第四話 「教導と対立」
広場の近くにある長老の家は、賑やかな喧噪で包まれていた。
セクトが足を踏み入れると、年端もいかない子供たちが勉強中だった。
ちらほらと椅子に腰かけた先生役を取り囲み、一同は床に座っている。
長老は族長と会議中なので、教えているのはウィルクスの老人たちだ。今朝は外海の少女の一件で取り乱していたが、さすがは年の功か現在は穏やかに教導している。
今や当たり前となった、老若男女が混ざった和やかなムード。
しかし数世代前は、一定の年齢を超えた年寄りは日昇の方角にある、禁則地に捨てられていたらしい。
口減らしというよりは、ある種の生贄。
禁則地には怪物が潜み、ときに人前に姿を現す。これを討伐する戦士たちの負担を減らすため、活動範囲を限定させる非道な行いが為されていたのだ。
「――おや、セクト。ルクーリに会いに来たのかい?」
セクトに、しゃがれた声が呼びかける。白髪頭の老婆はソリトゥードの民の中で、一番の物知りとして知られる賢人だった。大衆からは、おばば様として慕われている。
おばば様の輪にいた、セミロングの線の細い少女がセクトを振り返った。
「あっ、お兄ちゃん。わたしに、何かご用事なの?」
妹のルクーリは、いったん輪を外れてセクトの元に来た。
「勉強中にごめんよ。母さんから、これ洗っておいてくれって頼まれたんだ。それとさっき、海岸で見つけたやつあげるよ」
セクトは洗い物を入れた麻袋と、巾着からガラス玉を手渡した。
「わあ、きれいな石。ありがとう、お兄ちゃん。あとでやっておくね。ところで、何で槍持ってるの?」
「あー、さっきルキから渡されたんだ。ボクのために作ってくれたらしくて」
「そっか。ルキちゃん、お兄ちゃんのこと大好きだもんね。一日でも早く、一人前の戦士になって欲しいんだと思うよ」
「あ、っはは……努力はしてるんだけどな」
期待されるのは嬉しいが、体力的にまだまだ芽が出ないのは否めなかった。
母のお使いも済んだので、ひと心地つけて薬草を家に届けようとした矢先。
「――戦士アングよ! 俺はその方針に賛同しかねる!」
何やら外が騒がしくなってきた。
唐突な男性の怒鳴り声に、子供たちがびくりと肩を震わせる。老人たちは彼らを宥め、勉強の続きを促していくが、屋外の声は次第にヒートアップしていた。
「これは族長としての決定だ! 戦士トラーべよ、異論は認めない!」
「族長であるならば、我らソリトゥードの民に不安と混乱をもたらすな!」
議題はどうやら、外海の少女の扱いを巡ってのことらしい。
革新派の族長と保守派の副長。少女をこのままウィルクスに置くか、どこか別の場所に追いやるかで口論が続いていた。
「……お兄ちゃん」
セクトの服の裾を、ルクーリがぎゅっと摘まむ。
「またお父さんと叔父さん、喧嘩してるの?」
「大丈夫、すぐに収まるよ。あの二人の言い争いなんて、いつものことなんだし」
「ふぉっふぉ、ルクーリや。子供が大人の事情なんざ、気にするものじゃないよ」
おばば様は、顔のしわを深くさせて快活に笑う。
「それにあの悪ガキ二人も、今や族長と副長さね。ソリトゥードの民を思いやる心は、いつだって同じ方向を向いておる。なーに、決して悪いようにはならんさ」
「うん。喧嘩なんて、いつまでもしてちゃだめだもんね」
ルクーリはおばば様に諭されて、再び床の輪に戻っていく。
以前は少し引っ込み思案なところがあったが、こうして周囲と馴染めていることに、セクトは兄として安堵を覚える。
セクトはしばらく勉強風景を眺めてから外に出た。
その頃には子供たちの声にも活気が取り戻され、広場の物々しさも消えている。
会議がどのような結果に落ち着くかは分からない。けれど父が外海の少女を、蔑ろにする判断を下すはずがないと、セクトは強く信じていた。




