第十五話 「家族のようで」
シメールの町の西側。ゴツゴツした岩肌に囲まれて、ぽっかりと幅広の間口を開くウムブルラ山脈内へと続く風穴。
そこは鉱石の採掘場として住民が利用する場所だ。
現在は怪物の存在を恐れるように、岩を高く積み上げて入口を塞いでいる。その小脇に、一人がようやく通り抜けられる程度の隙間があった。
入口周辺には鉱員がスムーズに作業するために、手押し車が並んでいる。内部へと木組みのレールも敷かれ、その上には運搬用のトロッコが置かれた。
人間が利便性を追求するために生み出した技術の数々。故郷ガレーネの道具屋の店主が見たら垂涎ものの景色だ。初めて外海の文化に触れて久しいセクトだが、今でも人類の叡智に触れる度に高揚感を覚える。
「お待たせしました」
坑道の前には、すでにサムエルたちが集合していた。
セクトが声をかけると、セルジュと話していたサムエルが口を開く。
「おう、遅かったな。お前を置いて、とっとと中に入っちまうところだったぜ」
「すみません。ルアさんが町長の家に移動していたもので」
「えっ、修導士様が? セクト様、彼女は何か父さんと話しておりましたか?」
セルジュは驚いた調子で身を乗り出す。
「ボクたちが来る前に会話していたようでしたが、内容までは――セルジュさん、引っかかることでも?」
「い、いえ、そのようなことはないのですが」
歯切れ悪く、セルジュは口籠る。
どこか煮え切らない態度だが、この場を取りなすようにサムエルがパンと手を叩いた。
「そうそう、セクト。坊ちゃんも同行してくれることになったぞ。俺たちだけじゃ、内部で道に迷っちまうらしく、あの町長が着いてけって促したそうな」
「危険じゃないんですか? ボクたち、これから怪物退治に行くのに」
「俺もそう言ったんだが、坊ちゃんが行くって聞かなくってよ」
「サムエル様。先ほども言いましたが、これは本来シメールの問題です。全ての解決を貴方がたに任せて、後ろで指を咥えて見ている真似は、私には到底できません」
セルジュは拳を握り締めて熱弁する。
「だそうだ。フィッダを修導士の姉ちゃんに預けて早々悪いが、セクト。できれば、坊ちゃんのこと気にかけてやってくれ。守りに関しちゃ、お前の術代が適任だ」
「分かりました。できる限り意識しておきます」
「ありがとうございます、セクト様」
セクトに一礼してから、セルジュは面々に伝える。
「それでは、不肖ながら私が坑道を案内させていただきます。内部は広くなっていますが、ところどころ岩が突き出しているので、転ばないようにお気をつけください。おそらく怪物は深部に戻っているはずですから、そこまではあまり警戒しなくても良いと思います」
「深部ってことは、潜って行くのか?」
鉱山の常識をサムエルはあえて確認するが、セルジュは首を横に振った。
「いいえ。採掘場は深部で間違いないのですけれど、そこまでの道中は急こう配の激しい風穴内部を進んでいきます。町の近くの鉱石は掘り尽くしてしまったので。場所によっては、岩壁が崩れて崖が剥き出しの地点もありますから、落ちないようにお願いします」
「なるほどねえ。ちなみに、その怪物とやらは半年前に出たって話だが、そいつはどこから現れたんだ? この地域じゃ北の国境を越えて来たか、あるいは王都からやって来たとしか考えられないが」
王都ソムニアに、人を襲う怪物がいれば大問題となるだろう。
サムエルの推測は必然的に北の隣国を示すことになるが、セルジュは再び否定の意を添えてかぶりを振った。
「たしかに、ウムブルラ風穴はあちこちに天然の出入り口が存在しますが、あの怪物はどこから来たものでもありません。おそらく、ずっとこの地に眠っていたのです」
「眠ってた? どういうこった、そりゃ」
サムエル含め、他の面々も頭に疑問符を浮かべていた。
しかしセクトだけは、セルジュの表現に思い当たる節があった。
「セルジュさん、その怪物はどこにいたんですか?」
「私たちが採掘を推し進めていたとき、ある固い層を突き破りました。初めは岩盤だと思っていたんですが、その先は空洞になっており、私たちは内部を確認しました。すると驚くことに中は祭壇のような人為的な造りで、その中心にあの四つ足の怪物がいたのです」
祭壇に眠る怪物――それを聞いたとき、セクトの心臓が早鐘を打つ。
「……原初の自我人形」
「古代遺跡に眠る怪物ねえ。ますます胡散臭い話になってきたが、その前にセクト。何か気になることでもあったか?」
表情を強張らせるセクトに、サムエルが声をかける。
「あっ、いえ、大丈夫です。それより怪物を退治しに行くんですから、気を締めて行きましょう。少しの油断が命取りになるはずですから」
「そりゃ言われるまでもないが、今回はやけに乗り気だな。ついに野生の本能に目覚めちまったわけじゃあるまい?」
「何ですか、それ。ボクはいつも通りですけど」
「そんなら良いが、あんま興奮しすぎんなよ。お前の持ち味は、その冷静さなんだからな」
常にクールな頭で周囲を確認する。サムエルの相棒アンガスのように、セクトが買われている能力の一つだ。
セクト自身、人より落ち着いている自負はあった。
「他の連中は血の気が多くて適わん。クライヴ、お前のこと言ってんだぞ」
「えーっ、そりゃないっすよ、ボス。ヒューバートさん、オレそんなじゃないっすよね?」
「うん、そうだね。どちらかと言えば、ボスの方が後先考えてない感じがするんだな」
「ワシも右に同じと言っとこうか」
「私も同意しておこう。サムエル、この面子ではお前が一番危なっかしい」
リーダーの威厳もなく、サムエルはボコボコに言い寄られていた。
サムエルは不機嫌を態度で示すが、周囲からは笑い声だけが響いて来る。それにつられるように、次第に本人も高笑いを放った。
「ダッハッハ、言ってくれるじゃねえかボンクラども。しゃあねえ、このサムエル・ファルコナー様がどれだけ偉大であるか知らしめるために、とんでもなくスペシャルな作戦を立ててやる。あとで咽び泣くことになるから覚悟しておけ」
「失敗の方で泣かせてくれるなよ」
チクリとアンガスに釘を刺されて、サムエルの弁はヒートアップ。
いつまでも賑やかな面々を、セクトはやや引いた立ち位置から眺めていた。
「……とても仲がよろしいのですね」
同じく、輪の中から外れたセルジュ。
「なんだか、すみません。みんな好き勝手で」
「いいえ。むしろ羨ましいですよ。温かい家族のようで、とても」
セルジュは消え入るように、そんなことを呟いていた。




