冒険者
結局なんだかんだとその後もずるずると受付嬢の言葉に流されて冒険者組合の中の宿の一部屋に泊まる事になった。
冒険者組合の建物の中に宿屋が存在する事は知っていたが、金額はかなり高いのだ。それこそ私の貯金程度では一泊すらできないだろう金額のはずだ。
しかし値段相応どころか値段を逸脱する機能があるのは知っていた。ジョーゲスイドーによって水が完備されているので飲み水もお風呂も洗濯に至っても部屋の中で全て可能だという。トイレまで水が流れており藁束などではなく恐ろしい程に柔らかい紙で出来たもので処理が出来るというよくわからないがすごい部屋だ。
ベッドもリンティアとして使用した物に負けず劣らずと言ったほどにふかふか。上級冒険者というのはこういうのを使っているのかと思うと、心の奥底がもやっときてしまうほどだった。
受付嬢から冒険者証を無理やり渡された私は安い宿を紹介してもらおうかと思って尋ねたところ、ここを使えと言われてしまった、後は先ほどの焼き増しと言える状態だ、興奮した彼女はなにやらよくわからない威圧感を放ちながら私に危機管理的なものの関係でここを使ってもらう以外ないと諭されてしまった。恐ろしいことにお値段なんと銅貨1枚・・・逆に薄ら寒い物を感じる。
拒否などさせてくれはしなかったし、そもそも他人を諭すような話術は私には存在しない。「はい」か「いいえ」しかない人生なのです。
外套を脱ぎ捨てベッドに倒れ込む。
彼と別れてそれほど経ってないはずだが既にもうへとへとだ、このまま寝てしまおうと目を瞑る。
とりあえず予定としての遺跡の村までついたのだ、後はボウマン達がここに来た時に謝る事にして今後の自分の身の振り方を考えねばなるまい。たった一度彼らのいう事を聞いた所為でこんな事になってしまったのだ、今後ともやれと言われても、はいとは言えない。それこそ土下座の勢いで許してもらおう、服も武器も返却して、お金も・・・心苦しいが彼のお金で弁済して、あとは期間奴隷で縛られれば、死ぬまでには解放されるだろう。
人の生き死にに関わるくらいなら奴隷になったほうがマシだ。私はこの身の危険以外で他人を殺したいとは思わない、思いたくもない。短すぎて殆どリンティアとしての役目を全うしていないがこれ以上継続する事はできない、辛いのだ。
そんな事を考えながら眠ると、かなり悪夢にうなされた。内容は・・・一切覚えてはいない。
朝になると自然に目が覚めていく。
日は薄ら暗く出ているだけなので朝の刻にもまだなっていないくらいだろう。
少々どころかかなりすきっ腹になってしまったお腹を押さえながら用を済ませ部屋を出た私は食堂へと足を向けた。
「朝早いね嬢ちゃん」
食堂のカウンターにいる初老の男が私を見てそう話しかけて来た。
外套を被ったままの私をどうやって女と気付いたのか、少し訝しんでいると男は何か面白そうに笑った。
「イネスが言ってたんだよ、黒い外套被った子がきたらよろしくってな」
「・・・イネス?」
「受付嬢のイネス、知ってるだろ?」
誰それと思ってたらどうやら受付嬢らしい。
聞いてみると既にお金も支払い済みで注文したら何でも出してくれると言う。
・・・かなり心苦しい、銀髪ってだけでデュカリオンでもなく、王族でもないのに、ここまでしてもらうとなると少々怯えてしまう。かなり否定したものだが、やはりというか受付嬢はそんな言葉など信じてもいないのだろう、とても困った。
そうやって俯いていると男は鼻を鳴らして肘をつきながら呟いた。
「どういう経緯でそうなったかわかんねぇけど、あんま気にしないでいいぜ?イネスは元々ああいう性格だし、お金もたんまり持ってるんだ。冒険者だったころはそのへんの浮浪児に屋台の食べ物買い漁って与えてたほどの馬鹿だから」
「・・・いや、でも」
「食べたらご馳走様って言っておけばいいんだよ、子供なら気にせず甘えとけ」
そう言うと奥の厨房に指示を出す男。
冒険者として生きてきて子供扱いをされたのは育ての親を除けば初めての事で存外と恥ずかしく感じてしまう。
驚く程に豪勢な食事で、野菜の煮つけスープもそうだが柔らかなパンまで添えてあり謎の汁がかかった葉っぱ系生野菜という豪華さだ。
こういう食事が上級冒険者を支えているのだと思うとその一端を垣間見た気がして少し嬉しい。きっと私では辿り着く事の出来ない頂きは美味しかったのだった。
食事を終え、ご馳走様と呟くと、蚊が鳴いた程度の声量しかない私の声を男は聞き取るとニカリと笑って手を振ってくれた。今までこういう善悪もない笑顔を向けられる事がほとんどなかった私にとって、胸の奥に煮えた鉄でも突っ込まれたような気持ちにさせられた。
既にもぬけの殻となった広場を突き抜けイネスの前へと来た私は昨日のお礼を告げるのだった。
「寝床と食事、ありがとうございます」
「いいえ、お気になさらないでくださいな」
ニコニコと笑顔を振りまくイネスに少し後ろめたい気持ちになりながら、私の実力でも受けれそうな依頼がないか、イネスに尋ねてみる。
「そう、ですね。・・・恐れながら申し上げまして、エリス様はEからF程の実力だとか、ならばこの3つの依頼なら問題ないかと思います、お照覧ください」
そう言うと5枚の木札を見せてくるイネス。
・・・残念な事に私は文字が読めない、見せられても書いてる金額くらいしか読める所がないのだ。
それを告げようと口を開けるが中々言葉にすることができない。
今まで文字は書けないし、読めないなんて告げるのはなんの苦もなかったが、私が嘘をついたわけでもないけども、受けた恩は本物でその恩は私がデュカリオンだと思われてるから発生したものだ。
恩に報いるどころか泥を塗るようなそんな感覚に、今まで感じた事のない羞恥心が私の口を閉じさせた。
―どうしたらいい?どうしたら・・・
そんなオロオロと悩む私を見てイネスは突如涙を流し始めた。
あまりにも唐突な涙に私は慌てふためいて完全に混乱してしまった。
「そう、ですよね・・・そうなのですね。さぞお辛い人生だったのでしょう、無知な私の発言をどうかお許しください!」
そう言うや否や声に出して泣きはじめるイネス。
流石に昨日とは違うチラホラと冒険者の姿が見受けられるその場所で、訝しんだ冒険者達がこちらを見はじめた。
「お・・・おおおち、落ち着いて・・・っ大丈夫ですから」
そもそも最初から混乱している私もちゃんと喋れず少し声が上ずっている。そもそも日常会話ですら怪しい私は謎の大丈夫発言しか紡ぐことしか出来ず、騒動に拍車をかけているような状況になってしまった。
(まずい、まずいよ!滅茶苦茶注目され始めている!)
眩暈すら起こしそうな状況に、私はオロオロと周りを見るが、泣いてる相手がイネスだと見るや否や冒険者は白けたかのような顔でこちらから意識を話し始めた。
「なんだ・・・イネスか」
「またか・・・」
そんな声が聞こえてくる。
聞き耳を立てているとどうやらイネスは食い扶持に困って冒険者になった子供とかを相手にすると涙脆くなってしまうらしい、知ってる皆は騒ぎとは逆に興味を失ってくれたようだった。
助かった、そう思うと慌てた気分が落ち着いてくる。
「イネスさん、泣き止んでください。どうしたんですか?」
「ぐすっ・・・気丈に振舞わなくても大丈夫ですよ、エリス様。私だけでも、私が貴女様の味方で在り続けますから!」
「・・・はい?」
涙ながらに語る物語はこうだ。
14年前の騒動で命の危機に瀕した私はイリュディシオンから逃げ出したのだ。
命辛々逃げ出した私は拠点を転々としながら雑草を食む様な生活を送っていて文字を覚えるような人生ではなかったのでしょう、そしてこうやって冒険者として細々とながらその身を守り生き抜いていらっしゃるのだ、と。
中々壮絶な物語だな。
というかちょっと失礼すぎる、さすがに私でも雑草を食べたのは数回しかないよ。
他はじゃが芋とかじゃが芋とか。
じゃがとかじゃがとかじゃがとか。
お肉なんて最近良く食べさせてもらってるけど昔はそんなことなかった。
じゃが芋はどんなに高い所でも大体銅貨1枚でそこそこ食べれるもので、肉なんかは5倍以上はする。
つまりじゃが芋は最強で、それさえ食べてれば意外と道草は食べなくて良い、私の知恵の一つだ。
話は戻して、どうやら彼女は本当に私の身の上を案じてくれる程のお人好しの方なのだろう。
謎の決意に満ちた瞳がそれを語っていた。
「では、わたくしが依頼内容を説明させてもらいます」
イネスが仰々しく告げながら示した依頼の内容は、正直変な依頼ばかりだった。
いや、変ではないが普通じゃない。
まず1つめ、村の巡回。
2つめ、自警団に物資を届ける。
3つめ、組合の掃除
・・・・・どう見ても冒険者の仕事じゃない。
2つ目なんかは、まぁわからなくもない。
魔物が出るかもわからないのだから冒険者に仕事が回って来たというのなら、ただ他のは組合員の仕事だし、1つめなんか私程度がしてもただの散歩だ。
「これは、すこし・・・」
「わかります、少し冒険者らしくないと思っていらっしゃるのでしょう」
「ええ、まぁ」
「ご安心ください、今日はそれだけですが、明日からは魔物の討伐や探索などの仕事もご用意できますので」
今日じゃダメなのだろうか。
「その・・・こう申しましてはエリス様に申し訳なく、乏しめるような事を申してしまうのですが・・・」
「ああ、いえわかります。自分から言い出した事ですから、実力不足という事でしょう」
「申しにくい事ですが・・・。ですが組合にはそう言った方々の為の仕事も存在します」
「そうなんですか?」
組合に居て結構長いつもりだったけど、そういうの聞いた事がない。
「はい、エリス様にはある冒険者のサポーターになってもらいたく思います」




