エリス
私が異様な冒険者の迫力に呑まれているといると、イネスが小さく咳をする。
その小さいながらにも静寂の空間に響く音は、私の金縛りを解くには十分だった。
私は装いを改めながら・・・といっても外套に頭巾という隠しに隠した姿ながらに頭を下げて、名乗ろうとした。
「ゎ・・・?ぅ・・・・っ?」
声が出ない、正気に戻っていても、私の心の委縮は解けていないようで喉が痙攣するかのように自分の思っているような言葉を作ってくれない。
言葉を発せない事でまたも慌ててしまう。
仕方ない、仕方ないのだ。
私の臆病者の心が、覇気を放つ鎧に怯えている。
「・・・リゼ様、お戯れを」
イネスが怒気孕む声でそう告げると、スッとその重圧は消えていく。
「すまん、わざとじゃない。それにそちらの彼女に向けた物でもない」
「ですが」
鎧が二の言を告げようとするイネスを、手を上げて制す。
その姿は貫禄があり、かなり位の高い存在だというのがわかる。
貴族だろうか、言えば翠の鎧も一般人では見る事すら難しいような美しさがある。
冷静になってきた私はそんな風な事を考えていると鎧は私に配慮しているのか、先ほどとは打って変わり穏やかな声で喋り始めた。
「職業病という事で許せ、さっきも言ったがわざとじゃない。ここに来るまでに少々面倒があってその名残というだけだ、これから仲間になろうとする者に向けるはずがない」
そう言った鎧にイネスは何かを喋ろうとしたが次に出る言葉はなく、口を紡ぎ、右手の平を胸につけ一歩下がった。
その行動にギョっとしたのは私だ。
その仕草は見た事があった、あれはB級以上の冒険者等にやる手仕草で、相手に敬意を表す組合員が行うものだ。
つまり、彼は・・・。
「さて、少々失敗してしまったな、謝罪というわけではないが先に名乗らせてもらおう。私はリゼ・オイカワ、S級冒険者だ」
「・・・えす?」
「ああ、気にするな。そちらの事は聞いている私がお前に求めるのは勿論戦闘ではない」
「えす」
「絶対に危険にさせないとは言えない、命の危険は冒険者の常だしな?」
「えす・・・」
「リゼ様ならそんな事起こるわけございません、お揶揄いにならぬよう」
「はぁ、イネスこれは挨拶の一環だ。一々茶々を入れるんじゃぁない、それに絶対などないのだからこういう物言いで気を引き締めるというものだ」
「むぅ、・・・・・エリス様?大丈夫ですか?」
「えす・・・・え?・・・・ハッ」
あまりの衝撃に思考が吹き飛んでしまった。
B級とかA級とか、そういう者でも身構えてしまうような私なのにS級?
何故そんな特級がこんなところに?遺跡の為なのか?
ボウマン達はA級で、よろ・・・リゼがS級、遺跡の宝の為に来たのか。
そして私はボウマン達に助けられて依頼を受けて、そして遺跡をボウマン達だけの物にするためにデュカリオンを騙る様な事をして、逃げて謝罪の為に村に来た。
なのに次はS級冒険者の補助になって、ボウマンが欲してる遺跡の攻略についていくのか?
これは、謝罪どころの話じゃない・・・敵対行為じゃないか。
これは駄目だ、既にボウマン達の顔に泥を塗ってるけどこれは命の恩人に対してして良い行動じゃない。
眩暈が起こりそうなのを必死で堪えてリゼを見る。
小さい私ではぐっと顎を上げないと兜まで見えないほどに大きいリゼを見ると、断るのがとても怖い。
あの低い声で、あの威圧を受けて怒鳴られでもしたら・・・心臓麻痺で死んじゃうんじゃないか?
怖い、すごい怖い。
何を言っていいのかわからず口籠り、止められない震えを起こしているとイネスが肩を抱いてくれた。
「大丈夫ですよ、こういう成りですがリゼ様はとてもお優しい方です、獲って食いはしません」
「獲ってって、お前な」
「さぁ、エリス様深呼吸してください」
「ん・・・ふぅ・・・はぁ・・・」
イネスが言うように深呼吸すると呼吸が整ったのか、混乱した頭が少しだけ冷めるのがわかる。
恥知らずにも生きて来た私、だけどきっと今後ともずっと恥だらけで生きていくのだろう。
どうして私がS級の補助役になれるのか、そんなのはわかりきっているこの銀髪の所為なだけだ。
銀髪だったからボウマンに助けられ、銀髪だったからデュカリオンを騙らされ、銀髪だから・・・いまここに居るんだ。
――やっぱり、ここにあるのは私じゃない。
何にも上手くいかない私が選ばれてるわけじゃない、銀髪でデュカリオンだから色んな人に見られているだけなんだ。
暗く落ち込む私を訝しむような、見えない視線が突き刺さる。
思考の螺旋に迷い込んだのに気付いた私は、再度顔をあげリゼを見た。
「リゼ、様はどうしてここに?やはり遺跡へ?」
「ん?・・・・・ああ、そうだ。ここは魔王龍の時代の遺跡だという事はわかっている、三魔剣残りの二振りか、ブライトネスシリーズがここにある可能性がある為に来たという事になっている」
リゼの肯定に、私の答えは決まった。
底辺冒険者が、最上位冒険者に物申すなんて許されない事だ、S級なんて意味不明な存在に睨まれただけで冒険者としてどころか、人として暮らしていけるかもわからない。
私がついて行っても行かなくても、攻略の速度に変わりはないだろう。
逃げても結局ついて回るなら、せめて恩人の邪魔だけはしたくない。
「すいません、私は―」
「だが、正直に言えば遺跡なんてどうでも良い」
拒否の言葉を告げようとしたところに、被せるリゼ。
「リゼ様!」
「イネス、これからの事を考えれば正直に喋る必要がある、少し黙っててくれないか?」
「・・・・・・はい」
「うむ、さて。エリスと呼べば良いか?リンティアが本名か?」
「・・・・・エリス、です」
さほど驚きはない、S級の彼に、イネスもいるのだから知られてて当然だろう。
情報収集の能力も高いだろうし、冒険者組合が情報伝達速度は高い。
王都で噂になれば組合の中で共有されていてもさほど不思議もない。
「ではエリス・・・イリュディシオンとは呼ばないぞ?変だしな。まぁそれはいい、遺跡目当てという建前で私はここにいる、だが真の目的は違う。エリス、お前の保護が目的だ」
「・・・私の」
「14歳の銀髪で女、お前がどこぞの孤児であろうと王家に縁がなかろうと最早意味を成さん、デュカリオンであろうとなかろうと、デュカリオンと言われ続ける。どうやってこの14年間身を潜めていたのか気にはなるが、そこは良い」
「私が・・・銀髪だから・・・」
「私ですら何かの因果を疑わずにはいられない。お前が遺跡に入りたくないなら入らん、遺跡などどうでもいい。お前が冒険者をしたいなら私が支援してやる。つまる所、真の目的はエリス・・・お前だ、お前の保護のみが私がここに居る理由だ」
太陽の勇者たるデュカリオン、それと同じらしい銀髪を持つ私。
その保護は遺跡より上だというリゼ。
デュカリオンという恐ろしい雲の上の存在が、私を括りつけてくる。
雲の上から糸が垂れ下がりエリスという人形を括りつけて躍らせている、そんな妄想をしてしまう程に、私は私が滑稽でならない。
たった2年、いやたった一か月と少しでこうも自分が変わるなんて思ってもみなかった。
育ての親と別れた事がこうも不幸に繋がるなんて、思ってもいなかった。
美味しい物を食べられるだろう、綺麗な服も着れるだろう。
きっと人生としてはきっと裕福な未来が私には待っている、冒険者としてしか生きることを知らない私でも冒険者として大成できない私でも困ることのない生活をこの髪は約束してくれている事だろう。
だけど、そこには先日のような私の所為で不幸になる人達がいる。
私の所為で誰かが死ぬ。
私が軽い気持ちでついていった所為で何人かもわからない人達が死に至ったのだ、きっと私が生きている限り誰かが私の所為で死ぬ。
私の所為で。
私が生きている所為で。
私が・・・。
「落ち着け!」
「・・・・・・っ」
張りのある声が私を叩きつける。
落ちていく私の心を、それは少しの間だけ停滞させた。
「何もお前を拘束しようというわけじゃない、何かをさせるつもりもない」
語り掛けながらリゼは私に近寄り、膝を折って目線を合わせるようにその身を屈める。
翠の兜の中は暗く目は見えないが、私に強く保てと私を見ているような気がした。
「デュカリオンである必要だってない」
「だけど、私を保護するのは・・・・・それが理由でしょう」
「理由はそうだが、それが私の想いではない」
「・・・・・?」
「・・・上手く言えんな・・・。もし、お前がただ銀色の髪を持った少女で、デュカリオンと言う存在がいない世界に居たとしても、お前が困っているなら助けてやりたいという・・・いや違うな、そうじゃない、うーんうーん・・・」
この人は、何を言いたいのだろうか。
想像力のない私には彼が何を言いたいのかまったく理解できない。
「元より、そのデュカリオンと似てるからデュカリオンみたいにしてほしいというのが間違いなのだ、そう思わないか?デュカリオンはデュカリオンで、エリスはエリスだ、そんな誰でもわかるはずの事を盲目的な思いの所為で狂うやつらが私は気に入らないのだ。そんな事されても、そう思われる方が悲しいだけだ、そうだろう?」
「・・・・・・・はい」
「だから、私はそんなくだらない者達からエリスを守りたくてここに来たんだ。我らが救われた存在なら、それが枷になるなどそれこそ愚か。理由は確かに銀色の髪から始まっている、だけどそこから繋がる想いはお前を縛る為のものじゃない、これをわかってほしい」
そう語ると、リゼは左手で私の手を取り右手でその手を包んでくれた。
その手は籠手に包まれているとは思えないほど暖かくて冷えた私の胸の内を温めてくれる。
リゼがどんな人かはわからない。
けどデュカリオンじゃなくても良いと言ってもらえたのは初めてのことで、棘として私に刺さり続けていたものを取り払ってくれた。
「さぁエリス、お前はどうしたいんだ?」
そんな言葉に私は詰まる。
どうすればいいのか、そんな事もわからない私はただ出来る事だけを呟くしかできない。
「私は、冒険者としてゴブリンとかを狩る事しか知らない」
「そうか、ならそうしよう。人に迷惑をかけるゴブリンを討ち、金銭を得てそれで糧を買い一日の疲れを眠りで癒そう」
ああ、この感覚を知っている。
「だがたまには買い物などもしようではないか、狩りだけするのが人生じゃあない。これから仲間になる私とも遊んでくれると助かるな」
ティットにも感じてた事を彼にも感じてる。
私は誰かに甘えたかったのだろう、父さんの時のようにただただ不幸な事から目を逸らして楽しいと思える楽なものが欲しかった。
「私はただのエリスで、何もできない」
誰かの負担になってしまったこともある。
何にも出来ない、出来る事のないエリス、泥塗れのエリス。
「私も出来んぞ?裁縫は得意じゃないし、料理なんて全部コゲコゲだ」
「でも貴方は強いじゃないか」
「それは出来る事がそれだったからだ、エリスは何も出来ないと言ったが何を試した?例えば踊りを練習したけど出来なかったか?例えば勉強をしたが不得意だったのか?本当に何も出来ないと言えるほどにどれもこれも試してみたのだろうか?まだまだあるさ、色んな事がある出来る事を探して楽しいと思える事をしようじゃないかエリス」
「私の出来る事?」
「そうだ、エリス。子供でしかないお前が、出来ない事を嘆くな、楽しい事を探そう」
そんな言葉に、私は目が痛い程に熱くなるのを感じた。




