第五話 「残骸処理」
自宅に薬草を届けて、セクトは海岸の掃除を手伝うことになった。
すでに広場の会議は終えて、自警団は見回りを再開していた。ひとまずあの少女は族長の家で預かり、意識が戻ってから再度その方針を決めることにしたという。
副長はやや不満そうに、仲間を引き連れて狩猟採集に出かけた。
保守派筆頭として、ウィルクスに異端児を置いておくことが許せないのだろう。
セクトも叔父の気持ちは理解していた。外れ者の祖父プンクトのために、アングとトラーベは厳しい幼少期を育ったらしい。その頃のソリトゥードの民は大半が保守派だったので、排外的な意識も根づいていたようだ。
二人がおばば様に悪ガキと呼ばれていたのも、当時の荒み具合を表している。
されど外海より漂着し、見知らぬ島に放り出された少女の気持ちを思えば、それを救いたいと願うのも当然の心だ。
セクトは彼女が外の世界に帰れることを強く願っている。
そこには祖父の言葉――
『セクト。お前はいつか、必ずこの島を旅立つだろう』
――それも大きく重なっていた。
海岸に着くと、すでに自警団の面々が木片を拾い集めている。
一か所にまとめて乾燥させ、あとで薪代わりにするようだ。
他に備品などがあれば、危険そうなものは海に還し、役立ちそうなものはウィルクスに持ち帰る。革新派の思想が徐々に根づいている証だ。無論それを抜きにしても、島民として自然を汚したままにはしておけなかった。
「さて、と。ほとんど残骸とはいえ、外海の船だったものだ。全部薪にされる前に、仕組みの一つでも分かるものないかな」
将来的にセクトはプンクトのように、ガレーネ島を出たいと思っている。
そのためには、まずまともな造船の技術が必要だ。祖父は運よく小舟で、死の岩礁地帯を抜けたと聞く。だが過去の歴史で海に旅立った者は悉く、暗い海底に呑まれていった。
かくいうセクトも、何度か自力で小舟を組んで外に出ようとしたことがある。
当然、全て失敗に終わり、危うく溺れかけたのを自警団に助けられては、両親にこっぴどく叱られた。
それでも懲りずに何度かトライを繰り返す内に、セクトは無傷で死の岩礁地帯を抜けてくる漂流物に着目し、そこに活路を探していた。
「そういえば、あの娘の乗ってた小舟にも、目立った傷はなかったな。あっちも、あとで調べておくかな」
「――よう、セクト」
ふとして呼びかけてくる少年の声音。
そちらを見やると、セクトより一回りも体格の良い従兄のゼウムが立っていた。年齢は十五歳で、セクトより一年早く自警団に加わっている。
ゼウムはこれ見よがしに左手を胸の前に掲げた。
彼の手首には、貝殻を一つ通したミサンガが巻きつけてあった。
「やあ、ゼウム。おはよう。叔父さんと見回りしてたんじゃないの?」
「ふんっ。親父のやつ、このオレに雑用押しつけて行きやがった……って、んなことは、どうでも良いんだよ」
大きく胸板を張って、ゼウムは堂々と鼻息を鳴らす。
「こないだ、ようやくオレも御印を手に入れたんだ。これからは戦士をつけて呼ぶことを許してやるよ、セクト」
「えっ? ああ、ごめん気づかなかった。次からは意識するよ、ゼウム」
戦士の敬称をつけずに、セクトは従兄の名を呼ぶ。
「……お前、わざとか?」
「どうかした? ゼウム」
セクトは素の反応で聞き返す。
眉間に鋭いしわを寄せるゼウムだったが、他意がないことを理解して小さくため息をつく。
「まあいい、お前のおとぼけに付き合うのも慣れっこだ。それよりその槍はどうしたんだよ」
「っと、そういえば家に置いてくるの忘れてた。ルキがボクに作ってくれたんだよ」
無意識に肩に担いでいた槍。セクトは石突を砂浜に突き立てた。
柄が短く作られているので、自分の胸元ほどの長さしかなかった。
「ほーん。ルキがお前のために、ねえ……」
ゼウムは一家言ありそうに、目元がにやけていた。
彼と会うたびに同じことを言われるので、続く言葉は簡単に予想できる。
「まだ戦士でもないお前にゃ、宝の持ち腐れじゃないか? 何なら、このオレが使ってやっても良いんだぜ」
「さすがに、ボクに作ってくれたものを渡すのはちょっと……でも、ほんとはその方が、この槍のためにもなるのかな?」
「ちっ、陰気臭ぇな。それならさっさと一人前になりゃ良いだろ。身体が小さいのを言い訳にしてないで、戦士アングのように強くなって見せろよ」
「分かってるよ。その内、ゼウムより大きくなる予定だし」
「言うじゃねーか。まっ、首を長くして待ってるぜ。オレはどんどん先行っちまうけどな」
憎まれ口っぽく、ゼウムは人差し指を天に指し示した。
ゼウムとは決して仲が悪いわけではない。むしろ幼少期は、妹たちを交えてよく遊んでいたほどだ。
しかし父親たちの対立を理解してくるにつれて、子供同士でも軽くギクシャクした物言いが増えた気がする。できれば良好な関係を保ちたいが、セクトはまだ半人前。強く言い返すにも、あらゆる要素が欠如していた。
「んじゃ、オレは大物手伝ってくるわ。お前は、その辺のちっこいの拾ってやれよ。どっから流れてきたのか知んねーが、大量に散らばってるしな」
「船が嵐にあったんじゃないかな。外海では大きな船を作ってるらしいし」
「船ねえ。ウィルクスのちっこい船に比べたら、どうやってこんな代物作ってんだか」
「うん、ボクもそれが気になるんだ。たぶん昨夜の嵐か、沖合の死の岩礁地帯に巻き込まれたのかもしれないけど、このガレーネ島まで航海できる技術は大したものだよ。どれぐらいの規模だったのかも気になるね。大人数になるほど水や食料も必要になるし、海にはそれを奪う悪い人間もいるらしいから、対抗するための戦士も乗ってたりするのかな――」
「あー、あー、そこまで聞いてねえよ」
うんざりしたように、ゼウムは耳の穴に人差し指を突っ込んでいた。
「ったく、そういやここ最近鳴りを潜めてるが、お前もよく船で沖に出ようとしてたな。まさかまだ、諦めてないのか?」
「もちろん。ボクは爺ちゃんと約束したから」
「はん。爺さんも、余計なこと吹き込んだもんだ。まっ、どうせお前にゃ出来っこねえだろうし、とっとと仕事してくれや」
セクトの言葉は、多くの者に夢想家の戯言として扱われている。
今もってセクトが心に抱いている祖父との誓いは、決して果たされることはないと、もはやソリトゥードの民の誰もが信じて疑わなかった。
「あっ、ごめん。じゃあ、そうさせてもらおうかな。作業は分担した方が効率良いからね」
「……けっ」
ゼウムは大げさに両手を広げるポーズを残し、大人たちを手伝いに行く。
手分けして残骸を拾い集めること四半刻。
白い砂浜が目立つようになったとき、ふとして誰かが声を上げた。
「なあ、おい。あれなんだ?」
戦士の一人が指さしたのは東の方角。
波打ち際に、何揺らめく影のようなものが視認できる。どこか人のような形だ。
「まさか、外海の人間が他にもいたってのか?」
「そんなはずないだろ。だって、さっき周囲は念入りに調べて――」
そのとき、戦士の声が中断された。
カッと見開かれた双眸。
何か、あり得ないものを発見したように、サーッと顔から血の気が引いていく。
次の瞬間、素早く口に指を宛がい、海岸中に甲高い音色を響き渡らせた。
「零れ人が出たぞォッ!」
それは指笛による警笛だった。




