第八話 「千年目の警告」
「――我らソリトゥードの民の祖は、千年近く前にこのガレーネ島に流れ着いたそうじゃ」
セクトとゼウムの裁定が終わり、長老は呼吸を整えて語り出す。
その内容は一族の起りだった。
セクトも教導の時間に教えてもらったことがある。
ソリトゥードの民は元々外海の人間だった。この広大な海のど真ん中に、人間が自然発生することはあり得ないからだ。
「当時より、代々の長に連なる者のみ受け継がれる言い伝えじゃ。儂らの判断によりセクトとゼウムにも話しておこうと思う」
「えっ、何でオレたちにも?」
ゼウムは驚いて自分を指さす。口の利き方が悪いと、トラーベがその頭を軽く抑えつけた。
「よいよい、トラーベよ。疑問に思うのも当然じゃ。先も話した通り、そなたらは次代の長候補。この命尽きる前に、自分たちの口で伝えておきたかっただけじゃよ」
長老は冗談ともとれない調子で朗らかに笑う。
セクトは握り拳を床につけて敬意を示した。遅れてゼウムもそれに続く。
二人の聞き届ける意思を確認すると、長老はある昔話を話し出した。
「今から実に百年前のこと。古来よりガレーネ島を見守る、ペカ・オリギナ山が大きく鳴動したという。遥か頂より暗雲立ち込め、大地を揺るがすほどの振動が、何度もウィルクスを襲ったそうじゃ。その原因は大自然の怒り。もしこれが解き放たれれば、ソリトゥードの民は必ず滅ぶとされておる」
まことしやかにもたらされる話は、セクトたちに得体の知れない恐怖を覚えさせる。
「して、これが都合九回――千年前より百年を周期とし、この現象は引き起こされておった。そしてこの異変の折には、二首沼の零れ人が増える傾向にあったそうじゃ」
「長老、それは真ですか!」
アングは初耳のように長老を凝視した。
「すまぬな、アングよ。時が来るまで儂も半信半疑だったゆえ、あえて伏せておった」
「聞き捨てなりませぬな、長老」
トラーベも預かり知らなかった反応で、不機嫌を隠そうともせず長老を問い詰める。
「まるで今回の一件を、初めから予見できていたかのように聞こえます。俺の倅が死にかけたことに、釈明があるのならばお聞かせ願いたい」
「長老には私が進言したのさ」
泰然と構えていたおばば様が横から口を挟んだ。
「まだ起きてもいないことで、無駄に悩ませたくなかったのさ。そうでなくても、あんたらはすぐに意見が衝突するじゃないかい」
「たとえそうでも、俺と戦士アングには知らせておくべきだったかと思われますが」
「そうさね。それについては、すまなかったよ、セクト、ゼウム。怖い思いをしたろう?」
「い、いえ。大丈夫です、おばば様。何たって、オレは戦士ですから」
若干子供扱いされて、ゼウムは意識するように戦士を協調していた。
一方で、セクトはそこはかとない居心地の悪さを感じる。
「ボクはゼウムに助けてもらっただけですので……」
「何だよ、セクト。お前だって、あのお遊戯で手伝ってくれただろ。自分の手柄を誇らないでどうすんだっての」
「そんな手柄というほどのことしてないって」
「セクトとゼウムよ。そなたらは本当に仲がよいのう。若い頃のアングとトラーベを見ているようじゃよ」
『長老』
二人の父親が、険しい声を揃えていた。
話が逸れかけたので、長老がコンコンと杖を鳴らす。
「ともあれ、今後ペカ・オリギナ山に異変が起こるやもしれん。さらに零れ人の増加に伴い、出現範囲が広がる可能性もある。アングよ。戦士たちには、より一層の見回りを強化してもらうことになるじゃろう」
「はい。当然警戒は強めますが、それよりも百年周期のその異変。大自然の怒りが原因だとして、これを鎮める方法はあるのですか?」
「無論、存在する。でなければ儂らはとうに滅んでおる。じゃが、それについては――」
長老は、ふっとおばば様に目配せした。
それに応えるように、おばば様は優しい調子で言った。
「セクト、ゼウム、あんたらはここまでで結構だよ。あとは大人で解決しとくから、もう自分たちの家にお戻りな。今日は疲れたろうし、十分に身体を休めておくんだよ」
「えっ、でもオレたちだってまだ……」
「ゼウム、賢人たちがそう言っておられる。もう母のとこに戻ってやれ」
「聞こえたな、セクト。お前も家に戻るのだ。それとこのことはオーワや、ルキとルクーリにも内密にするのだぞ。不安を与えたくはないからな」
「……うん、分かった。お疲れ様、父さん」
セクトは物分かり良く返事する。
どこか釈然としないゼウムとともに、長老たちに頭を下げて家を後にした。
話し込んでいる内に、外はすでに真っ暗な闇で覆われている。雲が出ているのか、月も星の光も見えない完全な暗黒だ。他の住居から漏れる松明の恩恵がなければ、一寸先も見通せない心細さに支配されそうだった。
「なあ、セクト。お前にこんなこと聞くのもなんだが、あんな中途半端に終わらせられて、なんだか気持ち悪くないか?」
「そう、だね。長老たちがあえてボクたちを遠ざけたように感じたよ」
「だよなぁ。それなら、わざわざ最初から聞かせなくて良かったじゃねーか。変なの」
二人は微かな陰鬱を宿しながら、分かれ道に差しかかる。
「そうそう、セクト。族長の座は絶対に譲ってやんねーからな」
「え? ああ……良いんじゃないかな。ボクより、ゼウムの方が相応しいと思うよ」
セクトは特に思考もせず反射的に返していた。
するとその瞬間、ゼウムは思いもよらない行動を取った。
「セクト――」
弾けるようにゼウムは、セクトの胸倉を掴む。暗がりで顔はよく見えなかった。
体格差によって、あわや宙づりにされかけた。彼の行動が理解できず、セクトは頭が真っ白になる。ゼウムは最後の理性を振り絞るように、言葉だけをぶつけてきた。
「なってやるよ、族長に。だが、それはお前に譲られたからじゃない。このオレが、オレ自身の力でなるんだよ。親父にも、戦士アングにも――そして、お前にも認めさせてやる」
ゼウムは突き放すように、セクトの服から手を離した。
彼は静かな足取りで自分の家に帰っていく。
それを見送るセクトは、ようやく彼の怒りの根本に気づいた。
どれだけ口では茶化そうと、ゼウムは常にセクトを意識している。副長の子供として、族長の子供に負けたくない。
そのかけがえのない想いを、この半人前の少年に向けてくれているのだ。
「……ごめんよ、ゼウム」
遠く去っていく従兄の背中に、セクトは口ずさむ。
「本当に、ボクは相応しくないんだ……この島に残る気のない、ボクじゃ……」
心に秘め続けている祖父との誓い。
これを言葉にした瞬間、セクトの懐に隙間風が吹いた気がした。




