いた。

 それは魔法の言葉。自分でも知らなかった開錠のための呪文。ずっと待っていたのかもしれない。誰かが開いてくれることを。いつからか忘れてしまった。そもそも憶えてもいなかったもしれない。でもそんなもの誰からも教えてもらったことなどなかった。義務教育にもなかった。知らないのも当然だと自分を慰める。

 しかし開けられてしまった。それは半ば強引に。まるでチートを使ってラスボスを倒してしまうかのように。不正だとか、ずるいだとか、文句を言いたくなってしまう。こっちは城を作ってダンジョンを作って迷宮を作って相手を必死に遠ざけていたのに。それをいとも容易く吹き飛ばされてしまった。

 枷が外れた。

 全てが溢れる。


 俺の父は高校野球の審判をやっていた。仕事の傍らほとんどボランティアでやる高校野球の審判だが、県大会の決勝の舞台で主審を務める姿は、とても誇らしかった。甲子園で審判をしたこともある。

 そんな父を持つ俺は小さい頃から野球をやらされた。その事に疑問を持つことはなかった。俺の中で「やりたい」とか「やりたくない」とか、そういう次元ではなく、「既にやっているもの」、「やることが前提となっているもの」など、そういった認識になっていた。

 高校生になってからもそれは変わらず、野球部に入った。ポジションはピッチャー。これは誰にも譲りたくなかった。必死に練習をした。一年生ながら、夏の大会にベンチ入りさせてもらえた。しかし、長くは続かなかった。俺は怪我をしていた。肩が痛かった。ボールを投げる度に、肩がとれそうな痛みに襲われた。病院に行ったら神経が断裂していると診断された。治すには手術が必要になるとも言われた。そんなことまでする必要がないと思ってしまった。何故ここまで野球をやっているか、分からなくなったから。そもそも俺は野球をやりたいと自発的に思っていなかった。そこから、俺の中で糸が切れてしまった。試合で打たれることが多くなった。練習にも身が入らなくなってしまった。そんな奴が部にいてもみんなの足を引っ張るだけだと思った。みんなが必死に練習している中、自分だけこんな中途半端な気持ちにしかなれないことが辛くなった。だが、退部を決断出来なかった。それは「やりたい」と思ってないことと同時に、「やりたくない」とも思っていなかったから。そもそも、俺の中に「辞める」という選択肢はなかった。だから、休むという逃げになった。


「本当はもっとやりようがあったと思う。例えばマネージャーに転向するとか、何だったら左で投げるとか」


 かの有名な野球漫画みたいに。


「だけど、俺は逃げたんだよ、現実から目を背けたくて逃げたんだよ!!」


 ラクルは俺の話を黙って聞いてくれている。


「それで全てを忘れられる性格なら良かった。でも、俺は出来なかった。野球をやる理由が父のためという奴なんだよ。物事の動機が誰かのためになってしまうんだ。誰かに失望されないように、誰かの思う俺という像を壊さないようにでしか行動できないんだ」

 

 一旦ダムの堤防が崩れると止まらない。膨大な淀んだ水が溢れてくる。


「もっと相談すれば良かったんだ。先生とか、仲間とか、友達とか、そうすればもっと違った選択ができたかもしれない」


 あの時、先生に対して嘘をついた自分を思い出す。


「でも、出来なかった。だって怖いじゃん。自分の本当の気持ちを話すのって。自分の思いを完璧に理解してくれる他人なんて、いないんだし。どんな反応されるかなって考えると喉から言葉が出なくなってしまうんだよ」


 へんなプライドとか、見栄とか、そんなものがあるから。


「ダメなところも、どうすべきかも理解していた。なのに出来なかった。これは自分が弱いからなんじゃないの?あと一歩踏み出せば変われるのに、その一歩が踏み出せないのは俺に勇気がないからじゃないの?」


 とうとう涙までこぼれてきた。本当にカッコ悪い。


「結局、俺が悪いってことだよ。なにもかも全部一人で完結していて、一人でやろうとして、一人で勝手に誤爆する。最終的に一人ぼっちで死んでいく、そんな奴なんだよ」


 ラクルは最後まで無言を貫いた。


「私はね、本当はこのために来たんだよ。ユネルの理解者となるためにここまできたの。ユネルに一人じゃないって教えたかったの。この世界に自分を理解してくれる人が一人も居なくて寂しくても、異世界のどこかになら一人くらいいるよ、って事伝えたかたったの」

 

 そんなことを言うラクルは、少し照れていた。

 ラクルの暖かさが自分の中に染み込んでくる。

 こんなのやっぱりずるい。反則だ。チートだ。でも。

 こんなことでもされなければ俺はずっと変わらないままだったのかもしれない。最初から前提をぶち壊してくれるような、そんな異世界の存在を。


 ラクルはもう少しここにいるらしい。この世界にあいつらがやってきたということは、これからもどんどん増えるかもしれないと言っていた。

 俺はラクルに協力していきたいと思った。あんな奴らに侵略されてたまるかというのもあるが、なにより俺の本質は変わらない。誰かの為にでしか行動を起こせない。だから誰かに頼られたいし、助けられる人がいるなら助け出したい。

 ラクルはうちに住んでもらうことにした。ラクルの目的もはっきりしたことだし、他に寝床をわざわざ探して回るのも面倒だろうし。別に、もうラクルがいないと寂しいとかそういう訳ではない。断じて違う。というか、これもラクルにバレてるのか?

 ラクルはにんまりしていた。

 くそぉぉぉぉ。全部お見通しなんてやっぱりずるい。


「でもユネルは表情だけでも大体何考えてるか想像つくから、あんまり変わらないよ」


 ポーカーフェイスの得能ってどうやったら取得できるんですか?


「でも、これで同棲だね!!」

「違う! いいか? クラネはあくまで居候。だからよ、余計なことはするなよ?」

「わかったよ!!」

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