第十三話 「悪癖」
朝日が昇り、朝露が石造りの町の各所で煌めく。昨晩の内にシメールを通り抜けた雨脚は、晴天に追われてすっかり遠退いていた。
セクトたちが朝食を済ませた頃、セルジュが宿を訪れる。町長が依頼を果たしてもらうために派遣したようだ。
町の西側にあるウムブルラ風穴への案内を申し出る。
風穴内への水の流入が心配されたが、先ほどセルジュが確認したところ影響はないそうだ。
早速、一同は準備に取りかかるが、部屋に戻る直前セクトはサムエルに呼び止められる。
「セクト。お前はここでフィッダのお守をしてくれ」
「相手は怪物ですよね? 今回はボクも着いて行きますよ」
怪物を相手にする過酷さを、身を持って経験しているセクトは同行を申し出た。
仲間の強さを疑うわけではないが、戦いの場に自分がいないせいで、誰かが傷つくことになれば後悔が残る。
「おいおい。いくら何でも、前線にあいつ連れてくのは無理だぞ。一人で町に放置するわけにもいかんが、敵の正体が不明な以上戦力も落とせん。お前の他に適任がいないんだから、大人しく従っとけ」
サムエルはセクトに対し制止をかける。
「それに俺は、もうあんましお前を戦いに――」
「あっ、そうだ。フィッダを任せるなら、あの人が良いんじゃないですか?」
その言葉を遮り、セクトは一人の人物を思い浮かべた。
「昔から言ってるが主語は疎かにするなよ。てか、もしかしてセルジュのことか? 悪いが、俺はそこまであの坊ちゃんを信用してないぞ」
「違いますよ。まだこの町にいると思うんですが、修導士のルアさんです」
「あー、町長に説教して、子供に教導してたっていう殊勝な。命が無事なら、俺はそれだけでも良かったんだが――その名前からして女だったのか?」
「え? はい、そうでしたけど」
セクトは素直に答える中、サムエルの悪癖が発動したことに気づく。
「若いか?」
「そう、ですね。たぶん、まだ二十代って感じでしたよ」
「美人か?」
「それ、ボクの感性でしかないと思いますが」
「ふむ。では聞こう。フィッダは将来別嬪になりそうか?」
「……ならないって答える人間がいたら、性根疑われそうですが」
「よし、セクト。お前の美的感覚を信じてもう一度聞くぞ。美女だったか?」
「…………まあ、はい」
セクトは諦念して首を前に傾けた。
途端にサムエルは鼻息を荒くして、がしっとセクトの両肩を掴む。
「良いかい、セクト君。俺は特に下心があるわけではない。フィッダの安全を心から想っているゆえに、その修導士の元へ預けに行こうと考えたわけさ。てなわけで、一緒に行こうじゃないか、ハッハッハ」
サムエルは、とても良い笑顔だった。
「おい、そこの馬鹿野郎。とっとと支度済ませろ」
ときに、アンガスが現れてサムエルの首根っこを掴む。
階段の前で話し込む二人に気づき、聞き耳を立てていたようだ。
「は、離せ相棒! 俺には世界中の美女とお近づきになるという重大な使命が!」
「セクト、早くフィッダをその修導士のところに連れて行ってやりな。お前が預けられると確信した相手なら、私たちも安心して任せられる」
「分かりました。準備が終わったら、すぐにフィッダと向かいます」
セクトは二階に上がり、先に部屋へ戻っていたフィッダに事情を話す。
アンガスから解放されたサムエルが悪態をついて、隣の部屋に入る音を聞きながら、フィッダはやや不満げに唇を尖らす。
「ワタシィ、あの人の話、ちょっと苦手よ」
「贅沢言わないで。ボクたちもその方が安心できるんだから」
「やれやれ、仕方なしよ。その代わり、ちゃんと戻って来るよろし。セクトにい、死んだら、ワタシィも悲しくなるよ。オッサンたちも、ついでにね」
「そっか。ありがとう、フィッダ」
セクトがお礼を言うと彼女は、にっとはにかんだ。
槍を背負い、手荷物を整えてセクトはフィッダと宿の前に出る。
一足早く外にいたセルジュに、セクトはルアの所在を訊ねた。
「セルジュさん。修導士のルアさんのいる場所、分かりますか?」
「それでしたら、今日も広場におられますよ。この町に滞在する間、子供たちに教導することを日課としているようです」
「ありがとうございます。ところで……」
「はい、何でしょうか。他にご質問があれば承りますよ、セクト様」
屈託のない態度で、セルジュは受け答える。
セクトは昨晩のことを聞こうかと思ったが、あまりにも彼が平静に努めているので、これを崩すような投げかけは憚られた。
「いえ、何でもないです。それよりボクたちは少し離れますね。セルジュさんは、サムエルさんたちと先に行っててください」
「分かりました。坑道への入口は広場から見て北です。近くに作業小屋や鉱石の保管庫が目立つので、迷う心配はありません」
目的地を教えられたので、セクトはフィッダを引き連れて宿を後にした。
ほどなく広場に辿り着くと、そこは子供たちの遊び場となっている。しかし目的のルアの姿がなく、ベンチにも座っていなかった。
そこでフィッダが、近くにいた少女を捕まえて話を聞く。
「ちょっと良いか。修導士、どこいるか、分かるね?」
「お姉さんなら、ついさっき町長さんの家に行ったよ。この町の資料が読みたいから、今日は教導お休みって言ってたの」
とんだ入れ違いに、セクトは短く息をついた。
小さな町では、本や書類などは町長の家に保管されることが多い。
町の規模が大きくなれば、修導院図書館や市庁舎など増えるが、シメールは比較的こじんまりした場所なので貯蔵場所も限られる。もっとも活字を扱わず、碑文すら用いずに伝聞のみを主とした出自としては、後世に記録を残す手段が豊富な時点で見習いたい点だ。
セクトは再びフィッダとともに、シメールの通りを引き返す。
宿屋は中継せず、真っ直ぐ町長の家に向かうと、セクトは玄関の呼び鈴を鳴らした。
「……おかしいな」
何度か来訪を告げるが、中からの返事はない。
「セクトにい、これ開いてるね」
フィッダが扉に手をかけると、すーっと内開きに押される。
施錠がされておらず、フィッダは興味津々に玄関を通り抜けた。
「あっ、ちょっと!」
セクトは慌てて彼女を追いかけた。




