出会い
本屋を出た後は何処にも寄らず家に帰った。また知人にばったり会ってしまうかもと思うと何処にもよる気になれなかった。今日は早く帰って寝たい、そんな気分だった。
俺は現在一人暮らしをしている。母に相談をしたら、案外あっさりと話が決まってしまった。駅まで徒歩十分程度、学校まで自転車で坂を考慮して十五分位の立地、八畳一Kの部屋で高校生には十分すぎると思う。
そんな自分の家が見えてきたとき、非日常が突然襲ってきた。
アパートの前の通りに女の子がうつ伏せで倒れていた。色素が抜けた長い髪と何かのコスプレみたいな青を基調とした独特の衣装が印象的だ。まわりにはその子以外誰もいない。最初は冴えないおじさんが寂しさのあまり家に招いてしまうダッチなワイフかと思った。
しかし近づくにつれその様子が詳細に分かるようになってきて、理解した。
生きてる!? それに息が凄く荒い!
ヤバい! ヤバい!! こういう時は救急車か? やっぱ警察の方がいいかな? というか、なにかと今日はイベントが多い。こっちは早く寝たいのだが。
と、俺がどうしようか迷っているとその当事者の方から声がした。
「あ、あぁ~、助けて~、たすけてぇぇええ~」
わっかりました、救急車のほうですね? 早とちりしなくて良かった。こんなところで死なれても困る。
「あ、はい! 今救急車呼びますので」
「キュウキュウシャ? それは何?」
は? 救急車を知らない人なんているのか?
「えっと救急車っていうのは、人が倒れたりしたときに病院に緊急で搬送する時に要請する車で」
「あ~なんとなく解った。要するにERってこと?」
なんで救急車は知らないのにERは知ってるんだよ。
「ま~そんな感じかな?」
「ERはやめて~」
「とはいっても……」
そもそもなんで倒れてるんだ? さっきまでの激しい動悸はどうした? 会話してみたら、全然元気そうなのだが。
「ねぇ~、喉渇いた。飲み物ある?」
急に現実感ある会話をふられた。
「ごめん、今ないけど」
「え~、もう死にそうだよぉ」
死にそうな感じは全くしない。
「とは言ってもね、無いものは無いし」
「のーみーもーのー」
女の子は図々しい程に懇願してくる。
「グスッ、このままだとひからびちゃうよ~。えーーーん」
面倒くさい。
「あー、分かった。うちに飲み物あるからそれでいいか?」
「飲み物くれるの? やたーっ!!」
と元気に言いながら急に立ち上がりやがった。
えっ? さっきまで倒れてたのってマジで演技だったんですか?
「あの、大丈夫なの?」
「なにが?」
「いや、いままで倒れてたじゃん」
「あれは、こうして助けてくれる優しい人を待っていただけだよっ!」
成る程。それに俺はまんまと釣られた訳か。
「もし悪い人だったらどうするんだ?」
「そんなの一目みれば見れば判るよ、その人がいい人かどうかなんて」
そういうことだと、俺はいい人という判断をされたということか。それだけで人の全てを見通したつもりになっているのか?
「俺が悪いことするかもしれないじゃないか」
「どんなことするの?」
そりゃあ、えっと、まず、なんとなく、いい雰囲気にしたところで、電気を消して、それで、とりあえ
ず、キスからだよな? それで、えっと、そのあとはどうすればいいんだ?
AVとかで予習すべきだったぁ~。英治から借りとくべきだった。「お、俺は別に興味ないし」とか言って断るんじゃなかった。
そんな妄想している俺を見かねて、
「みにくい顔してるよ」
翡翠色の目は凄く冷めている。
「ゴ、ゴメンナサイ!」
「ふふっ、ね、君は悪い人じゃないでしょ?童貞だけど」
一言余計過ぎる。だいたいまだ十六だぞ、捨てられる訳ないだ、ろ?
「……うち、そこだから」
倒れている名演技を俺に見せつけてくれた、この女の子を俺の家まで案内する。とはいえ、階段を上ってすぐなので、これが案内の範疇に入るのかはわからない。
「おじゃましまーす」
「おう」
俺の部屋はよく言えば片付いている。ベッドとテレビ、ローテーブルが置かれている。床には全体に落ち着いた雰囲気の絨毯が敷かれている。悪く言えばこれと言って面白いものがある訳ではない、まぁ、つまんない部屋だと思う。
「今用意するから、適当なとこ座ってて」
「はーい」
女の子は行儀よく座布団に座ってくれた。
良かった、正直何しでかすかわからなかったから。
冷蔵庫にはペットボトルのお茶と牛乳、それにリンゴジュースがストックされていた。俺はその中からお茶を選択。二百mlほどのグラスに注ぎ、持っていく。
「はい、お茶」
手渡しすると、嬉しそうに受け取り、
「ありがとう!」
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、
「プハァー、おかわり!」
良い飲みっぷりからのおかわり。まぁ一杯だけじゃ流石にね。
「わかった、同じのでいい?」
「ちがうのがいい、牛乳」
何故牛乳があると知っている?
それから牛乳→牛乳→お茶→牛乳→お茶をこなしたところで、ようやく満足してくれたらしい。ペットボトルのお茶は尽きてしまった。
さっきは冗談かと思っていたが、この子は本当に喉が渇いて死にそうだったのもしれない。
「さて、落ち着いたところで」
「そうだね」
「とりあえず、名前は?」
「ラクルだよ」
とりあえず日本人ではないようだ。しかしそれにしてはずいぶんと流暢だ。
「なんでうちの前にいたんだ?」
「たまたま」
たまたまあそこに倒れてスタンバイしていたのか?
「どこからきた?」
「うーん、異世界?」
は? 異世界? いくら俺がラノベを読むようになったからといって、言って良いことと悪いことがあると思うんだ。
「いや、あの、どこからきたんだ?」
「あー、異世界じゃよく分かんなかった? え~っと、未来?」
は? 未来? こいつふざけてるのか?
「どこからきた?」
少し言葉荒めに言ってみる。
「えー? どうすれば伝わるかな? あ、ある意味神様かも」
もはや、意味が分からない。
「真面目に答えてくれる?」
「こたえてるよーっ!! なんで信じてくれないのー???」
無理がある、何を信じればいいんだ?
「いや、信じろといわれても」
「もうこうなったら使うしかないね!!!」
「いや、止めてください」
「えっ? 止めるのはやくない?」
もうこれ以上変なことしないで欲しい。
「あー、それじゃあ、なんでここに来たんだ?」
埒が明かなそうなので、質問の内容を変えることにした。
「ひみつ」
意味はなかった。
「分かった。もう警察呼ぶわ」
スマホを取り出し、電話をかけようとする。
「あー待って、待って、他の人呼んでほしくないの」
ラクルは慌ててそれを止めにきた。
「なんで?」
「あのー、ここに少しの間住まわせてもらえませんか?」
「はい?」
話が分からない。何故そうなる?
「うちに? 住みたい?」
「うん。出来るだけ迷惑かけないようにするから」
分かった。誰かを呼んでほしくないってことは、つまり、
「家出ってこと?」
ラクルは少し考える素振りをみせた。
図星かな?
「あー、うん、そう! 異世界から」
それはそれでなんで異世界で家出して、こっちの世界に来ちゃうんですか? そのまま異世界の中のどこかに行けば良いだろ。
「まぁ、一応分かった。でも、うーん、流石に泊めるのはちょっと」
「ダメ?」
ラクルが俺の方にすり寄ってきて、目をうるうるさせながら上目使いでこっちを覗いてくる。
ふん、そんなのさっきのこだまに比べれば全然刺さらない。耐性があるのさ。
「うん」
「なんで?」
「ラクル、そもそもお金持ってる?」
「この世界の? 持ってないよ」
「だからだよ」
「ここに住めば済むもん」
未来から来た割には意外と馬鹿じゃねーか。
「住むにしても生活費が余計にかかるだろ? 俺はまだ高校生だから、親に養って貰ってる身だし、自分でお金を稼いでいない。そうなると親に説明するしかないだろ?異世界人だか未来人だか神様だか素性もよく分からない奴と一緒に暮らしたいから、もう少し毎月のお金を多くして欲しいって言うのか?」
「うー、じゃあ、」
「働くから」と言われてしまったら、こちらとしても分が悪いので、ラクルの言葉を遮って更にたたみかける。
「そもそもうちじゃなくてもいいだろ? それこそ本当にいい人のことを頼れよ。分かるんだろ? 一目見て」
俺はいい人ではない。ラクルの目利きは間違っていたようだ。
もし今日でなかったら、もしかしたらどうにかしてあげたかもしれない。でもこの女をここに置いておくのは凄く不味い気がした。
「それは、」
「分かったか? うちに住むのは無理だ。分かったんなら他をあたりな」
もうこれ以上は言うこともないと思い、立ち上がったところで、ラクルは素早く足を正座にして頭を下げてきた。
え? 土下座? ずいぶんと日本らしい。
「あの、今日だけでいいから泊めくれませんか?」
窓から外を見るともう暗くなっていた。まぁ、流石に今から外に摘まみ出すのもかわいそうか。
「……分かった。今日だけな」
「ほんと!? ありがとっ!!」
そう言ってそのまま俺に抱きついてきた。ちょ、あたってる。あと良い匂い。
「あ、そういえば」
抱きつきを解除してくれた。危ないところだった。
「君の名前は?」
「あ、言ってなかったな。俺は由音流、両角由音流だ。」
「ユネル、ユネル、ユネル♪」
「どうしたんだ?」
「良い名前だね♪」
「そうか?よく女の子っぽいって言われるけど」
「ちなみにユネルってこっちの言葉だと『男の子同士で〇ックス』って意味だよ♪」
おいおい、マジかよ。よかったぁ~、異世界に転生されなくて。絶対いじめられる自信あるわ。
ていうかラクルはなんでそれを知ってて褒めたんだ?
「そうか。うん、知らない方が幸せなことってあるよね」
なんか一気に疲れがやってきた。




