第十七話 「現着」
シメールの町の境界となる、入口ゲートがここ数日連続で開閉された。
最初は旅の修導士。二度目は傭兵風の旅人たち。
そして三度目は、それらの比ではない大規模な来訪だった。
ウムブルラ渓谷を馬車が列を成し、三十名規模の旅団が袋小路の鉱山の町を訪れる。それがどれほど異質な光景であるか。風穴の怪物によって働き場を失い、活気を失った住民でさえ、右往左往するほどの異常事態である。
騒動を聞きつけた町長が、急いで家を飛び出して状況の確認に奔走。
ゲートの前に現れた一団が、デュリム王国の御旗を掲げる騎士団と気づいたとき、すかさず開門の指示を下したのだ。
「――これは騎士様。なぜこのような僻地へお出でに」
町長は額にうっすら汗を浮かべ、デュリム王国第三騎士団を出迎える。
そこに相対するは部隊を率いる、威風堂々とした鎧姿のゲーラーン団長だった。
「我らはデュリム王国第三騎士団。カサリズマ卿連の勅命により、サルヴァドル想派の嫌疑がかかる、ここシメールの町に現着した。これより調査を開始する」
「あ、あのカサリズマ卿連……っ!」
たちまち顔面蒼白になる町長。
カサリズマ卿連は、デュリム王国内において絶対的な粛清者だ。悪党に限らず、その名を聞いて震え上がらない者はない。
けれどその町長の反応から、一部の騎士たちは困惑に眉を寄せた。
なぜならサルヴァドル想派は狂信者だと聞かされている。たとえカサリズマ卿連に目をつけられようが、自らの主張を曲げない人間の集まりだ。
ゲーラーンは全てを見透かすような、険しい眼差しで町長に続ける。
「貴様がシメールの代表者か。余分な手間はかけさせてくれるな。この町を訪れた旅人及び、ひと月前に偵察で訪れた調査員が、行方を晦ましていることは把握済みだ。彼らの足跡について詳しく語ってもらおう」
「……そ、れは」
「そして我々はカサリズマ卿連の名において、敵対勢力に対する剣の断罪も承認されている。サルヴァドル想派はその筆頭であり、僅かでも不審な動きがあれば老若男女を問わぬ構えだ。ゆえに申し開きがあるのならば、この場で即断せよ。二度は言わん」
「も……申し訳ありません。我々はサルヴァドル想派を騙り、旅人に対する悪事を行って参りました。ですから何卒、剣を向けることだけはご容赦を……」
町長は疲弊しきったように、その場で膝をついて懇願する。
悪事については、素直に白状してくれそうだが、それ以外にもこの町の実態を調査する必要はある。ゲーラーンは騎士団に向けて指示を下した。
「副団長は私と来い。この男から詳細な情報を引き出す。各団員は分隊長の指示を仰ぎ、住民への聞き込みを開始せよ。抵抗があれば速やかに捕縛。拘束が不可能と判断した場合、カサリズマ卿連の御名に従い、その場で剣の断罪を容認する。以上だ」
『ハッ!』
騎士団は一斉に敬礼し、戸惑う人々に対して聞き取り調査を開始した。
団長の命を受けて、町中に騎士団員が散らばった。
路上で手持無沙汰にしていた男たちや、屋内で家事をしていた女性に、それぞれ今回の事件に発展した経緯を窺っていく。事前情報を鵜呑みにするなら、激しい抵抗が予想されたが、彼らはすんなり事情聴取に応じた。
町長が語ったように、シメールの町はサルヴァドル想派とは無関係らしい。
無用な争いが避けられたことは、日時計のある広場で子供たちの姿を見かけたユニアにとって、喜ばしい状況だった。いつ如何なるときでも幼子は庇護の対象。なるべく怖がらせないように、しっかり兜も外して小脇に抱えている。
「分隊長。適当に聞き込みしてみたが、どうも半年前に妙なことがあったらしい」
ユニアに報告するのは、行きの道中に後輩をからかっていた中年騎士。
そこに追随して、当該の従騎士の青年が報告する。
「ウムブルラ風穴内に開拓した鉱山で、四足歩行の怪物を目撃したとのことです」
「零れ人ではなく、怪物と証言したの?」
「はい、そのように確認しています」
「そう、ありがとう。貴方は引き続き、証言を集めてきて」
「分かりました!」
ビシッ、と敬礼してから、青年は聞き込みに戻って行く。
ユニアの隣で中年騎士は小さく肩を落として、その様子を見送っていた。
「若いねえ。俺もあんぐらい覇気があった頃に戻りてえわ」
「それで半年前に現れた怪物と、この町がサルヴァドル想派を騙ったことの関連性は?」
「いんや、そっちはまだ確認中。まっ、その辺は町民よりも、あの腰を抜かしてた町長の方が詳しいんじゃないの。団長たちの尋問を待つしかなさそうだ」
「数日前にシメールを訪れたという修導士と、傭兵風の旅人の情報については」
「それもまだ収穫ゼロ。はーあ、面倒だが俺もまた聞き込んでくらあ」
「ええ、お願い。ワタシは情報がまとまり次第、他の分隊長と共有して団長に報告する」
ユニアは広場で待機し、まだ聞き込み中の各員からの情報を待った。
それにしても、外部から厳めしい風体の騎士たちが大挙して押し寄せたのに、子供たちは普通に駆けっこなどをして遊んでいる。最初は驚いてチラチラ様子を窺っていたが、途中で飽きたように自分たちの日常へ戻って行った。
宿場町で出会った女の子のように、騎士は怖いものではなく、自分たちを守ってくれる存在だと認識しているようだ。
人は成長するほど、心に後ろめたさを隠すようになる。
どこか怯えた大人たちと、天真爛漫な子供たち。渦中の町でさえ、これほどの対比が同居することに、ユニアがそこはかとない感慨を抱いていたとき。
「あっ、ユニアさん――じゃなかった、分隊長!」
ユニアの分隊に配属された、従騎士の少女が北の通りを走って来る。
「はぁ、はぁ……む、向こうのお墓で、修導士様を見かけました」
「落ち着いて。そんなに慌てて報告しなくても大丈夫だから」
「だ、だって、せっかくユニア分隊長の隊に配属されたんですから、一刻も早くお役に立ちたかったんですもん」
「その心意気は嬉しいけど、あまり無理はしないで。気持ちばかり先行する人間は、必ずどこかで躓いてしまうから」
「は、はひぃ……」
少女従騎士は、肩で息をして地べたにへたり込む。
その努力が空回らないことを願いつつ、いったん彼女にこの場を任せて、ユニアは報告に上がった墓地へ足を運んだ。
住宅地の外れ。ウムブルラ山脈の岩肌に沿って開けた空間は、墓地とは名ばかりの土盛場だった。小さな町は土葬が主流だが、それにしても飾り気の少ない場所である。
墓石の類すら存在せず、故人をいっしょくたにして埋葬したような雰囲気だ。
植物の育ちづらい鉱山の町なので、花のお供えがないのは納得できるが、それにしても殺風景極まるようにユニアは感じた。
「――アナタ、王国の騎士ね」
墓地に近づくと、入り口付近にいた子供に話しかけられた。
デュリム王国内では、あまり見かけない褐色肌。言語はデュリム王国の公用語を用いているが、よその土地の人間であることが風体から窺える。
「貴女は?」
「人に名前、聞くとき、自分から名乗る。これ、礼儀よ」
「ごめんなさい。ワタシはユニア・ハンダルジスタ」
「うん、それで良いね。ワタシィ、フィッダ・アッ=サウワース名乗る者よ。よろしくね」
フィッダという少女は、自己紹介の直後に横目で墓地を見やる。
そこには、白と黒の織り交ざった衣装を纏う女性がいた。土盛りの前で膝をつき、熱心に祈りを捧げている。彼女が修導士のようだ。
「フィッダは彼女の従者?」
「違うよ。ワタシィ、ただの出稼ぎね。今たまたま、あの人といっしょよ。話あるなら、して来ると良いね」
「いえ、大丈夫。お祈りの邪魔をしたらいけないから」
ユニアとしては、修導士の安否確認さえ取れれば胸のつかえも治まる。
あとは他に傭兵風の男たちが、この町に訪れたという噂も聞いたが、はたとユニアはその一団に幼い少女が混ざっていた話を思い出した。
「ところでフィッダ。もしかして、貴女には他にも仲間がいるの?」
「そんなの、いないよ。ワタシィ、一人者ね」
「だけど貴女ぐらいの年頃の子供が、このシメールの町に傭兵風の男たちと訪れた、という情報があるのだけれど」
「その情報、間違ってるね。ワタシィ、子供違うよ」
むすっ、とフィッダは不機嫌な表情を作る。
明らかに自分よりも年下だが、幼い頃から大人に交じって剣の稽古をしていた身としては、年頃の少女が背伸びしたくなる気持ちも分かる。
ユニアはどこか微笑ましい気持ちで、フィッダの言葉に頷いておいた。
「そうね。貴女は立派な淑女だとワタシも思う」
「しゅく、じょ?」
言葉が難しかったのか、フィッダはぽかんと呆ける。
しかしすぐに、パッと弾けた笑顔を見せた。
「へへっ。それ、大人のレディって意味ね。ワタシィ、初めて言われたよ。ユニアねえ、見る目あるね。とっても気に入ったよ」
「それなら良かった。でも貴女が知らないとなると、その傭兵たちは今どこに――」
「いいえ。彼らと同行していたのは、こちらのフィッダさんで間違いありませんわ」
不意に、涼やかな声色が割り込まれる。
いつの間にか、祈りを終えた修導士がユニアの傍に佇んでいた。フィッダとの会話に夢中だったせいで、気配すら気づかなかった。
「お初にお目にかかります、ユニアさん。私はルアと名乗る者ですわ」
フィッダとの会話が聞こえていたのか、ルアはユニアの名を挨拶に含む。
真正面から見た彼女は、若干ながら威圧感があった。ユニアより背が高く、右目に眼帯をつけているためだろうか。
一礼を返してから、ユニアは彼女の言葉に反応した。
「ルア修導士。貴女は彼らの行方を知っているのですか?」
「はい。その殿方たちでしたら、今朝ウムブルラ風穴に潜られていきましたわ。なんでも町長の依頼により、この町を苦しめている怪物退治をなさるとのことで。その都合で、フィッダさんを一時的にお預かりしているのですわ」
「怪物退治……行き違いか」
「もしや、彼らにお急ぎの要件がございましたか?」
「そういうわけではないですが、宿場町で零れ人から助けてもらった女の子に、お礼の言伝を頼まれました。傭兵なら零れ人を倒す力があるから、きっと彼らだと思うのだけど」
「おやおや、そうでしたか。うふふ、律儀なのですね」
ルアは貞淑に微笑んで、ユニアに手を合わせる。
「きちんとお伝えできることを願って、僭越ながら祈りを捧げさせていただきますわ」
「ありがとうございます、ルア修導士」
「いえいえ、単なる私の気まぐれですので。全ては自我の導きのままに、アナタの行く末に祝福があらんことを」
手の平を組み、瞼を閉じてルアはユニアに祈願した。
「ワタシィも、ついでに祈ってあげるよ、ユニアねえ」
見様見真似をするように、フィッダもルアに倣う。
ユニアは特に信仰もないが、修導士に祈ってもらえることに悪い気はしなかった。
一通りの会話を終えて、ルアはフィッダに呼びかける。
「さて、フィッダさん。私たちは大陸の掃除屋の邪魔をしないように、宿に戻っていましょうか。彼らがこのシメールに、どのような沙汰を下すことになっても、それは尊重されなければなりませんからね」
「まったく、手間がかかるね。あっち行ったり、こっち行ったり、くたびれちゃうよ」
「仕方ありませんわ。よもや己が先祖の使命を忘れ、かの怪物の封印を解き、命を落とされてしまわれた憐れな自我たち。そこに哀悼を捧げるのは、まがりなりにも修導士として当然の役目ですからね」
「待って。怪物の封印? それはどういうことですか?」
封じられた怪物という話に、ユニアは呼び覚まされる記憶がある。
するとルアは、さっとユニアを一瞥し――
「気になりますか? 彼らが忘却してしまった宿業について」
シメールに代々伝わる、ある曰くについて語り始めた。




