第七話 「二人の賢人」
西の方角へ、オレンジ色の陽が沈む。
紫がかった冥色の押し寄せる黄昏は、不吉の前触れをもたらすようだった。
セクトはアングとともに、長老の家に呼び出されていた。すでに子供たちの教導は終わり、昼間の賑わいは嘘のように消え失せている。
壁の松明に照らされた部屋の奥には、椅子に座している二人の賢人の姿があった。流れるような白い眉と髭を蓄えた長老。膝と膝の間に杖をついている。もう一人は、おばば様だった。腹部で手を組み、半分眠ったように瞼を閉じていた。
セクトとアングは手前に用意された床敷に膝を落とし、あぐらをかいて腰を落ち着ける。
握り拳を床に突き立てながら、頭を下げて挨拶を交わした。
「族長アング、参上仕りました」
「あの、セクトです。よろしくお願いします」
「よく来てくれたのう、アングとその子セクトよ」
長老は重たい空気を緩和するように、優しい声色で呼びかけた。改まった場に呼び出されることが、初めてのセクトを気遣ってのことだろう。
その直後、カラカラカラ、と数珠なりに響く貝の音。
「あんたらも、こっちに座りな」
薄く視線を眇めて、おばば様は後続の来訪者を出迎える。
物々しく長老の家に足を踏み入れたのは、アングに勝るとも劣らない肉体を有した男だ。
他を圧倒する眼光。全身に刻まれた無数の傷跡。そして胸元から斜めがけした、服飾品の貝の連珠。零れ人を倒した証である御印の数なら、アングを優に超える五十近く。
鋭気漲るその存在感は、まさしく強さの体現者だった。
「副長トラーベ、ここに推参」
「せ、戦士ゼウムも同じく」
トラーベの背後には、ゼウムも付き従っていた。声が上擦っているので、セクトと同じく緊張しているらしい。そこはかとない親近感が湧いた。
二人もセクトたちの横にあぐらで座り、族長たちに軽く頭を下げる。
一同が介して、長老はこつんと杖で床を叩いた。
「そなたらに来てもらったのは他でもない。海岸に現れた零れ人についてじゃ」
「お二方には、何か心当りがあるのですか?」
アングは間を置かずに切り込む。
ソリトゥードの民の長として、不安の種を一刻も早く解消したいようだ。
「そう焦るんじゃないよ、アング。あんたは比較的、冷静な男のはずさね」
おばば様が、逸る族長の発言を諫めた。
セクトからしても、焦燥に駆られるとは父らしくなかった。普段は落ち着いた物腰で思慮深く行動する。彼が他の戦士から、武力だけでなく精神性も慕われる所以だ。
「突飛の出来事に心を乱すのは昔から変わらぬな。今になり、外れ者の父プンクトへの同情のつもりか知らぬが、それでよく革新派の道を歩んだものだ」
トラーベは実兄に対する所感を述べる。
内容は的確だったようだが、すかさずアングは反論した。
「私を常に困らせているのは、お前も同じであることを忘れた上での発言か?」
「見苦しいね、悪ガキども。子供らの前で醜態を晒す気かい?」
ピシャリとおばば様が一喝する。
途端にアングとトラーベは閉口し、失言を認めるように小さく首を前に傾けた。
「それでは儂の口から続きを話させてもらうが、その前にセクトとゼウムよ」
『は、はい』
二人は同時に発声し、チラと横目でお互いの顔を見やった。
「そなたらは、いずれ族長と副長として、ウィルクスを背負って立つやもしれん存在じゃ。今回は命があったから良かったものの
、勇猛と蛮勇を違えてもらっては困るぞ?」
長老の白く垂れた眉が一段と下げられた。
「申し訳ありません。自分で槍を扱えないので、ボクがゼウムを頼ってしまったんです」
「違います、長老。オレが敵の力量を見誤っただけです。セクトなんて関係ありません」
セクトとゼウムは、それぞれ己の非を前面に押し出した。
ふっ、と長老の口端が緩み、長い髭がゆさゆさと上下に揺れ動く。
「互いを庇う必要はない。そなたら二人には、しばらく自警団の活動を謹慎させる。族長と副長もこの決定で構わぬであろう?」
「私に異論はありません。お前たちも構わぬな」
「俺も賛同しよう。戦士としてお前らはまだまだ未熟。研鑽を重ねることだ」
「うっ……分かったよ、親父」
「それが決定なら従うよ、父さん」
ゼウムは不承不承の様子だが、セクトは従順だった。
元々自警団に加入しているといっても、セクトの立ち位置は見習いだ。戦闘に加わることすら許されない時点で、居ても居なくても同じ扱いである。
「……本気で戦士を目指すなら、少しぐらい残念がれよ」
ぽつりとゼウムが皮肉を漏らし、セクトは微妙な思いを抱える。
戦士の称号は、セクトにとっても憧れの象徴だ。その気持ちに嘘偽りはなかった。
しかし半人前であることに、尻込みしているのもまた事実。
心の奥をゼウムに見透かされているようで、セクトは何ともいたたまれなかった。




