第十六話 「分かれ道」
真っ暗な岩肌に、揺れるランプの灯りが広まり、前方の闇を掻き分ける。
セルジュが先頭に立ち、セクトたち一行はその後ろを着いた。
途中まではトロッコの線路が続き、奥まった箇所でそれは途切れる。深部ほど道が狭くなるので、運搬用の機材を中継地点に置くのは自然なことだが――
「お前ら見てみろ。へし折られてやがんぞ」
サムエルが破損した箇所を見て眉を潜める。
線路の途中で、手前と奥側にレールが寸断されていた。断面は引き千切られたように荒くなっている。木組みとはいえ、人間の腕力では不可能な所業だった。
「うへー。正直ちょっち疑ってたっすけど、これほんとに怪物の仕業っぽいっすねぇ」
「壁の方にはトロッコが大破しとんぞ。ワシらもちょいと気を引き締め直すときだな」
一同にとって、怪物の存在が確信へと変わり始めたとき。
「私には幼馴染がおりました」
悲壮感を漂わせながら、セルジュが切り出す。
「彼とは共に、鉱員としてこの場所で働いていました。しかし半年前のあの日、怪物に追われる最中、彼は仲間を逃がすために自ら囮となったのです。私はあのときのことを、ずっと後悔しています。彼を置いて、自分だけおめおめと逃げてしまったことを……ずっと」
「セルジュさん」
その気持ちは、セクトも痛いほど理解できた。
セクトが故郷を去るとき、自分を逃がしてくれた大切な者たち。
彼女との再会の約束を胸に、その生存を一度たりとも諦めたことはないが――それでも彼らの生死は、今もって知る術がない。
これを思えば、自ずとセルジュの悲しみに強く共感する己がいた。
「坊ちゃん、そう悲観しなさんな」
サムエルはセルジュの肩にぽんと手を置く。
「怪物なんぞ、このサムエル・ファルコナーが、軽くぶっ倒してやるからよ。後悔すんなら、仇討ちを見届けてからにしとけ。そんときゃ、気分が晴れてるかもしんねえしな」
「……ありがとうございます、サムエル様」
「ほうら、セルジュ君。おいらのお弁当、分けてあげるよ。美味しいもの食べていれば、気持ちも自然と落ち着くんだな」
「おっ、珍しいこともあるんすね。ヒューバートさんが食べ物分けるなんて、雨でも降るんじゃないっすか?」
「雨なら昨夜降ったろうに。おかげでせっかく干した下着が生乾きだったぞ」
「やめてくれや、ウォーレンの爺さん。想像しちまったじゃねえかよ」
彼らなりに、セルジュを励まして場の空気を和らげていく。
セルジュは後ろを向いて軽く目頭を摘まんでいた。
「本当に……温かいのですね。皆様は」
感じ入るように呟き、セルジュは改めてセクトたちの先導を続けた。
奥に入るほど、風穴内は大自然の偉大さを感じさせる様相を呈して来る。
人がまともに歩ける道は徐々に失われ、凹凸の激しい岩場を乗り越えながら、見通しの利かない暗闇を突き進んだ。
全員日頃から鍛えているとはいえ、じんわりと体力が削られる。
しかし幸い風穴内は肌寒さを覚えるほど冷気が漂っているので、汗による疲労感は多少なりとも抑えられていた。加えてランプの光を反射する、床や天井から伸びた鍾乳石が、てらてらと輝いて幻想的な景色を演出する。
怪物退治の名目がなければ、じっくりと眺めていたいほどに美しいスポットだった。
「鍾乳石は百年をかけて、爪先ほどしか伸びません。これらの大きさに成長するには、数千年にも及ぶ歴史を刻んでいるのですよ」
セルジュは道中、移動の合間に小話を挟んだ。
それが元来の彼の性格なのだろう。昨日初めて会ったときも、人との会話を好む人間性だと感じられた。
だからこそ、セクトはセルジュが時折見せる仄暗いものに違和を覚える。
「セルジュさん」
鍾乳石が獣の牙の如く無数に突き出す、開けた多三叉に差しかかったとき。
「父親とあまり上手くいってないんですか?」
セクトの弁は、セルジュに深く食い込んだ。
「え……」
「これ、セクト。人の心は繊細なものだと、ワシが常日頃から言っとるだろ。不用意に踏み込むなら、双方ともに傷つく可能性を秘めとるんだぞ」
ウォーレンから注意を飛ぶが、セクトは真っ直ぐセルジュを見つめた。
セルジュは短く首を横に振って、その問いかけに肯定する。
「セクト様のおっしゃる通りです。すでにお気づきのことと思いますが、父さんは昔から少し横柄な部分がありまして。母さんが死んでからは特にそれが強くなり、息子の私もあまり意見ができないのです」
「じゃあ昨夜、宿に来たのも父親に言われたからですか?」
セクトは覚悟を持って、深夜の一件に触れる。
この場の全員、今まであえてそれを口に出していなかったが、セクトはどうしてもセルジュと会話をしたかった。彼が終始何かを抱えている態度に、喉のつかえを感じていたのは事実である。だがそれ以上に、セルジュという一人の青年の自我と向き合いたかったのだ。
全員が固唾を飲む中、セルジュは一瞬肩を強張らせて、すっと力を抜いた。
「はい。私は皆様を監視するように言い渡されておりました。この場に同行したのも、半分は父さんに命令されたからです。申し訳ありませんでした」
「やっぱり、そうでしたか。でも謝る必要はないと思います」
「え?」
呆けた表情を見せるセルジュに、セクトは持論を展開した。
「シメールの街の人からすれば、ボクたちは怪しい旅人なのは確かです。だけどセルジュさんがこの場にいるのは、亡くなった幼馴染のためでもあるんですよね? それならもう、貴方の行動は誰かのものではなく、自らの自我に従った結果だとボクは思います」
「セクト様……」
「安心してください、セルジュさん。ボクたちも少し貴方のことを誤解してましたが、こうして話してやっと分かりました。貴方は信頼できる方だと。ですよね、サムエルさん」
「んん? あー、まぁ、そうさな。俺はどうのこうの言うつもりはないが、お前は自分の信じるものをそのまま貫けば良い。なーに、たとえ間違ってても尻拭いぐらいしてやるよ。それを許されるのが若さってもんだからな」
「それ、さり気なくセルジュさんに失礼じゃないですか」
「おっ、それもそうか。悪いな、坊ちゃん。笑って流してくれや、ダッハッハ」
真面目な雰囲気が、サムエルの高笑いで一気に砕けた。
良くも悪くもサムエルがリーダーである限り、仲間たちは常に肩肘張らず安心できる。
セクトが踏み込んだ発言をきたのも、サムエル自身が言った通り、最後にはまとめてくれると信じていたからだ。
「……」
セルジュは神妙な面持ちで、その場に佇む。
複雑な想いを抱えているように、俯き加減で唇を噛んでいた。
「坊ちゃん、さっきも言ったが後悔なんぞあとでいくらでもできる。それより今は、どの穴に入ってきゃ良いか教えてくれよ」
サムエルは半分気を遣いながら、多叉路に開ける分かれ道の正しいルートを求める。
「――てください」
「ん? 悪い、坊ちゃん。今なんつった?」
「今すぐ、ここから逃げてください!」
突然、セルジュは必死の形相で一同に呼びかけた。
それと、ほぼ同時。
風穴の奥から、この世のものとは思えぬ遠吠えが木霊した。




