翠の剣士
「冒険者の・・・でもそれは」
元より他人の迷惑になりたくない私だ。
サポーターというのがどんな立ち位置にあるとしても私では足手まといになるだろう。
よしんば最初は同じくらいの力をもっている者だとしても軽い速度で置いていかれる自信がある、経験上。
「その方は一人で冒険者をされている御方でして、実力は折り紙付きです」
「私が、逆に手折りたくなるほどに実力がないのですが」
そう告げるが彼女は何故か胸を張って自慢げな顔をして語り始める。
「戦闘についてはその方は強く、そして凄まじい剣士。元より一人身の彼は何であろうと敗北などあり得ないでしょう。そして例えエリス様が戦闘に加わる事がなくても、もし戦闘に巻き込まれたとしても彼の者ならば何も問題とされません」
「そんな人に私はいらないのでは?」
「鎧を着こむ彼では、どうしても行い難い行動もあります。例えば雑事、篝火を灯す事から、食事の用意、戦利品の回収など出来なくはないがやり辛い事も多々ある事でしょう、もしもの行動の為に鎧を常とする者であれば幾度もその行為のやり辛さは体感するものです」
たしかに全身鎧などを着込み、ガシャガシャと金属の鎧を擦らせながら歩いている人を見た事がある。
私ならば一歩も歩けそうにないそんな姿の者達もやはり重いのには変わりがなかったのだろうか。
「サポーター、つまり補助役はそういった彼にはやり難い行動を、彼に変わり行う者の事です。そこには戦闘行為の得意不得意など必要とせず、言わば信頼できる者であればそれこそF級でも可能な事でございます」
「うーん・・・」
「・・・一人で動くという事は、強い者ですら難しい行為なのです・・・ご理解を」
つまり彼女は私に一人で動いてほしくない、という事なのだろう。
結局ここでも私は冒険者エリスには戻れなかったか。
昔は銀色の髪を見ても誰にも何も思われなかったのに最近はどうにも反応される事が多い、運が悪いのか今までが良かったのか。
いや、もしかすると泥を被っていたから銀色に思われなかった・・・なんて事はないか、さすがの私も一日中泥だらけではないのだし。
・・・一月ちょっとしか経ってないはずなのに、とても遠い過去のように感じる。
そんな過去の事を思い出すと昨日別れたティットの事も思い出した。
寂しい気持ちか、それとも馬車の間の楽しさの所為か、一人じゃなくなるのではという事に少し、興味が出てしまう。
「その人が、拒否しないのなら私は構いません」
「そうですか!それは良かった、実はもうこちらに向かわれてまして!あ、いえいえ遺跡の為に来るのですよ?ですがほら、なんと言いますか、サポーターが必要という話になっているのです、ええ、そういう事でして今日の夕刻にはこちらにいらっしゃるはずですので、この依頼をこなしていただければ直ぐでございますよ!」
前のめりに興奮したかのように喋りだす彼女の声は意外と小さい、たしかに誰かに聞かれる事はないだろうけども、その振りは大きく他者の視線が背中に刺さるのを感じてしまう。
「と、とりあえず依頼をこなすという事で!そうですね、自警団へ・・・は、この頭巾で大分怪しまれそうだし、巡回してたらその自警団に捕まりそうだし・・・」
正直出来る仕事は掃除くらいなものだった。
「そうですね、組合の中は絶対とは言えませんが安全な空間です、私も賛同致しますわ。さて仕事の話をさせて頂きますね」
そう言うと残り二つの依頼表をサッと手繰り寄せて再度見る間もなく片づけてしまった。
最初からこの組合の掃除を選択されるつもりだったのでは、と勘繰りたくなるほどにイネスの動きは流麗で素早かった。
組合の掃除、というからには床から窓から布拭きを行うのかと思っていたが、どうやらそういう物ではないようだ。
なんだか良くわからない先の広がった筒状の物を渡され、それで掃除を行うとのことだ。
魔術師の杖にしては太すぎる胴と謎の膨らみをもったソージ・キーなる道具はそれの広がった頭を床に擦りつけるだけで塵埃を払う事ができるらしい、塵取りすらいらないそうだ。
本当にこれで大丈夫なのか?少々不安になるが依頼内容に文句をいうのは冒険者として間違っているだろう、依頼を受けたからにはどんな結果であれ依頼主の意向に沿う必要があるのだ。
なにか風でも流れてるかのような変な音を立てるその魔術具で床を走らせているだけの簡単なお仕事、正直さすがの私でも余裕で出来る。
というより子供でも出来るだろう、結果が伴うかはわからないが。
こんなものを床につけたとこで綺麗になるとは到底おもえない、これならまだ箒と濡れ布で床を磨いた方が綺麗になるんじゃないのかと思えて仕方がない。
そう思うのが組合の中はとても清潔で、埃もそれほど落ちてはいない。それがこれのお陰だとすれば箒や布拭きより綺麗になるかはわからないが、掃除が簡単ではあるかもしれない。
そんな事を思いながら掃除を続ける。
右から左へ、前に進ませて後ろに退かせて・・・あれ、ちょっと楽しくなってきた。
箒で掃くと意外と力加減というか速度制限というか、結構その掃き方にコツのような剣の型のようなものが必要になってくるけどこれはそれほど難しくないようだ。
こんな道具を持ってるんだなぁ、初めて知った。
実際秘匿してるのだろう、組合建物で奥側でしか使用しないように言われてるし。
貴族とかも持ってたりするのかもしれない、こういうものは希少価値がどうのって聞いた事がある。
兎にも角にもこう言う道具はとても良い、何かを簡単にするというのは凄い事だ。
「これ便利だなぁ」
「旧式ですけどね」
そんな私の独り言にイネスが答える。
受付嬢であるはずのイネスは何故だか私と一緒に仕事をしている、受付大丈夫なの?
と聞きたいがなんだか興奮してまたデュカリオンがなんだとか言われるのは正直怖い。
とりあえずイネスには話に乗っかっておくくらいで丁度良いのかもしれない。
「これで旧式なんですか?」
「タイタリオン様が何故かこの形に拘ってらっしゃるので、大体はこの形なんですけど・・・アスタリオン様の御国では洗浄魔法がこの先の部分から微量に発する形が主流でして、そちらはわたくしの使っているこういう拭く型の掃除機を必要としませんので、向こうの方がやはり性能は良いのですが・・・」
成程、そちらの意向を酌んでるんだろう。
この形に拘るのは何か思い入れがあるのだろうか?
なんかこう・・・こっちの方が掃除している感じがするとか、ただ自分が作った物に思い入れがあるからとか・・・、商売の主だしもしかしたら利権的な物かもしれないが。
「それにつけてもアスタリオン様とライゼリオンは仲がお悪くございますから・・・どちらからとも言えずでしょう、タイタリオン様はどちらとも仲が良いのでその点助かっているのですが・・・」
「ああ、まぁ・・・そういうのもありますよね」
私の知る限りもたしかにアスタリオンとライゼリオンは不仲だと聞いている。
そも純潔の主、女の勇者で在らせられるアスタリオンはそもそも男を嫌っている、らしい。
つまりライゼリオンとヴァイタリオン、ユグドリオンという4主の男勇者の内3勇者を嫌う。
その御方の国もまた女性こそが権力を持ち、男は一番下に置かれているとか、アスタリオン信者と子供を儲ける事が出来たら祝福されるとか色々と話を聞く。
一番良く聞くのがアスタリオンとライゼリオンの不仲の話だろうか、朝も夜もなくライゼリオンに襲い掛かる話は男の子に自重を学ばせる為に聞かせるという話だ。
女の子を大切にしない男はナニが無くなるとか、二股をするとナニが無くなるとか。
事実今でも彼の国では宦官奴隷なる物が存在すると聞く、男の罪は死罪がほとんどの彼の国で唯一許される為の道がこれだけというのは良く聞く話だ、男には恐怖でしかないだろう。
そんな恐ろしいアスタリオンと、それに一方的に攻撃されてるライゼリオンだ、たしかにそれを卸せと言えないし、言ったら言ったで大変な事が起こるのは誰もがわかる行為だろう。
そんな狂気の御方も何故かタイタリオンとは特に何も聞かない。
冒険者組合がアスタリオンの国にその力を振るう事を禁止されてるが、商人組合は禁止されてはいない。
冒険者組合がアスタリオンの魔術兵装を売買するのは世界で禁止されてるが、商人組合がその組合オークションに出品することを明言はしていないが表立って禁止にしてはいない。
ユグドリオンは滅ぼされ、ヴァイタリオンは国を解体され、ライゼリオンは夜討ちに追われる、しかしタイタリオンは特に何もない。
タイタリオン、謎の主である。
「タイタリオン様の御国はご裕福で御座いますから、事実イリュディシオンはタイタリオン様とアスタリオン様の庇護失くして存続も難し・・・あ、いえ失礼いたしました。わたくしが言いたいのはタイタリオン様のこれら魔道具は国を支える画期的な道具で御座いますから、たとえ貴族の皆様のように旧式と侮られましても、そのような事もなく素晴らしい物で御座いますと申し上げたく・・・」
途中から少々慌てふためきながらイネスは誰かに弁明するかのように告げる。
・・・私にだろうか?
そうなると旧式、という言葉はこの国の貴族に言われてて、イネスというか冒険者組合はそれを良しとはしていないとかそんな感じだろうか?そして感嘆した私に気を良くして少々愚痴になってしまったと。
うーん、組合員も大変だなぁ。
そしてデュカリオンの肩書がこういう話題を生むとなると、私もまた今後大変だなぁ、なんて他人事のように考えてしまう。
ここまで来ると現実逃避に拍車がかかるのは仕方がないはずだ、もう私の身の丈なんて超えすぎてる。
聞き流す以外出来ることなど無い。
曖昧に笑ってその場を流して私は掃除に夢中になる振りをする、イネスと話をするのは藪蛇を突くような危うさを感じた。
私は、ただのエリスでしかないというのに。
そうして組合奥側の掃除をこなしているとかなりの時間を消費していたのか、掃除を終わりを告げられる。
私の着る服や靴のお陰か思った以上に疲れず、完全に時間が狂ってしまっていたようだ。
「エリス様、どうやら丁度件の冒険者が到着したようです」
一緒にずっとここで仕事していたのにどうやってそれを知ったのだろうか、だが確信を持って告げるイネスに私は無言で頷くしかできない。
私が冒険者として復帰できる方法は最早少ないと見て間違いない。
冒険者の補助として冒険者が同行する、何も間違ってない、元より活躍の場は私にはほとんど存在しないんだ、たとえ今が逃避の後で先に暗雲が見えてないだけでも私にはこの道しかないのだから。
悶々と自分の立ち位置を考えながら私はイネスの後についていく。
ついていった先は受付ではなく広場の先、私が先ほど掃除していた区画の手前にある部屋だ。
取引や重要な話、緊急討滅命令などを行う時に使われる部屋だとイネスが言う部屋に私は場違いにも入場する。
イネスの恭しい態度に辟易しながらもその中へと進むと、そこには一人というより一つ鎧が鎮座していた。
椅子に座る翠色の全身鎧、顔すら覆う兜を被るその出で立ちはまるでリビング・アーマーを翡翠で飾ったかのようなそれほどの異質感だった。
そんな鎧は私が入って来た事に気付くとゆらりと立ち上がり、くぐもる声で一言発した。
「それが、私のサポーターか」
私はあまりの迫力に言葉を失い佇んだ。




